青春パレード⑥
クロム達も戻ってきて、入れ替わりで伶和とネオンが食事を買いに出た。
零弥とレーネの分はフランが買ってきてくれたようで、レーネは串焼きを美味しそうに頬張っている。
「悪いな、レーネの分まで買ってもらっちゃって。」
「レミっち、レミっちたちの分のお金、貰えない?」
「・・・」
目を逸らしてレーネの髪を弄る零弥。
「ちょっ、いくらなんでもそれはないって!」
「安心しろって、ちゃんと払うよ。いくら?」
悪笑を浮かべる零弥と慌てるフラン。そんな他愛ない会話の中で、カルミン__焼き麺の料理、屋台では定番__の皿を空にしたクロムが、ふと思い出したように口を開いた。
「あの二人、遅くね?もう20分は経ってないか?」
「ふむ、言われてみれば、結構経ってる気がするな。」
「目立つ格好してるからな。変なのに絡まれてるんじゃねえか?」
「十分あり得るな。ちょっと探しに行くか。フラン、レーネの事任せた。」
「よっしゃ!レーネちゃんおいでー。」
食べるのに夢中なレーネに無視されるフランを背に、零弥とクロムはなかなか戻らない二人を探しに人混みに入っていった。
…
「あれ~?ネオンちゃん、どこ~?」
先程まで横にいたはずのネオンが、いつの間にかはぐれていたことに気がついたのは、3軒目の店で甘味を買った後であった。
辺りを見回してみても、いくら目立つ格好とはいえ、未だ成長途中の中等部生の姿は人垣に隠れてよく見えない。そして元いたテーブルに戻ろうにも人の波は帰り道を掻き消してしまっていた。
「うぅ…完全に迷子だ。お兄ちゃんなら、来てくれるのになぁ…。」
かつてアダムにいた頃、蓮に貰ったお小遣いで町内会のお祭りに出向いた思い出が蘇る。小学校の校庭に広がる屋台、人々は行き交うそんな中、金魚掬いを眺めている間に零弥と逸れてしまった伶和は半ベソをかきながら歩き回る。
そして、後ろから手を握られ、振り返ると安心したような優しい笑みを浮かべ、零弥が声をかけてくれたのだ。
「伶和、迷ったのか?」
「あ、お兄ちゃん、うん。ネオンちゃんとはぐれちゃって…、」
「そっか。じゃあネオンを探さなきゃな。」
手を取られ振り返ると零弥とクロムがそこにいた。
レミの表情にあの頃のような笑みはない。だが、握られた手から伝わる温もりや、少し湿った感触は、確かにあの時のものと同じであった。
「それにしてもこう人が多くちゃネオンがどこ行ったかも分からねえな。」
クロムの声もこの喧騒の中聞き取りづらい。殆ど視覚しか頼れないこの状況で、人ごみは非常に厄介な障害である。
「どこか高いところから見渡せれば探せるかもしれないな。」
「そうは言ってもよ、どこにそんな見晴台が?」
零弥は視線を巡らす。クロムがその視線を辿る。その先にあったものを見て、クロムは冷や汗をかいた。
「なぁ、まさかと思うが…」
「あれに登ればいい高さじゃないか?」
「あー、やっぱり?」
中央通り、その中心線は等間隔に植えられた街路樹がある。普段はその木陰が人々の憩いの場であるが、今はそこすらも食事席となっている。
流石に木に登っているような不埒者は見受けられないが。
「いや、流石にやめとけ?生徒会にどやされるぞ?」
「…じゃあ、クロムと伶和は先に席に帰っててくれ。俺が何したかは知らぬ存ぜぬを通せばいい。一人の方が目立たずに済むしな。」
零弥は返事を待たずに人混みを掻き分け先に行ってしまった。
置いてかれた二人は互いに困ったような顔で見合う。
「じゃあ、俺たちは戻ろうか。」
「う、うん…。」
さて、零弥は木の真下に辿り着くと、周りの視線が少しでも少ない角度に入ったところでまず一つ跳び、一番下の太い枝に乗る。こちらの世界に来てからというもの、自身のプロアスリートも腰を抜かすような身体能力にもうすっかり慣れてしまった。
そしてそこからは普通の木登りの要領でとにかく高いところを目指して登っていく。
そして葉に隠れられる最も高い所へと辿り着く。
「さぁ、ウォーリーよりは簡単に見つけられるはずだ。目を懲らせ…。」
零弥はそう自身に言い聞かせ、ネオンを探す。例の旅行者のように周りに紛れるなどということはネオンの服装からしてもありえない。ただ今回は範囲が広大なだけである。それに伶和のいた位置から多少は範囲を絞り込める。ネオンを見つけ出すことはそれほど苦労することではなかった。
「見つけた…!」
視界の中に青灰色のチャイナドレスを捉える。その少女は、何やら数人に声を掛けられている。おそらくナンパだろう。彼女はナンパから離れるが、彼らはネオンを追う。零弥は視線を少しずらし、ナンパ連中に狙いを定めその動きの少し先を目掛け、脚に力を込め、飛び出した。
…
ネオンは焦っていた。
いつの間にか伶和と逸れてしまい、人混みの流れに押されて仲間の待つテーブルへ戻ることもできずにいた。
「ねぇ君、中等部の子?可愛い格好してるね。一人?」
「あ、いえ、友達と来てるので。」
上級生と思しき男子生徒数人が近寄って来て声をかけてくる。
(ハァ…やっぱりこの服変に目立っちゃうよ。レナちゃん見つからないかな…。)
心の中で愚痴を一つ。ネオンは男子生徒のことは軽くいなして歩き出す。
しかし、そんなことでは彼らが諦めるはずもない。でなければまずナンパなどしない。
「つれないなぁ。僕らと一緒に楽しもうぜ。ね?」
「・・・」
相変わらずネオンは無視に徹する。反応してしまえば相手の土俵に上がるようなものである。聞こえないフリ、無関係の皮を纏ってやり過ごそうと歩を早めた。
「ほらほら、一人よりも誰かと一緒な方が楽しいよ?な?」
「っ!」
無遠慮に肩に回された手を明らかな嫌悪感をもって振り払ったネオンは走り出した。
その後を追って男子生徒達も駆け出す。着慣れないチャイナドレスはネオンの走りに纏わりつく。すぐに距離は詰められ、再び彼らの手が伸びてきたその時、
「ちょ、すみません!」
突如として上から謝罪の一言が聞こえ、驚いて見上げると、見知った顔が驚愕の表情で男子生徒の真上から落ちてきた。
…
当初の予定ではネオンとナンパの間に着地して格好よく助けるはずであったのだが、何を間違ったか、着地点の下にナンパの姿を認識した時には時すでに遅し、放物線系運動は止められない。結果として、ネオンに最も近くにいたナンパの背中を踏むように着地してしまった。転ぶ訳にもいかなかったので、ナンパは下敷きである。
「れ、レミ君!」
「あちゃー、まさか急にに走り出すとは。すみません、大丈夫ですか?」
「・・・」
「だめだ、完全にのびてる。仕方ない、行こうかネオン。」
困り顔でナンパの肩を担ぎ、ネオンに振り返ると零弥はそう告げて歩き出した。またはぐれないようにとネオンの手を取って。
「レ、レミ君、ありがとう。」
「なに、気にしないで。迷子の友達を探すのは普通のことさ。」
零弥の言葉には、包み込むような暖かさも、突き放すような冷たさもなく、まるでそうあることが当然の、なに一つ間違っていない模範解答のようにネオンの心をすり抜けた。
「…レミ君って、かっこいいね。」
「急にどうした?屋台のおねだり?」
「ち、違うよ。ただ、純粋に、そう思っただけで…。」
「そっか。そりゃうれしいね。」
零弥はそう小さく微笑む。
ネオンは突然口から出た自身の言葉に驚いていた。
零弥は体のパーツバランスが整っているが、クロムのように特別美男子というわけではない。今までも零弥くらいの男子は何人か告白にやって来たこともあった。しかし特に心惹かれるということはなかった。
ネオンの口から出た「かっこいい」という言葉はきっと、零弥の在り方に感じ入るものがあったからだろう。一切の媚びも下心もない彼の言動が心地よかったのもある。
(きっと、これは恋じゃない。レナちゃんの言う通り、レーネのためを思えばレミ君と一緒にいるべきかもしれないけど、それはきっといけないことだ。)
ネオンは伶和の言葉を思い出しながら、冷静にそれを否定した。レーネのことはある意味ちょっとしたアクシデントだ。たった一つの出来事で今後全てを決めるのは早計で、短絡的だ。
それに、ネオン自身もだが、零弥もまた、ネオンを恋愛対象として見ているとは思えない。零弥にとってのネオンは未だ友達の域を出ないだろう。そこまで二人は親しくなるような地盤はないし、二人とも何かあったくらいで一瞬で恋に落ちるような性質ではないのであった。
(まあ、私たちもまだ15歳だし、この先どんな出会いがあるかなんてわからないんだから、私も、レミくんも、焦らずゆっくり長い目で見ていけばいいよね。)
「どうしたんだネオン?今度はだんまりになって。」
「将来の人生設計について考えてた。」
「はぁ?…変なの。」
その日の夜は、賑やかに更けていき、12時を回る前には、明日のためにと、静けさを取り戻したのであった。
…




