青春パレード③
夏祭り本番まであと1週間を切った。今期の授業はもう終了し、一日中出し物の準備に使えるようになったことで、学者内の騒がしさは増していた。
「ねぇ、ネオンさん。レミ君とクロム君の方はどうなってるかわかる?あの2人が今回の出し物の要になる秘策を作ってるらしいけど…。」
「うーん…クロムに聞いたけど、『この秘策はバレたらおしまいなんだよ。本番になるまでは絶対の秘密だ!』って言って教えてくれないの。」
「そう…。あ、あと、レナちゃんなんだけど…、なかなか準備に手伝いに来てくれないのよね。何か知らない?」
「レナちゃんが?うーん、無断ですっぽかすような子じゃないと思うけど…、今度聞いておくよ。」
思い返せば零弥、クロムだけでなく、伶和も見当たらないことに今更ながら気づいた。
(うーん…レミ君は何か聞いてるかなぁ?)
割と大事な時期であるため、あまり周りと波風を立てるのはよろしくないと、懸念するネオンであった。
その日の夕方、準備を進めるみんなへの差し入れを買って戻ってきたネオンは、地下への階段から上がってくる伶和を見つけた。
「あ、レナちゃん!」
「えっ?あ…ネオン、ちゃん」
何やら歯切れの悪い様子の伶和。ネオンはどうも怪しいと、足を止めて話を繰り出した。
「レナちゃん、迷路の手伝いはしなくて良いの?あんまり来ないらしいじゃない。」
「あ…う…ごめんなさい。」
伶和の反応からも、どうやら悪いとは思っているようだ。だが、それでも目を逸らすということは、今後も来ない可能性が高い。
「なんで来ないの?それに今地下から上がって来たみたいだけど、もしかしてそれと関係あるの?」
「あ…それは、その…ごめんねネオンちゃん!」
突然、伶和は走り出して逃げてしまった。しかも身体強化魔法を使ってまで。
「あ!待ちなさい!…もう、なんなの?」
ネオンも優秀な魔法使いだが、身体強化で最終的にモノを言うのは瞬間的な魔力圧、つまり魔力量だ。今から追いかけて伶和に追いつける可能性は低い。
(それよりも…レナちゃんはこんなトコで何を?)
伶和が何をしているのか、それが分かれば伶和が来ない理由が分かるかもしれない。ネオンは地下へと続く階段に足をかけた。
…
地下1階。そこには、演習場と幾つかの倉庫があるのみである。また、誰も使っていない時は地下の灯りは消しているので、ほぼ暗闇である。
(確か、降りて左手にある部屋の魔方陣に魔蝋を入れると灯ったはず…。)
魔蝋とは、魔力結晶を含んだ蝋燭である。燃える時に溶けていた魔力結晶が魔力として拡散することで、一定の量の魔力を長時間供給し続けることができる。魔蝋はそれほど高価な物でもないので、これを用いた技術は今や世界中で最も一般的なものとなっている。
閑話休題。ネオンは魔蝋を入れようと、管理室に向かおうとした。しかし、管理室には鍵がかかっており入れない。仕方なしに、ネオンは暗闇の中を歩き始めた。
幸い、廊下には基本何もなく、また、構造も単純な回廊であるため、道に迷うなどということはない。しかし、暗闇に対する生物的な恐怖はネオンの心拍数を上げていった。
(レナちゃんはどうしてこんな所に?)
ネオンは疑問に思いながらも、伶和の足取りを辿るため、まずは地下の第一倉庫の扉に手をかけた。
当然ながら、扉は開かない。倉庫の鍵は、許可なく利用できるものではないし、地下の利用そのものが教員の協力が不可欠なので、伶和が1人で出てきたということは伶和はこの暗闇の中、1人で何かをしていたということになる。
ふと、ネオンは何かを聞いた。それは風の音とは違う。遠くから聞こえる喧騒でもない。囁くような、人の声とは思えぬ声。
(…?笑い…声?)
その声はまるで誰かが笑うような声であった。その声を辿ろうと、ネオンは耳を澄ませ、声の主を探した。しかし、歩けど歩けど声の主は見つからない。笑い声は常に一定の音量で聞こえていた。
遂に回廊を一周し、地上への階段の前に来た。しかし、ネオンはまだ伶和の秘密を見つけていないし、あの笑い声の正体も分かっていない。
(このまま帰ってもレナちゃんはあの様子だし話してはくれなさそうね。)
何とかして証拠を見つければ、話してくれるかもしれない。ネオンはそう信じて、もう一度回廊を進もうとした。
その時、何かが落ちる金属質な音がした。音の方へ顔を向けると、地上からの僅かな光を反射している小さな鍵があった。
(…?こんなの、さっきまでなかったような。ってゆうかコレ、どこの鍵?)
ネオンは試しに一番近くにある管理室の扉に鍵を挿し込む。すると、管理室の扉が開いた。
(なんでこんな所に管理室の鍵が?もしかして、レナちゃんはこれを隠し持って…、)
しかし何はともあれこれで灯りがつく。先程からの不気味な笑い声の正体は掴めないが、これで多少は安心して地下を歩けるだろう。
ネオンは管理室に入り、燭台に魔蝋を1つ取り付け、竃のような小さな窪みにそれを置き、火を付けた。
パァと、周りが明るくなる。暗闇に慣れたネオンの目には少し眩しすぎた。灯りを得て少し安心したネオンは、再度回廊に出て歩き始めた。
「あれ?鍵は?」
ふと気づくと、先ほど管理室の扉を開けるために使った鍵が見当たらない。確かに机の上に置いておいたはずであったが。
不審に思いながらも、ふとした拍子に物が見つからなくなるのはよくあること。大抵あとから落ち着いて探せば見つかるものだと、ネオンは半ば諦め気味に廊下を歩き始めた。
第一倉庫は開いていなかった。第二倉庫も同じく。そして、先ほどの笑い声も聞こえない。やはりあれは気のせいか、それとも疲れていたのかと、ネオンは納得し、演習場の扉に手をかけたその時、
「っ!?何!?灯りが!」
突如として視界が塞がれる。否、先ほどまで煌々と輝いていた廊下の灯りが消えたのである。
(もしかして先生に見つかって消されちゃったのかな?)
だとしたら見つかるのはまずい。しかし、誰かの歩く音は聞こえない。ここの廊下は音は良く響くので誰かが歩けばわかるはずなのだが。
(燭台に何かあったのかも…?あれは…)
見ると、ある一角だけ灯りがついている。第三倉庫の両隣の灯りだ。そして、先ほどまで消えていた笑い声が今度ははっきりと聞こえ、それが第三倉庫から聞こえるものだと認識できた。
(なんで…?)
ネオンの胸中で嫌な予感がした。しかし、伶和はここにいたはずなのだ。ここで何かをしていたはず。そう考え、ネオンは第三倉庫の扉を開けた。
第三倉庫は魔方陣作成のための道具が主にしまわれている場所である。伶和はここで何をしていたのだろうか?ネオンは答えを探すため、第三倉庫の中へと足を進める。そして部屋の中心へと進んだ時、扉がひとりでに閉まってしまった。
「えっ!?誰か!そこにいるの!?」
扉を開けようと手をかけるも、なぜか開かない。そして、ネオンは背中に生暖かい風を感じ、ゆっくりと振り返ると、
《ネェ…イッショニ…アソボ?》
青白い焔に包まれた、子供のようなモノがそこに立っていた。眼は空洞のようで、笑う口は普通ではありえないほど裂けたように開かれている。
「え…。」
《ネェ…アソボ?アソボ?》
「な、何言ってるの?あなた、誰?」
《アソボ…アソボ…》
「ご、ごめんね。わた…し、急いでるの。だ、だから…」
震える肩を抑え、ネオンは扉を開けようと力を込める。しかし開かない。そして気づくと、左右にも同じ様な炎の子供が立っており『アソボ…アソボ…』と言いながら近づいてきた。
「や、やめてよ…。だ、誰かのイタズラなんでしょう?ねぇ、そ、そこにいるんでしょう?」
しかし止まらない。そもそもこの子供たちの炎で部屋は照らされているのに誰もいない。
「イ…イヤ、やめて、こないで…」
《アソボ…アソボ…》
《アソボ…アソボ…》
《アソボ…アソボ…》
周りで連呼される子供の声、恐怖で足が竦む。そして、子供がついに手を伸ばしてきた。
「イ、イヤ、イヤァァァァァアアア!!!」
絹を裂くような叫びとともに急に背後の扉が開く。思わず後ろによろけ、尻餅をつく。
しかし、すぐさま気づく。声が増えている。見ると、あの炎の子供が第一倉庫、第二倉庫からも出てきて、こちらに向かってきていたのだ。
「キャァァァァァアアア!!!」
ネオンは何度も転びそうになりながら、壁に手を付きながら身体を支え、震える足で駆け出した。
「誰か!誰か助けて!!」
そう叫びながら走るネオン。しかし、聞こえてくるのは炎の子供の《アソボ…アソボ…》という大合唱のみ。
そして走り続け、地上への階段が見えてくる。ネオンは震える足の代わりに手をも使って階段を駆け上がる。
そして、階段を上りきったネオンを待ち受けていたのは、何事もなかったように_というか何事もないのだが_各々の準備に忙しく動き回る生徒達の喧騒であった。
「・・・え?」
振り返るも何もない。炎の子供もいなければあの大合唱も聞こえない。それどころか地下は最初にネオンが来た時の暗さのままであった。
(…夢、だったのかな?)
しかしあの時の熱は首筋に残っており、バクバクと未だおさまらない鼓動はあの恐怖が本物であったことを感じさせていた。
「…あ、差し入れが…、」
どうやら買ってきた飲み物やお菓子を置いてきてしまったようだ。取りに戻ろうかと思ったが、あの恐怖体験がまだ脳裏から離れない。ネオンは頭を振って思い直し、再び差し入れを買いに購買へと駆けて行った。
「ねぇ、聞いた?地下倉庫、幽霊が出るんだって。なんでも、この学園で魔法事故で死んじゃった生徒たちの無念が地下に溜まってて、職員室にある鍵を使わずに無断で入ると襲ってくるんだってさ。」
…




