青春パレード⑤
夏祭り開催を翌日に控えた夕暮れ時。中央通りでは前夜祭と称した屋台が開かれていた。
「うわ、凄い人だな。」
「まぁな、夏祭りと新年祭は街の商業組合を中心にして運営するから、規模は他の祭りに比べて遥かにでかくなるぜ。」
「…ねぇ、レーネちゃん達は?ここで待ち合わせであってたよね?」
「お待たせー!」
伶和の声に振り返ると零弥は思わず息を呑んだ。
3人の着ているソレは、華のような艶やかな柄の生地をベースにした、浴衣をベースとしたような明らかに普通の和服とは違う装いをしていた。
(そういえば昔から伶和は和服に憧れてたな…。)
「な、なんだその服!?」
どうやらクロムには和服というものが馴染みが薄いようで、その奇抜なスタイルに度肝を抜かれていた。
「ふふん、どう?似合ってる?」
伶和はくるりと回って服を見せる。その姿は大正時代の女学生の制服に似たものである。もっとも、涼を得るためか、袴の丈が短いものになっていたが。
「なんとも伶和らしい格好だな。」
「ねぇねぇパパ!レーネは?かわいい?」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるレーネを抱きかかえる。レーネの服は、どうやらアリススタイルのエプロンドレスをモチーフにした和服ドレスのようだ。跳ねるたびに揺れるスカートが非常に可愛らしさを引き立てていた。
「ヘェ~、可愛いなぁ。レーネちゃん、それはレナちゃんに作ってもらったの?」
「うん!ママも一緒に作ったんだよ!」
「んで?そのネオンは何処にいるんだ?」
ご機嫌なレーネを他所に、クロムは幼馴染の姿が見えないことに疑問を呈した。
伶和は短く溜息をつくと、女子寮の入り口に隠れているネオンの元へ向かった。
「もー、ネオンちゃん、そんなところに隠れてないで出てきなよ。」
「だってこれ…恥ずかしいよ!」
「ここまで来たんだからもう観念しなさいっ。」
伶和に引っ張られてついにその姿を現わすネオン。その姿は他の二人とはまるで違った。
滑らかな光沢を持つ生地は全身をぴったりと覆うように模られ、ネオンの緩急の効いた体型がはっきりと現れている。そして、足を隠すロングスカートの側面には、太腿上部まで届くであろうスリットが入っている。
「伶和、それ和服違う、チャイナドレスだ。」
「知ってるよ?どうかな?」
「どうってそりゃあ…、」
男子三人、互いに目を合わせると大体同じことを考えていたようだ。
「「エロい」」
「もー!だから嫌だったんだよー!」
ネオンは伶和の後ろにピッタリとくっついて隠れてしまった。
こうなることは知っていたのだろう。伶和はなんとも微妙な苦笑いを浮かべるのみであった。
「いいじゃねぇか、似合ってんだから。」
「クロム…」
「ダサいわけじゃないんだし、胸張って歩けよ。俺今腹減ってんだから。」
行こうぜとクロムは言い残し先に行こうとする。零弥とフランはそれについていく形になったが、零弥はふと振り返って話を継いだ。
「さっきはついああ言ったけど、似合ってるのは本当だよ。ネオンの魅力をしっかり引き出してるいい格好だと思う。」
「うん…ありがとう…。」
2人の言葉で自信がついたか、ネオンは伶和の横に立って歩き出した。
…
前夜祭は、あくまで前夜。本祭よりは規模は小さいはずである。
「見事にごった返してるな。」
「まぁ、本祭が始まったら自分達の出し物で満足に回れない奴もいるしな。」
「今夜は学内の人達のためのお祭りだよね。」
「本祭って、学外からもお客さん来るの?」
「あぁ、熱心な親とかは来るらしいぜ。あと入学希望の子供とかな。」
年に何度もある学祭の中で、夏祭りは数少ない学校が開かれる日であり、ホームカミングデーやオープンキャンパスのような目的で来る客も多いという。
とにかく客が多い上に二日間に渡るお祭りなので、零弥達のような遊戯系ならばともかく、飲食系は在庫を考えて用意しないと1日目で在庫が尽きたり、2日目が終わっても在庫が余ったりと難しい。
そして、外部から人が来るというのは、治安の不安定化も予想される。生徒会はその対策のために奔走することになるだろう。
閑話休題。前夜祭のメインを張るのは、中央通りで開かれる屋台村のような空間である。様々な屋台が並び、広場の中央はテーブルが押し並べられている。生徒達は思い思いに屋台で買い、大いに食べ、飲んで、明日からの祭りに備えるのである。
故に普段は普通にあちこち歩き回れるような中央通りでも、テーブルの所為で手狭に感じるのである。
「うーんと…あっ、いた!」
手を振る先には伶和とネオン。気付いた二人は人混みをかき分けるように、とはならずに零弥達の元へとやって来た。
「うー…やっぱり目立つよね、この格好。」
二人の異様な格好に、人々は目を奪われ道を譲っていた。
「でも見つけやすくていいと思うよ。」
「主観的に見れば悪目立ちよ。」
「そっか。まぁ、明日明後日はほとんど着る機会無いだろうし、貴重な体験と思ってさ。」
「もう、他人事だと思って…。」
零弥はネオンを宥めつつ、二人を案内する。
クロム達はテーブルを1つ確保して待っていた。クロムがやや急いでいたのはこの席取りをするためだった。
「はぁ、やっと全員揃ったな。もう腹減って切ねえぜ。」
「それじゃ、席も確保したし、交替ばんこでご飯買いに行こっか。」
クロムとフランは空腹で気が急いていたようなので先に行かせ、零弥は全員分の飲み物を買いに席を立った。
レーネと三人残された伶和とネオン、二人は男子達が帰って来るまでの間、伶和がなにやら真剣な面持ちで話しかけて来た。
「ネオンちゃん、ちょっといいかな?」
「何?改まって。」
「ネオンちゃんって、お兄ちゃんのことどう思ってるの?」
「どうって…それは…、」
伶和の質問に対して応えあぐねるネオン。
「レーネちゃんの事もあるし、複雑な気持ちだとは思うんだ。だけど、もしネオンちゃんがお兄ちゃんのこと……なら、私、応援したいんだ。」
「待って待って。確かにレーネは私とレミ君が創り出した子だし、この子にとっては私が母親でレミ君が父親だけど。だからって私とレミ君が付き合うかどうかってのは…、」
「だから、だよ。」
「…好きじゃないなら近づかないで欲しいってこと?」
「ううん。私が気にしてるのはね、お兄ちゃんの方。」
伶和の声のトーンが落ちた気がした。
「これまで、お兄ちゃんと一緒にいて、何か変だとは思わなかった?」
「変?」
「こう、他の人と話してる時と、お兄ちゃんと話してる時とで違和感がなかったりしない?」
伶和に言われてネオンは己の記憶を思い返す。
「…やけに、落ち着いてるっていうか、普通にしてる時のレミ君って…感情の起伏があまりないような気がする。」
「そう、それ。お兄ちゃん、いつからかな、あんまり感情を表に出さなくなったんだよね。」
「でも、怒るときはあるし、笑うときもあるよね。」
「…でも、心からの感情っていうよりあれは頭で考えて浮かんだ『答え』みたいな感情だと思うんだ。」
つまり、零弥の中で「許せない」と判断した時は怒り、「面白い」と判断した時は笑うといった、まるで感情を再現した機械のような感情しかないと、伶和は考えているようだ。
「理性的な感情ってことね…。ってゆうか、それと私、関係無いよね?」
「…私はね。お兄ちゃんに、幸せになって欲しいって思うの。でもね、お兄ちゃんは、私や周りのことばっかり考えて、自分の事を無視するんだよ!折角この世界に来ても、お兄ちゃんはあんまり変わってない。だから、今度は私の番。お兄ちゃんに幸せになってもらいたい。幸せを感じて欲しいの。」
伶和の目は本気で語っていた。そしてネオンもまた、伶和の意図が読めてきていた。
「私がレミ君と付き合えばいいって事?」
「利用するような言い方になって嫌かもしれないけど、もしネオンちゃんがお兄ちゃんのことを好きになってくれるなら。ネオンちゃんがお兄ちゃんの心を溶かしてくれるなら。私は二人の関係を進展させたいの。」
ネオンは自分の胸の内を確かめる。大丈夫、まだレナちゃんの言葉に感化されてはいない。それを確かめて、ネオンはゆっくりと言葉を紡いだ。
「レナちゃん、それなら何も、私がレミ君と付き合う必要は無いかなって思うんだ。
レーネにとって私とレミ君はお母さんとお父さん。だけどそれはそれ、私とレミ君の感情とは関係のない話だよ。
レミ君はカッコいいし、いい人だとは思うけど、私、まだレミ君の事を本気で好きになってはいないわ。」
ネオンの諭すような言葉に、伶和は口をつぐむ。でも、や、だけど、といったとりとめのない言葉がぼそぼそと聞こえてくる。
「伶和ちゃん、急ぐ必要は無いよ。レミ君はいなくならないし、この先何年も私達一緒に過ごすんだから。
それに、私とレミ君がどうこうするよりも、伶和ちゃんやクロムが関わっていった方がきっとレミ君も心を開きやすいと思う。」
「ネオンちゃん…。」
「そんな深妙な顔しないの!折角の可愛い格好が台無しになっちゃうわ!」
「にゃわわ!ふぁらひれー!」
「あはは!レナお姉ちゃん、変な顔になってるー!」
ネオンに頬を引っ張られて無理やり笑顔を作られる伶和。
「でも、レナちゃんの考えには私も賛成。レミ君は今きっと嬉しいのに嬉しいと、辛いのに辛いと感じられなくなってるんだと思う。それはきっととても悲しい事。レミ君の為に、私も出来ることは協力するよ。」
「…ありふぁろう…っれ、はらひれー!」
「ぷっ、ふふふっ!」
「もー!」
「何だ?どうしたんだ?」
両手にドリンクの入った瓶(缶はまだメッキ技術が発達していなくてあまり出回っていない)を抱えて帰ってきたばかりの零弥は、二人のじゃれ合いからでは状況が読めなかったようである。
伶和とネオンの二人は軽く視線を交わすと、
「何でも無いよ!」
「乙女の秘密ってやつだよ。」
とはぐらかす。零弥はいまいち納得しかねたが、秘密というなら無理に探る必要もないかと、席についてドリンクを並べ始めた。
…




