外道対外法③
(無属性魔法?いや、無属性魔法は属性に関わらずに使えるというだけの魔法。どんなものであれ、人の行使する魔法であればその使用者の魔法特性が現れる。)
魔法理論の基礎を頭の中で復唱し、零弥は答えを推察しようとする。しかし、それをさせまいとエルフの少年による攻撃が次々と襲ってくる。
「ははは!どうしたユキミネ、最初のムカツク余裕が感じられないぞ?」
「…そうゆうことはもう少しまともに有効打を与えられるようになってから言ったらどうだ?早漏は嫌われるぞ?」
リクエストに応え減らず口を返す。スカンジルマは眉をピクリと動かすも、そのまま黙殺した。
(さて、あの攻撃の正体はまだわからんが、大体わかってきたぞ…。)
おそらくスカンジルマ自体の攻撃はそれほど速度がない。そもそも中級魔法を短縮詠唱すらしないとこからも、スカンジルマの魔法能力は本当に中の下と言ったとこなのだろう。そのため、スカンジルマの使う魔法は範囲攻撃や無作為攻撃といった細かい狙いをつける必要のない魔法が多い。そして、それを補助、もしくは遊撃手としてあの執事服のエルフの少年が戦う。大雑把な作戦くらいは組まれているのだろう。全く無作為な連携とは思えなかった。
そして先ほどの一撃もそうだが、零弥が気にかけていたのは一番最初にスカンジルマが行なった陽動。見た目はかつて零弥がネオンに行ったフェイントに似ている。しかし、フェイントは元来錯覚による虚像。そこに実像も実体もない。今回のそれは、串刺しにされたものは確実に形を持っていたし、零弥以外にもハッキリと見えていた。
(なによりスカンジルマにあんな芸当ができるとは思えん。)
つまり最初の陽動に使われたのは、スカンジルマの姿をした人形のようなものだろう。しかし、仮にも人と同じサイズの物体、そんなものを隠し持つことはできない。であれば魔法で作り出したものに他ならない。土属性に泥人形を作る魔法があるかはわからないが、あの人形を破壊した時の消え方は土のそれでは無い。あの時の人形が崩れる時の光る塵のような粒子は心当たりがあった。
(一切の色を持たない魔力、ルナードラゴンのブレスと同じ性質だ。)
天然の霊脈から湧き出す自然の魔力、マナ結晶などを分解する事で人工的に得られる魔力は属性を持たない。そのためあらゆる系統の魔法に利用することができるということで需要が高い。
属性を持たないというのは魔力ベクトル仮説に反するように思われがちだが、ここには魔力ベクトル仮説に対し、「方向は属性を示す」としか認識されていないための誤解がある。
魔力には安定した魔力と不安定な魔力がある。化学で例えれば希ガスのように安定した元素と電子を供給されなければエネルギー的な安定が得られない元素のようなものである。魔力の場合、希ガスに当たるのがマナであり、魔力がマナになる際に解放されたり吸収したエネルギーによる作用が魔法となる。魔力ベクトル仮説において、ベクトルの矢印の長さは強さ、xy面上の方向が性質を示し、z方向の角度がこの安定性を示す。xy面に対し90°に近いほど不安定であることを示す。自然の魔力はこれが90°に限りなく近い状態にあると言えよう。
さて、ここで思い浮かべて欲しいのは、地面に対し垂直に立てた棒、これは現在完全に直立している。しかし、これに少しでも外力がかかれば、棒はその方向に倒れる。これが、自然の魔力があらゆる系統の魔法に利用できるという意味だ。
さて、話が長くなったがこのような性質の魔力を使って作られた道具こそが、魔道具であったり、魔法具と呼ばれるものである。
「魔法具、だな。最初に俺に突撃させた人形、俺が避けた先で不意に襲った衝撃、これまで何度か見せた不可解な現象は魔法具によるものだな?」
「ほぅ、気づいたか。そこまで指摘されたなら認めてやる。貴様を倒すための秘策、それがこの、魔法具だ!」
スカンジルマは着ていたコートを広げる。その裏地にはいくつもの魔法具がぶら下がっていた。
「え…?魔法具?」
「馬鹿な…、攻撃性のある魔法具は製造が禁止されているはずだ!」
「それに魔法具はどれも高価…、それをあんなたくさん持ってるなんて…」
観客席からもざわめきが聞こえる。
「俺は魔法具のことはそこまで知らん。だからお前が使うそれが違法なものかは判断ができん。だからと言ってそれを理由に反則はとれん。
だが言わせて貰えば、そんな高価なだけのオモチャで勝った気にならないことだな。」
「それこそ早計だ、貴様こそ魔法具を甘く見ないほうがいいぞ!」
スカンジルマは小さな筒のような魔法具を手に取ると、その先端の突起を折り、地面に叩きつけた。
破裂音とともに、無色の塵が舞い上がり、リングの半分ほどを覆った。
すかさず多方向から襲いかかってきた矢を防ごうと零弥は鋼の防壁を築こうとするが、魔法は発動しなかった。
「っ!?」
零弥は咄嗟に地面を転がり矢を躱す。しかし不測の事態に間に合わず、肩とふくらはぎに矢が掠めた。
治療のため【超活性・治癒】を発動しようとするも、術式を構成しようとする段階でノイズが入り、魔法が機能しない。
「…この塵が術式に干渉して魔法の発動を妨げている。チャフによるジャミングか!」
後ろから小さな物音を聞き取り咄嗟に腕で防御した。しかし、その腕は飛来した鎖分銅により絡め取られる。鎖による拘束は一瞬ではあるが、その一瞬の間零弥は片腕が封じられ、その隙に持ち主の少年は接近、もう一端に着いている楔を用いて肉迫した。
「ちっ、洒落臭い!」
零弥は鎖を掴み少年と相対する。鎖はそれほど長くない、零弥に鎖を掴まれたことにより零弥と少年の距離は2m前後。一歩間を詰めれば零弥は少年を一瞬で殴り倒せる自信があった。
しかし零弥が踏み出そうとしたところで、腕から全身に痛みが走る。少年は鎖を通して零弥に電撃を送り込んだのである。“伝導”効果は無くとも_魔法使いの身体は魔法による直接干渉には耐性が高い_電気と同じ性質を持つ以上零弥の身体はかつてスタンガンを受けた時と同じように麻痺状態になった。
「ふはは!魔法さえ封じてしまえばいかに貴様といえど雑魚も同然よ!」
体の動かない零弥の背後から現れたスカンジルマは手に持ったハンマーを横に振りぬいて零弥を殴り飛ばした。
嫌な音を立てながら横に吹っ飛ぶ零弥は体の痺れが取れぬまま受け身を取れずに転がっていく。
(あぁくそ、抜かった。魔法が使えなくても、魔力が役に立たない訳じゃなかったって事か…。鋼属性で慌てて防御したが、こりゃ左腕は折れてるな。)
尋常でない痛み、言うことを聞かずに垂れ下がった左腕、このまま無理矢理動かせば左腕は二度と動かせなくなるだろう。
治そうにもハンマーで直接に殴られ、折れるだけで無く変形している。骨の位置を綺麗に直さなければ【超活性・治癒】では治せない。
痛みには慣れている零弥でも、これ程の怪我を負った経験はなかった。
「レミ!もういい、交代しろ!あとは俺がやる!」
クロムが我慢できずに声を上げる。今ここで零弥を助ける権利があるのは彼だけであった。
「いや…、クロムはまだだ。まだ…俺の役目は終わってない。」
しかし零弥はそれを拒否した。




