外道対外法①
「事情はイットから聞いている。しかしどうしてこうもお前は厄介ごとを次々と持ってくるかな?」
「毎回ご苦労様です。」
イットの介入により、今回の一件は公沙汰となり、また、事の次第を知った学園上層部から早期決着を申し渡されたこともあって、決闘は当日の夜、夏祭り1日目の予定が終了した後の屋外演習場を使うことにした。
零弥の保護者にして両者の担任であるリンは、今回のこの事態の収束までの責任者として駆り出されることになったのであった。
「まぁそれは構わない。それよりネオンとレーネは大丈夫なのか?」
「医務室の先生によれば、ネオンはきちんと水分を取って暫く寝ていれば問題ない そうです。レーネはアルラウネの乳液を吸引させられています。何分小さいので後遺症の懸念があるそうで、大事をとって首都の大病院に検査に運んだ方がいいとのことです。」
「なんという事だ。レミ、これはお前とスカンジルマの喧嘩の枠に収まらない。立派な犯罪案件だ。今回の決闘、無かったことにしてもスカンジルマの処分は相当に厳しいものになるはずだ。わざわざお前がリスクを負ってまであいつにチャンスを与える必要はないだろう?」
リンの言葉通り、スカンジルマの今回の行為は、前回のように良識に則った悪行ではなく、第一級指定の危険薬物を医療目的の枠を超えて人を害する目的で使用した、この国の法に触れる行為である。
本来であれば、スカンジルマは既に法に裁かれているだろう。だが、今回の決闘にスカンジルマが勝った場合、スカンジルマと零弥の間にあった軋轢を全て無かったこととして、零弥を隷属させることになる。これにより、スカンジルマの犯した罪も無かったことにされるのである。
もし零弥が決闘の事を取り下げれば、その時点でスカンジルマの粛清は為される。零弥の行動は、客観的にはおかしな事であった。
だが、零弥は首を小さく横に振って応えた。
「…俺は、スカンジルマの価値観を理解してやることはできません。生まれも、育ちも環境も違うんですから当然です。
だけど、それでも俺はあいつのあの、周りを全て自分の都合のいいようにしようとする生き方を認められない…いや、許せない。だから、法で裁くのではなく、俺の手で、あいつの間違いを突きつけてやりたいんです。」
「スカンジルマのために、か?」
「…格好いいですねそれ。でも違います。俺はあいつにしてもらわなきゃいけないことがある。それまではあいつを逃がすわけにはいきません。」
零弥の瞳にこもった強い熱。リンは強い意志を持つこの弟のような家族を応援したくなった。
「そうゆう事なら仕方ないな。先生方、理事会の方には私が骨を折っておく。お前は出来るだけ早く、決着をつけてこい。」
「ありがとうございます。リンさん。」
「ここでは先生と呼べ、と言いたいが、今回の私の役目は、お前の家族としてだ。許してやろう。」
だが、とリンは付け加えて、ジェスチャーで零弥にしゃがめと伝える。
零弥の視線がリンと合うくらいに低くなったところで、リンは零弥の両手を取って、互いの額と額を合わせた。
「今回のお前の手には、お前とレナだけじゃない、クロム、ネオン、レーネ、そしてあそこまでスカンジルマを止めることができなかった私やクラスメイト達、みんなの心を託すことになる。分かってると思うが、万が一にも、負けは認められないからな?」
触れ合う部分から、揺れる瞳から伝わるリンの僅かな恐怖。零弥が負けた時、零弥はスカンジルマの奴隷となる。その想像をしただけで、リンはこれ程に辛い思いをしているのであった。
「大丈夫ですよ。俺は負けません。あいつには、万に一つの勝利も与えるつもりはありませんから。」
…
夜8時前。例年通りであれば中央通り屋台村は学生、住人、参観者達で賑わう筈であったが、その日は前年の約半数ほどの人しかいなかった。その代わりに、学舎エリアの生徒達による屋台村の方は人がごった返すほどの大賑わい。中央通りの人達も、歩き売りをして参加していた。人々の波は屋外演習場へと向かっている。その屋外演習場の中央は、風紀管理部のメンバーによって人の入らないようにされた円形の空間が出来上がっていた。
「なんか…おかしな事になってるな?」
「あれだけの騒ぎを起こしたんだから当然とも言えるがな。どうも今回の決闘は生徒会の手によって夏祭りの山車の一つとして利用されてるみたいだぞ?」
「あぁ、さっきその辺で大声で宣伝してる奴いたよ。『魔法学校の生徒同士による公開決闘』だってよ。」
「まぁ、生徒が見れて来客が見れないというのは不公平だという建前で、ついでにこれで魔法学校というものを宣伝しようとしているんだろうな。」
「…そうですか。」
リンとクロムの言葉に興味なさげに零弥は応えた。
ネオンとレーネは病院に運ばれていった。どさくさに紛れてフランが付き添い人として馬車に乗っていったのを見届けた後、こうして決闘の場に来たのであった。
「しかし今回の決闘、そんなに見る価値があるもんかねえ?こんなのカードを見るだけで勝敗が明らかじゃねえか。」
「さぁ、どうだろうな?」
「意外だなレミ、お前の方からそんな言葉が出るとは。」
「あまりスカンジルマをなめない方がいいですよ。あいつは今回の決闘に命を賭けているといっても過言ではない。つまり、何をするかわかりませんからね。」
「でもよ、ここで人質になりそうなのっていったら、リンちゃん先生に、セシル夫妻、強いて言えばクラスメイトくらいだろう?」
「人質が使えなくてもやりようはあるだろうし、多分スカンジルマは人質は使わないだろうな。」
「ほぅ?スカンジルマのやる事がわかるのか?」
「いえ、ただ、これくらいはやりそうだなって事をある程度は想定してるだけです。さぁ、もう直ぐ時間です。そろそろ現場に行き…」
『紳士淑女の皆々様、大変お待たせいたしました!』
「な、なんだぁ…?」
零弥の言葉を遮るように聞こえて来た声は学者全体に響き渡る校内連絡装置を利用したアナウンスであった。
『この度は我らが国立魔法学校ユリア学園の夏祭りにお越しいただき誠にありがとうございます。
例年通りであれば本日のイベントは終了、皆様方には当校が用意いたしました宿泊施設にてお休み頂くところ、急遽新イベントとして、我が校の生徒同士による「公開決闘」を催すにつきまして、来賓の皆様の観戦も可能とし、宣伝させて頂きました次第にございます。
では、公開決闘を始める前にいくつか注意をば。』
アナウンスはつらつらと観戦における諸注意を並べて行く。
「やれやれ完全に見世物扱いだな。」
「こんな大勢の前じゃ、下手に卑怯なこともできないだろう。」
「・・・」
熱気が高まって行くのを感じる。よく見ると、観客の中には、賭けに使われるチケットを握っているものもいた。
『…そして最後に一つ、この公開決闘は、見世物としての演技や試合とは違います。ですので、決闘の際に生じる戦いの余波には巻き込まれぬよう、自己責任でお願い致します。
それでは始めて参りましょう、両者、リングへと入場して下さい!』
声の合図と共に、零弥はクロム、リンとともに人混みをかき分け、リングへと出た。それと同時に、反対側の人混みが何かに押されるように割れて行き、屈強そうな身体つきの男子生徒達に囲まれたスカンジルマが現れた。
「なんだぁ?あの取り巻き、あんなん連れて何を…」
「…クロム、リンさん、いつでも動けるようにしておいてくれ。俺はスカンジルマのところへ行く。」
「レミ?一体何を…?」
リンの声を振り払い零弥は一気にリングの中央まで跳ぶ。
「さぁ、やろうか。」
「自信満々といったところだなユキミネ。今日は何がなんでも勝たせてもらう。覚悟することだ。」
スカンジルマも中央まで歩いてくる。何故かこの初夏には似合わぬロングコートを羽織っている。おそらくアレが「何がなんでも」の内容なのだろう。




