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休日オムニバス⑤

 クロムの家での対談が終わった後、クロムとネオンの2人は、貧困街(スラム)に来ていた。

 勿論この事は2人とも両親には言っていない。2人がここに来るのには、理由があった。


「あ、クロム!ネオン!学校に行ってたんじゃあないのかい?」

「一時帰宅さ。それより仕事はどうだ?」

「おかげさまで食うに困ってないよ。最近は注文の仲介も任されるようになったよ。」

「凄いじゃないか!」


 2人に気づいた男が早速話しかけてきた。

 この男は以前シティドリームを夢見て上京したものの職にありつけずにスラム入りしてしまったのだが、クロムがマルシェのバイトを幾つか口利きした結果、マルシェ内の連絡や店同士の連携を手伝う仲介屋という立ち位置でバリバリ働くようになった。

 それ以降彼はクロムに敬意を払っており、よく一緒にいるネオンの事も知っていた。

 この場所には彼だけではない、クロムやネオンに救われたものたちが結構な数いる。

 2人がここに初めてきたのは10歳の時、クロムがたまたま紛れ込んだのだが、そこで目にした光景にショックを受けた。自分たちの暮らしている環境からかけ離れた生活の人々。彼らは常に貧困に喘ぎながら、他に行き場もなく与えられた限られた場所で必死に生きている。そんな姿を見たクロムは彼らを助けたいと子供心に思ったのである。

 それから、クロムは度々屋敷を抜け出しては貧困街に足を運んだ。最初は貧困街の住人達もクロムを避けていた。クロムを攫おうとする輩もいたようだが、クロムは魔法で自衛できる上、街の法の番人であるリグニア家に目をつけられては堪らないと、他の住人が阻止していた事もあったようだ。そんな中、クロムはとにかく住人に話しかけていた。


 なんでここに来たの?

 どうやって暮らしてるの?

 欲しいものはない?


 最初はどの住民も無視した。貴族の子供に自分たちの気持ちが分かるはずがないと、これに答えたからといって自分たちの生活が好転するはずがないと、ならば関わらないほうが安全なはずだと、とにかくクロムの質問に答えるものはいなかった。

 暫く無視され続けたクロムは、次の手に出た。教えてもらえないならば、観察する。一緒に行動すれば、きっと彼らの事が分かるはずだと、クロムはその頃からネオンまで巻き込んで貧困街を走り回った。

 そうして少しずつクロムとネオンは貧困街の状況、そこに住む人々の事を知るようになっていった。

 因みにネオンはクロムに引っ張られる形でここに来たのだが、住民への聞き込みで情報を集める事に成功していた。クロムと何が違ったかといえば、ネオンは聞く対象が違った。ネオンは同じ歳の頃の子供に主に話しかけていた。そこでネオンは彼らの毎日や親の活動や事情などを、遊びや子守の手伝いの中で知るようになっていった。


「あら、ネオンじゃない。喉の調子はどうかしら?」


 クロム達と同じくらいの歳のアフリカ系風の少女が桶を担ぎながら現れた。

 ネオンを目に留めるとぱあと表情を輝かせて駆け寄ってきた。


「久しぶりパジー。問題ないわ。弟達は元気してる?」

「元気も元気、もう手を焼かされっぱなしよ。あの子達、あなたの言う事は聞くのにね。やっぱりこれのせいかしら?」


 パジーはそう言いながらネオンの胸を持ち上げた。


「ちょ、ちょっと!胸は関係ないでしょう!」

「いーえきっと関係あるわ。あなた昔から大きかったから…あら?あなた、また大きくなったわね。」

「や…やめて~。」


 彼女はネオンと打ち解けた最初の人物で、彼女の紹介があったからこそ2人がこの貧困街に溶け込める地盤が出来上がっていったとも言える。

 しかし、彼女とネオンは気の置けない仲であったが、些かスキンシップが過ぎる気がしなくもないとネオンは思っているようだ。

 それからも、クロムとネオンが独自に作り上げた貧困街の友好関係を辿って2人は歩を進めていった。


「ここも、少しずつでも変わってるかな?」

「きっとね。これからも変わっていけるわ。私たちが歩み寄り続ければきっと…。」


 彼らはこの貧困街から目指す世界があった。彼らが求めたのは「平等」。それは、人としての望みを持つ事が許される世界。望みを持つ事すら出来ない人々の救済こそが、クロムとネオンが2人で考えた「理想の世界」の姿であった。

 クロムは理想の世界の為には、世界に羽ばたくための自由が必要と考えた。故に、一国の為の力である騎士の道を拒んだ。世界の為に、自らの力をもって救える全ての人々の為に力を発揮できる道を探すと心に決めたのであった。


(まずは目の前、ここから変えて行こう。全てを救う。その理想は掲げるだけでも誰かの為になるはずなんだ!)


 彼は信じ続ける。自分の選ぶ道の先に理想郷があると。たとえ幻想であっても、その幻想のために歩み続ける事は決して間違ってないと証明するために。



 低く唸るような声が木霊する。まるで本能の限界を訴えるようなそれが響くと、ふと零弥は時計を覗き込んだ。


「あぁ、もうこんな時間ですね。そろそろ帰らないと、アクトさん達が心配するな。」

「ほほう、ぴったり7時、正確な腹時計ですなぁ。」

「はうぅ…」


 顔を紅潮させる伶和の前に、キッシュの皿がもう一つ置かれた。


「まぁまぁ、恥ずかしがるようなことでもないわ。ほれ、これで家まで持つでしょう。」


 ドローレスの気遣いは有難かったが伶和にとっては余計なお世話だったようだ。唾を飲む様子を見せていたが、結局二切れ目のキッシュは辞退した。

 このギルドにやってきたのが4時過ぎであるので、悠に2時間半は彼らの冒険譚を聞いていたことになる。レミ達にとって彼らの話はまさに夢のようなものであった。

 樹海の奥の霧に覆われた花畑とそこを守護する原住民。砂漠の中心にある地下神殿とそれを取り巻く古代都市の跡地。幻獣を求めて訪ねた様々な秘境で出逢った人々の話など、彼らの話は夢と浪漫に溢れた世界を2人に見せてくれた。

 零弥がいっとう気に入ったのは、50年という長大な周期で現れ、嵐を運び海を荒らす生きる天災「リヴァイアサン」。世界が違うのに同じ名が与えられた幻獣、零弥は、その存在に胸の高まりがおさまる事を知らなかった。

 さて、名残惜しくもギルド《夜鷹の眼》を後にした2人は少し歩いたところで同時に感情を吐露した。


「冒険者、いいな!」

「冒険者になりたい!」


 2人は顔を見合わせると、家路を急ぐべく、夜明かりに輝く街を駆け抜けた。



 フランは今、「無」を体感していた。

 己の身体が感じられず、己の心が一切の動きを止め、全てあやふやになり溶けてゆく。


「フワ兄、何してるの?」


 と、いい感じにトランス状態になろうとしていた所で、レーネの声が現実に引き戻す。


「いやまあ、ちょっと考え事をね…。」


 ふーん、とレーネは再びお気に入りの絵本を読み始める。


(落ち着け…。これはチャンスであると同時に試練だ。上手くいけばレーネちゃんとの親密度はグッと上がるはず!だが、もしも外したら…その先には地獄が待っている!)


 何となく察しの良い諸兄ならば分かるであろうが、知り合いの子を1日預かる、その預かる子が異性だった場合、あるタイミングで少しでも躊躇を覚えるだろう。そう、お風呂である。

 特に自他共に認めるロリコンであるフランにとって、幼女(レーネ)とお風呂に入ると言う事態は、至福を超えて一種の禁断の果実に手を伸ばすようなものである。ともすれば自身の(エロス)によって、レーネとの間に溝どころか谷を生んでしまうかもしれない。

 その事態だけは避けようと、フランは覚悟を決めるために精神統一の行を行っていた次第であった。


「あ、そろそろ時間だ。準備しなきゃ。」


 時計を見ると、もう直ぐ夜の8時。

 ついに来たとフランは再度己の内面から湧き出る煩悩を抑えるために深呼吸を始め、ようとしたその時、突如部屋の呼び鈴が鳴った。


「ん?誰だろう?」


 ルームメイトであれば呼び鈴は要らない。この部屋に来るような用事のある相手の心当たりはない。さしもの不良達もわざわざ部屋まで来ることはないだろう。

 と考えていると、レーネがパタパタと荷物の入ったカバンを背負って玄関へ駆けて行った。


「はーい、こんばんは!」

「こんばんはレーネ。しっかり挨拶できてえらいな。だがいきなり扉を開けるのは危ない。悪い人がこないともかぎらないからな。次からはゆっくり扉を開けるようにするんだぞ。」

「はい!リンお姉ちゃん!」

「よーしいい子だ~。」


 扉を開けた先にはリンが立っていた。よく見るとレーネの荷物は朝来た時の荷物全部が入っているようである。


「な、なんでリンちゃんがここに?」

「先生と呼べ。なんでも何も、夜になったからレーネを迎えに来たんだ。レミから聞いてなかったのか?」

「な…!(聞いてないよおぉぉおお!!)」


 心の中で叫ぶフラン。サムズアップで「ゴメン、忘れてた☆」と謝る零弥の姿が脳裏をよぎった。

 ブツブツと「お風呂・・・寝顔・・・」などと零すフランを不審に思いながらも、リンは話を続けた。


「まぁそう言うわけで、今日はご苦労だったなフラン。この後は私が面倒を見るから、ゆっくりするといい。」

「ありがとうフワ兄!」

「あ・・・うん。」


 楽しそうに今日の出来事を報告するレーネに付き合い和気藹々とした様子でリンの住む教員用寄宿舎へと向かう2人の背を見ながら、フランは暫く放心状態で部屋の前に突っ立っていたという。



 翌朝、学園の正門広場にて、二台の馬車が入ってくるのを、レーネ、リン、フランの三人で待っていた。

 馬車から降りる人物を確認する。それぞれの馬車から2人づつ、4人は其々の面持ちで荷物を持って降りてきた。


「パパ!ママ!おかえりなさい!」

「ただいまレーネ。いい子にしてた?」

「うん!フワ兄といっぱい遊んだ!」


 ネオンの胸に飛び込み甘えるレーネを横に、零弥はリンとフランと話をしていた。


「リンさん、ありがとうございます。昨日は問題はありませんでしたか?んで、フランはなんで微妙な顔をしてるんだ?」

「レミっち、夜はリンちゃんがレーネちゃんを連れてっちゃうなんて聞いてなかったよ!?」

「いや、言ったぞ?お前だいぶ食い気味に返事してたじゃないか。」

「え・・・。」

「やれやれ覚えてなかったのか。昼間はリンさんは会議で忙しいって言うから、それまでと言う話だったんだ。まぁどちらにしろ、ロリコンのお前にレーネを一晩預けるなんて狐に油揚げ、許すと思うか?もうちょっと信用を得てからそう言う話はしようぜ。」

「がーん…。」


 ショックのあまり効果音を口から出してフランは崩れ落ちた。


「話は戻すが、特に何もなかった、ということでいいですかね?」

「あぁ、私は特に問題はなかったぞ。」

「あ、それなら…、」


 フランは弱々しく立ち上がり、昨日の不良生徒とのトラブル、その際に発言したレーネの魔法について話した。


「動きを止める魔法…か。」

「正確には人の動き、かな。僕も最初は動けなかったんだ。でもレーネちゃんに触れられてから動けるようになった。他の奴らは僕らが立ち去るまで動けなかったみたいだよ。」

「そんな事があったのか。…レミ、確かお前の魔法、魂属性の特性は"支配"だったな?レーネにも同じ魔力が流れているんだろう?何か関係はあるんじゃないか?」

「そうですね。魂属性の魔法で生物の動きを止める魔法は、やろうと思えばできるとは思います。

 まあでも、今回のはただの魔力暴発でしょう。レーネに深刻な後遺症があるわけでもないですし、問題にするのも面倒です。今後レーネには、きちんと魔法の使い方を教えていけばいいでしょう。」


 零弥は存外あっさりとこの話を打ち切った。その事に2人は意外感に囚われていたが、零弥の表情を見ると納得し、話を止めた。


「レミ、フラン、何の話してんだ?あ、もしかして明後日の屋台でどこ回るかの打ち合わせか!それなら俺も混ぜてくれよ~!」


 突然、少々重くなった空気を破るように、目を輝かせたクロムが飛び込んできて、零弥の肩を組んでまくしたてた。


「ん、いや、単にレーネはどうしてたか聞いただけだよ。それより、明後日の屋台ってなんだ?」

「あれ、知らなかったのか?明後日は生徒会主催の春旬祭だぜ。まぁ最近レミはボーッとしてたから掲示板とかは見てなかったみたいだなあ。」


 聞くところによると、この学校はやたらと行事が多い。

 4月始め、入学式に合わせて行われる歓迎祭。6月終わりには夏祭り、7月から8月は夏休みだが、学園に残る生徒たちのために納涼祭が開かれ、9月になると運動祭、10月は秋旬祭、11月に芸能祭が開催される。さらに12月には感謝祭というこれはお祭りではなくクリスマスやバレンタインデーに近いイベントで、これに乗じて一部の部活がライブなどを行っている。1月は新年祭、2月は中等部及び高等部の3年生のみだが修学旅行に出る。そして3月に期末の実技試験を兼ねた闘技祭が行われる。

 恒例行事だけでもこれだけのイベントがあるというのに、この学園のトップたる生徒会には、年に1度何かしらのイベントを主催・運営する義務がある。

 夏祭り・新年祭は学園市街の住民組合の方々が、運動祭・芸能祭・修学旅行・闘技祭は学園理事が主体となって進めてくれる。

 生徒会が運営を任されているのは歓迎祭_その準備の途中休憩でイットはルビーの店に立ち寄り零弥達と会った_・納涼祭・秋旬祭・感謝祭、そして先に説明した生徒祭と公式に言われているイベントである。

 とはいえ、生徒会はほとんどのイベントの中で何かしらの形で活動をしているので、この生徒祭、いつやるかが問題になる。長期休暇中以外という制限があるので、そうなれば自然と特にイベントの無い5月にやるというのが慣例になっていた。今年の生徒会もそのようにするらしく、この季節は特に特徴も無いので、取り敢えず秋旬祭と似た形式の春旬祭というお祭りを企画したという事だ。

 結果的に見ればこの学園は月に一度は何かしらのイベントが行われるという参加者からしたら夢のような学園であった。一方で、運営側からしたらブラック企業甚だしい場所であるという影を孕んでもいるのではあるが。


「そうか、明後日は生徒祭だったな。折角だレミ、ここのところ慣れないことだらけだったろう。明日は何もないのだし、思い切り羽を伸ばしたらどうだ?」


 リンの提案に賛同の意を示すのはクロムやフラン。その声を聞きつけてレナ、ネオン、レーネも話に参加してきた。


「あ、明後日の話?たしか有名なパティシエさん達が呼ばれてケーキバイキングをやってくれるんだって!」

「ケーキ!レーネ、ケーキ食べたい!」

「楽しみだね!」


 スイーツトークに女性陣は大はしゃぎ。今年の生徒祭は賑わいそうな兆しが感じられた。


「じゃあ、明日はたまの休日、ゆっくりするのもいいかもしれないな。」

「あはっ、なんかお兄ちゃん、お父さんみたいな言い方!」

「おっさん臭いってことか?いいだろたまにはそんな日があったって。」

「うんうん、たまにはいいよね。それじゃあ明日は私がレーネちゃんと遊ぼうかな!」

「…そういえば俺はレーネの父親で伶和は俺の妹ということは血縁上はレナはお…っと。」


 瞬間、AcciaioAnimaを展開し構えた右腕の盾に、純白の刃が迫っていた。白鳳を構える伶和の笑顔は目が笑っていなかった。


「私が何かな?」

「いやなんでも。しかし伶和、剣速が冗談抜きで速いんだが?」

「信じてるから。」


 信頼に応えられなくなれば、そのまんまの意味で兄ではいられなくなりそうだ。そう心の中で独りごちる零弥であった。



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