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青春パレード①

 張り詰めた緊張感の中、浮かび上がる様々な表情。

 平常心を保つもの、焦った顔で冷や汗をかくもの、限界を迎え机に突っ伏すもの、中には満足そうな顔を悟られまいとするものもいた。

 鳴り響く終業のベル。颯爽と教壇から降り、教師は声を上げた。


「そこまで!解答用紙を裏返して筆記用具を置きなさい。各自速やかに教室を出ること。以上!」


 席を立つ生徒たちは思い思いの表情で友人たちと語らい合う。どの世界でも学校に通ったことがある以上はこのテスト終わりの解放感は誰しもが経験したことがあるだろう。

 そしてそれは零弥達とて変わることはなかった。


「やっと終わったぜ~。長かったなー。」

「おつかれさまー。みんな、どうだった?」

「まぁネオンに関しては心配することなんかないだろ。」

「そうでもないわよ。アルツベイン公式をど忘れしちゃって大問4が暫く止まっちゃったもの。」

「まぁ、公式なんてのは忘れたら忘れたで、1から導き直せばいいことだ。それよりあの属性間変形係数、2つの移動は乗算だったか加算だったか…」

「まぁまぁ、終わったことは今更気にしても仕方ないって。そんなことより腹減った。なんか食いに行こうぜ。」

「その前にレーネを迎えに行かなきゃね。ここのところ我慢させちゃったし。」


 季節は既に6月も半ば。かの連休から一月が経ち、レーネが加わっての生活にも周りも含めてだいぶ慣れたところで中間テスト期間に入った。それまで放課後はもっぱら宿題を早々に片付け、レーネの相手をしがてら遊んでいたのだが、さすがにテスト前ともなれば勉強に集中しなければならない。

 もちろんレーネはまだ子供で勉強の大切さはまだ理解しきれてないだろう。だが、零弥とネオンによる説得でなんとか我慢してもらえることになったのだ。


「まぁ、その結果ヤグモの顔が七変化するのを見られたのは面白かったけどな。」

「本人からしてみれば迷惑千万だろうよ。」


 しかしテストは今日で終わるので、明日からヤグモの受難も終わるだろう。


「あなた達、ちょっといい?」


 さて、軽い打ち上げに行き着けのカフェにでも行こうかという空気になってきたところに闖入者が現れた。といっても彼女と零弥達は知らない間柄でもなくクラスメイト、学級長(所謂クラス委員長)である。


「どうしたんだ?」

「今月末の夏祭りなんだけど、あなた達は何をするの?」

「何をするって言われても特に考えてなかったな。みんなは?」


 零弥は振り返って皆に確認するも、帰ってきたのは否定を意味するジェスチャーだけであった。

 クロムが総意の代表という形で返事をする。


「いや別に。何?学級長は何かやんの?」

「うーん、そうゆうわけじゃないけど、あなた達はもしもクラスみんなで出し物をやろうって話をしたら参加してくれるかな?って皆に聞いて回ってるの。」

「なるほどな。」


 学級長の説明に納得しかけたところで、零弥と伶和は小さな疑問を抱いた。


「ねぇ、ネオンちゃん。夏祭りの出し物って個人で出してもいいの?」

「えぇ、開催一週間前に企画書を生徒会に提出しておけば場所の確保をしてくれるわ。場所を使わなかったり、非公式に活動するのも多少不便だけど良くあることよ。部活動の発表は公式では高等部以上に限定されるけど、非公式で端っこでやってるとこもあるみたい。

 学級長が企画しようとしてるのは公式なやつでしょう?何か案があるの?」

「うーん。教室を1つ借りて出来ることにしようかなってくらいにしか。具体的にはある程度人数が集まってから皆で話し合おうかと思ってたんだけど。」

「そう、規模は定まってるのね。でも、本番まで二週間くらいよね?あまり企画段階で侃侃諤諤の論争になっても面倒よ?皆の自由意志を尊重するのはいいけど、1日で案がまとまりそうになかったときのためにあらかじめ1つか2つ企画案を考えておいたほうがいいわ。」


 ネオンのアドバイスをうけて学級長はメモをとっている。


「クロム、ネオンは随分とこの手の話に手馴れてるな。」

「まぁな。ネオンは去年一昨年と連続で学級長やってたからな。今年はネオンから辞退するって言ってやらなかったんだよ。」

「へ~」


 そんな話をしているうちに学級長とネオンは話を進めており、どうやら零弥達含め、参加する事になったらしい。


「ありがとうネオンさん、参考になったわ。それじゃあ、人数が集まったら手紙を送るね!」

「えぇ、頑張ってね。」


 学級長は颯爽と次のクラスメイトの元へ向かった。

 突然のことで驚きはしたが、零弥達はその後カフェに向かう中でも、学園祭の出し物について話題に花を咲かせることになった。



 学生寮のある一室。その前に立つ1人の生徒がいた。

 その部屋の主とは一年生の時、当時まだ友人らしい友人が出来ておらず、1人で学食を利用していた時に偶々同席したのがきっかけで、半ば引きずられる形でこの2年半を一緒に過ごしてきた。

 呼び鈴を鳴らす。ドアを開けたのは彼のルームメイト、いつも一緒にいるもう1人の友人。

 彼に連れられ部屋に入る。窓からは学舎を含む学校の敷地が一望できる。さすがは上層階の部屋であった。そして、午後の日差しは差し込めない部屋は、やや薄暗くなっており、その部屋の中央のテーブルに座している第一の友人に声をかけた。


「お、おかえり。調子はどう?」

「…どうもこうも、良いわけがないだろう。」


 彼の返答を聞いてしまったと反省する。

 彼…スカンジルマは面倒見が良い、とは言えないが、少なくとも仲間としては認められていたようで、何かと誘われることが多かった。そのお陰で自分は体格の割に口下手でやや引っ込み思案な性格であっても、1人になるということは少なく、その点彼に感謝していたと言えよう。


「で、お前らの方はどうなんだ?あいつらはどうしてた?」

「転入生2人は今はもうクラスメイトとしてみんなと仲が良さそうだ。噂だが、校内にファンクラブがあるとかいう話も聞く。」

「…フン。で?あの落ちこぼれの方はどうだ?」


 しかし、彼の人格がいい人間のそれかと問われれば、首を縦にふるほど面の皮は厚くない。

 クロムの魔法制御力が低いという噂を耳にしてから、彼の周りへの態度は一変したと言えるだろう。それまでは尊大な態度ながらもそれは彼の本来の性格であり個性として処理できていたのが、クロムの学年の番付が低くなってからというものの、半ば外道とも言われかねないやり口すら用いて、クラス内カーストの上位を獲りにいった。

 家柄的に最も強敵と言えたクロムに落ちこぼれのレッテルを貼り排除した。ネオンは口煩かったが、男尊女卑主義の彼からしてみれば気にしていなかったのだろう。家という武器を振りかざし、他者を牽制しながら彼はどんどん傲岸不遜になっていった。

 自分はただ、それを横で見ていた。そして彼に求められれば、体格だけは恵まれていたその力を振るうようになっていた。


「でも…あの後、何をしたのか知らないけど、クロムは魔法の制御が出来るようになっていたよ。」

「…なんだと?おい、それは本当か。」

「事実だ。奴は模擬戦でも高度な魔法を操り、学年番付も上昇している。」

「ぐ…こ、こんなの…認め…られん!クソが!」


 スカンジルマは手に持っていたグラスを叩きつける。ツンと果実の香りが漂う。

 罪悪感が無かったわけではない。

 クロムはあまり不満や辛さを顔や態度に表さないタイプだった_もしかしたら、授業中寝てばかりなのはストレス故に夜は眠れていなかったためかもしれないが、今となってはただの悪癖であろう_。しかしそれ故に、ただ体格が優れていただけで、基本的には柔らかな人物である自身にとって、もし1つ何かが間違っていたら、自分があの扱いを受けていたのではないかと思うと、彼は胸の奥に刺す痛みに苛まれるようになっていた。

 しかし友人に逆らう気は無かったし、その頃にはすでにスカンジルマに逆らうことは躊躇われる雰囲気がクラスに蔓延していた。


「…ユキミネはどうしている?あいつ、この僕にあれだけの怪我を負わせた上に教室を壊したんだ。退学になっていてもおかしくは…」

「残念だが、初回であったこと、生徒会の調査や生徒の証言でレミ=ユキミネにはそれなりの理由があったということで情状酌量の余地があるとして職員の方でも2週間程度の謹慎処分にとどまった。逆にスカンジルマ殿は何やら前々から風紀管理部にも目をつけられていたようで、ようやく尻尾をつかんだと皆騒いでいた。」

「ーーーーっ!!おのれ…ユキミネめ!あいつが現れて、俺の学園生活は崩れ去った!許さん、許さんぞ…!」」


 荒れるスカンジルマ。それを見ながら、彼は心の中でほんの少し「ざまぁみろ」とほくそ笑む自分に気づいた。

 この学校に来て初めての友達。たとえ向こうがどう思っていようとも、自分にとっては初めての仲間に対して思ってはいけない感情だと、彼は顔を伏せ、部屋を出ようとした。


「おい。」


 その背中に声をかけるスカンジルマ。


「ユキミネの弱みを探れ。どんな形でも良い。あいつを潰せるネタを掴んでこい。」


 彼はその命令(ことば)に短く首肯を返した。


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