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青春パレード⑦

 以前も述べただろうが、零弥は朝に弱い。目が覚めてから覚醒するまでに時間がかかるのである。

 朝6時。目が覚めた零弥は妙な息苦しさを覚える。少し首を動かしただけでその正体は、腹の上に乗って寝ているレーネであることがわかった。零弥はレーネを起こさないようにベッドに下ろし、身体を起こした。


(ここは緯度が日本と似ているからかな。時間の感覚も日本とあまり違わないな。)


 四季は日本の美とよく言われるが、理論上緯度が同じであれば、気候はともかく、日照や気温はそれほど変化しないのは常識である。春先には桜こそないものの、花があちこちで咲き誇るのは見ていて心躍るものもあった。

 今は初夏。アダムでいう北アメリカ大陸東部に位置するこのあたりに梅雨はない。もちろん6月は一応雨季であるため、突発的に降る雨は多いようだが、日本と違いいつまでもジメジメとした空気になることはない。


(本日は快晴なり、だな。)

「レミさんおはようございますニャ。」


 ルームサービスのヤグモが淹れてくれたモーニングコーヒーを一口含み、背伸びをすると、零弥はキッチンに立つ。

 朝食は、特に忙しい時でもなければ零弥が作っていた。といっても、基本的には卵と野菜、パンと牛乳でさっと作るだけなので、作るだけなら10分もかからない。

 基本的に朝食を作ると、その匂いにつられてかレーネが目を覚ます。


「おはよう~」

「おはようレーネ。もうすぐ朝ご飯できるから、クロムを起こしてくれないか?」

「うん、わかった。」


 こうしてレーネに起こされたクロムが揃って朝食をとり、彼らの1日が始まる。

 さて、普段であれば8時半から始まる授業に間に合うように顔を洗い、着替えるのだが、今日は夏祭りの1日目。午前10時の校門解放を皮切りに31時間の大イベントが開かれる。その前準備としてもそんなにかからないので、教室への集合は9時半頃で充分である。

 とゆうわけでややゆっくりと朝の支度が行われていたのであった。



 ところで、ユリア学園の夏祭りは基本的に人の出入りを制限しているこの学校に珍しく、外部からの来客の出入りが自由になる。そのためこの二日間は、来年からこの学校への入学を考えている家庭が見学に来たり、生徒の家族が様子を見に来ることのできる日でもある。

 しかしこの学園は首都からも少々離れた場所にあるのだが、一家に一台馬車を持つような貴族とは違う一般の人々は、主に首都をはじめとした主要都市から出る集合馬車に乗ってやってくる。


「あぁ、早く学園に着かないものかな…。」

「ふふ、その台詞、もう5度目になりますよ。それに、学校に早く着いても、校門の開放は10時から。この馬車はそれに合わせて進んでますから、落ち着きましょう?」

「う、うむ…。」


 そんな集合馬車が列をなす中のある一台の一角で、そのような会話をしているのはアクトとイリス、セシル家夫妻である。


「それにしても、ユリア学園に行くのはいつぶりだったかな?」

「リンにもう来なくてもいいと言われてからは行かなくなりましたけど、今年からはレミ君とレナちゃんがいますから。リンも納得するでしょう。」

「2人は元気でやっているだろうか?入学してから、なにかと厄介ごとに巻き込まれやすいとリンが言っていた。心を擦り減らしていなければいいのだが。」

「そこはリンの腕の見せ所。あの子たちを信じましょう?」


 不安に駆られるアクトを宥め、期待を膨らませるイリス。比翼連理の夫婦を乗せた馬車は学園へと向かう。



 遠くから花火の音が聞こえる。ユリア学園の夏祭りの始まる合図である。


「さぁみんな、いよいよ始まるよ!二日間、協力して頑張ろう!」


 学級長の掛け声に呼応する運営メンバー。

 中等部3年C組の出し物、教室一つを使った暗闇迷路の運営にはいくつかの係がある。

 まずは受付。ここで、参加料金とルール説明、参加者の署名をもらって入ってもらう。

 次に案内係。迷路内に入る人数には制限をかけている。参加者の数をある程度制限し、快適なプレイとクリアの可能性を減らすことを目的とする。そこで、案内係は時限式の転移魔法を仕込んだスタンプ帳を渡す。そして入り口まで案内し、出口で待機しておく。案内係はタイムを計測し、30分経てば時限式転移魔法が作用して出口に移動させられる。クリア者が出ればそのタイムを記録して、成績により景品を渡す。

 そして最後に宣伝係。やることは単純、二人組で立て看板を掲げながらチラシを配る。だが単純と侮るなかれ。ひたすら声を出してチラシのノルマを達成するまでひたすらげんばである学舎と学園街を行き来するのだ。疲労度はこれが一番しんどいだろう。

 ちなみに配るチラシは以下の通り。


「中等部3年C組企画

 暗闇迷路~隠された秘宝を追え!~

 暗闇の迷宮の中、残された時間は僅か。

 迷い込んだあなたは隠された秘宝を追って迷宮内を駆け巡る。

 秘宝は7つ、全てが揃えば真なる報酬が与えられる。

 あなたは、手に入れられるか?


 暗闇に閉ざされた迷路の中で、隠された7つのスタンプを集めて下さい。

 30分以内にスタンプ帳を完成させられれば10エルン相当の景品を進呈!

 15分以内の初クリア者にはなんとシンバル相当の障壁の魔法具が!

 お一人様挑戦は一度きり、参加料金は1エルン。

 皆様奮ってご参加ください。会場は学舎3階、中等部3年C組教室にて。」


 さて、ここまでで色々と言いたいことや裏をかけそうなところなどがいくつか上がってくるだろうが、そこは追い追い説明することにしよう。

 花火の音とともに宣伝係に宣伝に行ってもらい、十数分が経過したところで第一の客がやってきた。


「中等部3年の迷路というのはこれですか?」

「はいそうですよ。いらっしゃいませ。」

「私達中等部2年なんですけど、今年は何もしてなくて。先輩達の出し物を参考にしたくて。」

「そうなんですか。じゃあ早速やっていきますか?」

「はい!」


 そう言って参加料を払った女子生徒2人組に、まずボードを見せる。


「それではここに所属と署名をお願いします。」


 ボードには「学生+学年・来客」と「名前」を書く場所がある。2人がそれを埋めると、受付係が判子を渡し、それぞれが自身の名前のところにそれを押す。この判子、実は契約印である。

 この紙の裏にあるボードには、契約印による契約魔法が掛けられている。契約内容は「この教室内で起きたことを明言する内容の暴露の禁止」。これはボードにある利用規約にも書かれている。

 重要なのは、この契約印による契約魔法は、同じ契約印を用いた同一人物による契約は無効化されるという特性にある。つまり、一度参加した人物が再挑戦をしようとして契約印を押しても、契約の無効化により契約印が押されない。これにより、一人一度きりという制限が果たされるのである。

 当然であるが、裏の契約魔法は秘匿事項である。


「はい、ありがとうございます。この企画の内容を外部の方にお話するのはご遠慮下さい。

 お二人様ですが、お一人様一枚ずつのカードを攻略していただきます。また、挑戦者の入場は5分おきにさせていただきます。

 それでは、入り口まで案内係が案内致します。」


 ここでスタンプカードを持った案内係がやってくる。二人組はどちらが先に行くかを話し合い決め、一人目が案内係に連れられて送られる。


「制限時間は30分、時間内にスタンプを全て集めクリアすればドリンク券、20分以内でのクリアで10エルン相当の食事券、15分以内でクリアした最初の方には魔法具が進呈されます。

 それではカードに光る枠が現れたら始まりますので、頑張って下さい。」


 案内係が迷路の入り口で説明する。そして、目が慣れてくる頃、カードにスタンプを押す枠が現れたら探索スタート。参加者は扉をくぐって迷路に入る。勿論友人を待つのも手だが、その為に5分以上の時間を費やすのだから、その時間で探索をしなければクリアは難しい。

 では、ここで参加者達のクリアを阻む仕掛けをいくつか紹介しよう。

 そもそもこの迷路は暗闇の中、そして、参加者に地図は渡されない。そのため、自分がどこにいるのか、わからなくなる。

 第二に、嗅覚や聴覚に優れた亜人対策に、風の精霊達によって迷路内は常に風が乱雑に吹いており、匂いや音で迷路を攻略できないようになっている。

 そして零弥とクロムで用意した隠し扉である。

 これらの仕掛けによって散々探索者を惑わす結果…、


「え!あれ?」

「お疲れ様です。残念ですがクリアならず。こちら、参加賞です。」


 そう言ってキャンディを渡され、出た先には、先に入っていた友人が待っていた。


「おかえりー。」

「ただいまー。どうだった?」

「どうもこうも、2個しか見つからなかった。」

「私も2個。」


 二人が互いのカードを見せ合うと、それぞれ違うスタンプが押されている。


「えぇ!?これどこで見つけたの?」

「えぇーと…あれ?どこだっけ?」


 彼女のど忘れを責めるなかれ。これが魔法契約。企画の情報を暴露することは禁止される。魔法契約に「破ったら」の出来事は起こらない。「破らない」ように事が起こる。例えば情報の伝播を防ぐためなら、記憶に霞をかけさせることも起こる。もちろん忘れた訳でない、思い出せないだけである。勉強した内容がテストで出てこないのと同じ話である。そしてテスト以外のところでは普通に思い出せるのと同じく、一人で記憶を反芻する分には普通に思い出せるのであった。

 初めは近場の生徒がポツポツと来るだけだったが、時間が経つにつれ、宣伝効果もあってか次第に客が増えて行く。当然だが5分に一人しか入場出来ないので、客の対応に対する忙しさなどはそれほどでも無いが絶えることない客足に休憩を挟む余地はなく、交代の時間になるまで案内は続いた。


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