青春パレード(10)
気づけば周囲から祭りの喧騒は失われ、彼らの行く先を見守る視線のみがここに残っている。
スカンジルマは無言、零弥は異論はないと見なし条件を口にした。
「『この学園から出て行く』だけでいい。」
「な、何を…」
「『二度と俺たちと関わるな』でも良かったが、根本的にお前と俺が同じ場所にいるから諍いが起こるんだろうと思ってな。ならば、互いに関わらないようにできる方法といえば、どちらかがこの学園からいなくなることに尽きる。」
零弥は淡々と説明する。周りの者たちは「まぁそれならいいのか?」「いや明らかに不公平では?」と零弥の提示した条件に意見しあっていたが、実のところ、この条件はスカンジルマにとってはほぼ等価なのである。
ただでさえマウイザッピ家の当主は彼の弟になるのではないかと噂されていた。しかしその弟は未だ子供、先に成人を迎えるスカンジルマはそうなる前に父親を認めさせ、当主の座を得ようとしていた。学園内で幅広いコネクションを築き上げ、その有用性を訴えることで父親を説得しようと考えていたのである。そのためにコネクション形成を断り、自身の目的の邪魔となったクロムを失墜させ、学園内での地位の向上に努めたのだが、零弥と衝突した一件によってスカンジルマの悪行は白日の下に晒され、学園内の地位は失墜、スカンジルマの家内での評価も地に堕ちたといえよう。
だが、それでも寛大な彼の父親は、息子が学園に通う間の面倒は見ると言った。当主の座の野望は潰えたが、立身出世の為の力はまだ残っていた。
零弥の提案は、言わば、スカンジルマの最後の砦を対価に差し出すということに他ならない。零弥は意図せずして、スカンジルマの人生を掛け金にしろという提案をしていたのである。
「そんなもの、認めるものか。」
「別にここで魔法学校から去ったとしても、お前んとこは貴族だろう?当主でなくとも、父親のコネで仕事ぐらい選り取り見取りだろうに。」
「知りもしないくせに語るな!」
父親は学園にいる間の面倒は見ると言った。それは言い換えれば、学園を出たら面倒は見ないということ。無事に卒業し、手に職をつければ問題はない。だが、途中退学となれば彼は無職のまま家の庇護を失う事になる。そうなった時の事は考えるだけでも恐ろしいだろう。ただでさえスカンジルマは一度失敗している。二度目となれば、しかも今度は停学でなく退学。説得は難しい。
「スカンジルマ、何を恐れているんだ?リスクなら俺の方だって相当だ。ここで俺が負ければ俺はお前に一切抵抗できずに全てを奪われるんだぞ?
お前は人生の選択肢を一つ、俺は今後の人生全てを賭ける。勝てば全てが手に入る。」
「ぐ…だが…」
「言っておくが、今のお前の選択肢は実は非常に少ない。一つは俺の提案を受け入れ、一世一代の大勝負に出るか…来たな。」
「君達、ここで何をしている?それに、この状況はなんだい?もしも見た通りでないのなら、説明を頼みたいのだけれど。」
零弥の台詞をさえぎるようにして、やって来たのは、学園の生徒会長、イット=チェルであった。祭りの騒がしさの中にある不自然な騒めきを嗅ぎつけて駆けつけてきたようだ。
彼は現場をざっと見渡す。
怒りを露わにするスカンジルマ、険しい顔の零弥。アクィラに抱えられているのは最近話題に上るレーネという少女。伶和の手には白鳳が握られ、スカンジルマの服には切られた痕がある。その後方にはフランに支えられ、やや具合の悪い様子のネオン。
スカンジルマの足元はヒビが入り、その近くには白濁色の液体が溢れたガラス片が落ちている。
立ち位置から諍いの中心はスカンジルマと零弥、この二人の間の確執には先例がある。武器を構えているのは伶和のみであるが、零弥の立ち位置から伶和とスカンジルマの間に割って入ったのではないかと予想が立つ。
気になるのはネオンの具合が悪そうなことと地面に落ちた白い液体。また、レーネは零弥と関係の深い少女であるはずなのだが、何故かアクィラに抱えられ、よく見ると寝ているというより気を失っているようにも見える。
以上の情報がイットの観察によって出てきた。この瞬間的に様々な情報を整理することができる観察眼は、イットの特技・才能であり、彼が生徒会長として推薦された所以でもあった。
「僕の見解だと、スカンジルマ君とレミ君が現在の中心人物だね。しかしそれ以前にも、少なくともレナ君とも何かあったようだ。現場の状況的にレナ君がスカンジルマ君を斬りつけたようだね。それをレミ君が止めに入った。ここまで合っているかな?」
「はい、間違いありません。
スカンジルマ、ここは俺の提案を受けておけ。そうしたらここでの事は無かったことにしてやる。どの道お前が学園に残る方法は、一つしかない。」
来たばかりで大雑把な現状しか理解できていないが、イットは零弥の言葉から、現在の展開を理解したようである。
「どうやら決闘の手続きが必要のようだね?いいだろう。双方が同意するというなら、今回の決闘、この生徒会長イット=チェルが立会人として名乗りを上げようじゃないか。」
「…お膳立ては十分なようだな。さぁ、あとはお前だけだぞ。」
「ぐ……わかった…、貴様の決闘の申し込み、受けてやる。」
スカンジルマは苦渋と怒りに歪んだ表情で頷いた。




