外道対外法②
「…暑くないのか?熱は思考を邪魔するぞ?」
「鈍る前に決着をつけてやる。おい審判、やるなら早くしろ。」
スカンジルマと零弥の視線を受け、両者準備が整ったとして、審判の女子生徒は手を上に掲げる。
「今回の勝利条件は、一方を戦闘不能にすること。戦闘の範囲は、このリングの中まで。武器は自由、当人以外の介入は認めない。これでいい?」
「いや、こちらから一つ提案がある。」
スカンジルマの制止に、審判は怪訝な顔を見せる。最後に聞いたのはあくまでルールの確認であり、それを了承するかはすでに書類にある段階で決定していることのはずだった。
「リグニアも参加させろ。」
「その心は?」
「ユキミネ、お前への復讐心は特別だが、クロムも僕にとっては報復の対象だ。あいつにもまとめて痛い目を見せてやる。」
「なるほど、こちらとしても戦力が増えるのはいいことだ。んで?となると2対1でやりたいのか?」
「はっ!そんなわけがない。こちらも助っ人を呼ばせてもらうとも。」
スカンジルマが手を挙げると、観客の中から、執事服に身を包んだ美少年が現れた。その見た目から歳のほどは10歳ほどと思われる。
「スカンジルマ様、如何なさいましたか?」
「奴らを始末する。お前も加われ。」
「…わかりました。」
チラリとこちらを見ると目を伏せ、肯定の意を示す。
「へぇ、ずいぶん可愛いのが出てきたな。」
「僕の専属執事だ。見た目もさる事ながら能力もある。」
「お前よりもか?」
「っ!…いいからリグニアを呼べ。」
零弥のトラッシュトークに顔を歪ませ、クロムを呼ぶように急かす。
しかし零弥はこちらに駆け寄ろうとしたクロムを制した。
「何の真似だユキミネ。」
「いや、これは俺とお前の決闘で、お前の横にいるのはあくまで助っ人、なら、俺にとってのクロムも助っ人ってことになるだろ?それなら、別にいいかなって、どうしてもって時はクロムに手伝ってもらうよ。クロム、いいか?」
「え、うーん、零弥がそれでいいって言うなら…まぁ、従うよ。」
「とゆうわけだ。じゃあ、まずは俺からやらせてもらう。」
「…なめおって。」
「お待たせしました。それじゃあ、開始の合図をお願いします。
これ以上は何もなさそうだと審判は頷くと再び手を挙げた。
静寂に包まれる会場、睨み合う両者の視界の端で、審判はその手を振り下ろした。
「…開始。」
一瞬であった。スカンジルマがその体型に似合わぬ瞬発力で零弥に向かって躍り掛かる。しかしその身体は、零弥の手の届く範囲に入ろうという瞬間、地中より現れた【地鋼棘】に貫かれ、そのまま引き裂かれる。
観客の中から悲鳴も聞こえてくるが、その数は少ない。
引き裂かれたスカンジルマは塵のように散っていく。そして零弥の後ろでは、スカンジルマが自身の魔導器であろうハンマーを構えていた。
振り下ろされた鉄槌を零弥は余裕を持って躱す。しかし躱したはずの零弥の身体は轟音を受けて弾き飛ばされた。
「これは…音?いや、衝撃波か!」
「ほう、一発でこれを見破ったか。貴様はこうゆう指向性のない攻撃が苦手だと聞いたのでな。」
スカンジルマの攻撃の正体は、ハンマーでの直接的な攻撃ではなく、それが地面に当たった時に生まれる衝撃を増幅し、範囲と威力を拡大したものである。
土属性の“弾性”によって、衝撃を伝達する地面の振動数や振幅の拡大と圧縮を繰り返す。地面を太鼓のような性質にした擬似音響兵器ともいえよう。
「隙ありです!」
「っ!(最初の囮も今の衝撃波も、これが狙いか!)」
スカンジルマの衝撃波によって浮き上がった零弥、その無防備な体勢を狙って、何かが後ろから飛来する。
今度は下手には受けまいと、零弥は袖から取り出したナイフを後ろに投擲、2メートルほどの所でナイフは投網のようにその形態を変え、攻撃を捉えようとするも、ソレは急に軌道を変え、網の目の荒い部分をすり抜けて零弥に向かった。
その軌道変更にかかった時間は実に0.2秒未満。しかしその僅かなタイムラグによって生まれた隙で、零弥はその攻撃、矢を掴み取った。
「スカンジルマの派手な一撃に隠れるように後ろに回り込み音の少ない弓での攻撃。矢の軌道は雷属性の魔力によるものか。
不測の事態に対しても、網の目の粗い部分を通してなお最短距離で急所を狙える視力と機転、効率重視の一矢だ。
そして、この緻密で繊細な糸のような魔力制御。なるほど、エルフ出身の狩人、もしくは暗殺者か。」
たった一矢からそこまでの解析を行う零弥の言葉に少年は目を丸くした。なにより、雷属性の“伝導”によって高速で軌道を変えながら翔ぶ矢を掴み取ったカラクリが、軌道を自在に変えられるということを予測し、網の目の粗さを意図的に変えたことにより誘導されていたためであるという事実が彼に屈辱に似た悔しさを感じさせていた。
「こうゆう職種の人間とは無縁だと思っていたが、暗殺者に身を守らせているのは同業者であれば暗殺に対抗できるという考えか。相当な重鎮、でなければ余程の臆病者くらいしかここまでしないだろうよ。」
何かにつけてスカンジルマを挑発しようとする零弥。スカンジルマは怒り故か、はたまた服装のせいで暑いのか、顔を真っ赤にしていた。だが、すぐにその表情はふてぶてしい笑みに変わった。
「よく喋るな。その余裕の顔を苦痛に歪められると思えば、楽しみになってきたなぁ。」
「…相当な自信、何か策があると見た。どんな手で来るか、お手並み拝見といこうか。」
「抜かせ!砕け爆ぜよ朱き岩_【爆岩弾】!」
打ち出されたのは火花を散らせる岩。岩の中に込めた炎を任意のタイミングで膨らませ爆破する、中級魔法の中では比較的難しい部類の複合魔法。
だが比較的ポピュラーな魔法でもあるので対策もよく知られている。零弥は懐から出したナイフを【爆岩弾】に向けて投擲する。ナイフが刺さると火花が出ていたヒビが広がり爆発、燃えた岩の破片が四方に飛び散った。
しかし、その破片の軌道が、不自然に角度を変えて零弥を囲むように襲いかかる。エルフの少年の雷属性による移動と思われる。回避は無意味、防御も躱されるだろう。
(なら…壊す!)
零弥は手を軽く握る。その手の内から、紫色の光が漏れだした。零弥がその手の内に込めたものを解き放つ。前方を覆うように拡がる【思炎】。その紫の炎は岩の炎も、それにかけられた電気も、果ては岩さえも粉々に砕き散らした。脅威を排除した前面から飛び出した零弥を、電撃の矢が襲い来る。
雷属性の強みはその圧倒的なスピードと自在性である。短期的に見れば最も早い魔法と言われている。また、威力を調整すれば然程大きな音を立てずに攻撃できることからも暗殺に適した魔法である。
「くっ!」
零弥はすかさずスライディングで矢の下をくぐる。矢はその場で角度を変えて再び零弥に襲いかかるも、再びの【思炎】で破壊された。
息つく間もなくスカンジルマの魔法が襲う。真下から土の弾が無数に飛び出す。間一髪、飛び退いて回避した零弥は突然よこから襲った衝撃に吹き飛ばされた。
いくらか転がった後受け身を取り、顔を上げるもその原因は見当たらなかった。不審に思い魔力を視る眼(零弥はこの能力を【魔視】と名付け、魂属性魔法として昇華することにより、より高い精度かつ自在に制御することに成功した。)で視ると、衝撃の元となった場所に無機的な魔力の残滓が漂っていた。




