休日オムニバス④
「フゥ、タフネスだけは一丁前にあったな。」
最後は柔道技を駆使して5人の男達を一箇所にサンドイッチに積み上げるようにトドメを刺した零弥は伶和を追いかけようとするも、覇気にも似た強い魔力を感じふと振り向いた。そこには先ほどの男達よりも更に大柄な、白いスーツに身を包んだ男がいた。
「これをやったのは君か?」
「…もしかして、こいつらの親分ですかね?」
「あぁ。アトランタファミリーの幹部として首都東部を仕切らせてもらってる。名は諸事情により伏させてもらう。」
「んじゃあ、俺も名乗らなくていいよな?こいつらの事は悪かった。けど、先に因縁をつけてきたのはこいつらだからな。
…行っていいか?妹が待ってるんだ。」
零弥は珍しいことに、焦っていた。この男の持つ雰囲気、魔力は、学校では感じられることのなかった圧力を持っていた。
(これが、裏稼業の人間の雰囲気ってやつ、なのかね…。)
零弥は早くこの場を離れた方が良さそうと判断し、振り向くが、その背中に男の声が掛かる。
「君は、何故それほど強い?その年でこれほどの腕、普通の子供ではない。もしや、どこかの…」
「想像力豊かなのはいいけど、俺はあんた達とは関わらないよ。仲間になる気もない。
あんたの頭の中にあるような大層な昔話は俺にはない。ただ、親に捨てられただけの憐れな子供ってだけさ。」
「そうか…。」
零弥は話は終わりとばかりに走り出した。
その背中を恨めしげに睨みつけていたものが1人。
(野郎…舐めやがって。一発かましてやらねえと俺の気がすまねえ!)
積み上げられた男達の一番下。零弥と幹部の男との会話が終わろうというときに目が覚め、背を向けて去ろうという零弥を見た瞬間、深く考えずに魔力を練り始めた。
そして零弥に向けて【炎弾】の魔法を放とうと手をかざそうとした瞬間。その腕を金の革靴が踏み潰した。
「情け無い奴だ。あのような子供に遅れを取った上に手加減をされただけでも恥だというのに、その背中を狙うとは…。」
「あ、兄貴!」
「・・・」
「す…すみません。兄貴の欲しがってたブツをやつら先に買ってやがったようで。」
「ふん、あんなもの店に話をつけて再発注させれば済むことだろう。余計なことで余計な恥を晒すような役立たずに用はないぞ。」
「ひいっ」
腕から軋むような音がする。痛みに震える部下。しかし直ぐに足が離れた。
「まぁいい、次はないと思え。」
「は…はい。」
しかし、幹部の男はある違和感に気付いた。
「コリンとガゼットはどうした?」
「え、あ、あいつらもう1人のガキの方を追いかけたのかも…。」
「やれやれ、余計なことをしなければ良いがな。」
そう言って男はゆっくりと職人街の方へと歩き出した。
…
職人街へと駆け込み、伶和を追う零弥は、暫く走ったところで妙な老人に出くわした。
それは2人の男を尻に敷いてパイプを蒸かしていた。老人は相当に歳を重ねておるようで、やや猫背気味であったが、目の輝きというものが残っているせいか枯れた雰囲気はなかった。
伶和を追った2人の存在を知らない零弥は、その老人を、訝しく思いながらもスルーして行こうとしたが、向こうの方から声をかけられ立ち止まった。
「もし、兄ちゃんや。もしかして連れの女の子を探しているかの?」
「え、まぁ、はい。」
「それなら、そこよ。ついてきなさい。」
老人は杖で一角にあるスイングドアを指し、軽快な足取りで建物の中へと入っていった。
零弥は不思議に思いながらも、危険は感じなかったようで、その老人についていくように扉をくぐった。
…
フランが抵抗をやめてからどれぐらい経っただろうか。レーネは眼をぎゅっと閉じ、涙を流して唇を噛むばかりであった。
「おいおいフラン、もう限界かよ?魔法がなきゃ情けねぇな!」
息も荒く膝をつくフランの側頭部を裏拳が撃ち抜く。ついにフランは倒れこんだ。
「……。」
「あ?なんか言ったか?」
「呻いただけだろ?気にすることねえよ。」
「なぁ、そろそろ締めとこうぜ。こいつもう虫の息だし、マジで抵抗しないからつまらねえよ。」
「そうだな。んじゃあ俺の必殺の右脚でトドメと行くか。おい、抑えろ。」
「…て。」
2人がフランの腕を掴んで持ち上げる。そして、相手が軽く助走をつけて脚を振り上げようとした瞬間、
「やめてぇぇぇ!!」
世界が「静止」した。
…
レーネは恐る恐る目を開ける。しかし、そこにあったのは恐れていた光景ではなかった。
拘束されたフラン、それを抑えている2人、そしてその前で今まさにフランの顎を蹴り上げようとしている男子生徒。まるで静止画のように、全てが止まっていた。
そして、レーネはフランに駆け寄る。自分を掴まえていた腕は、ほとんど抵抗なく外れた。そして、フランを抱いて半ば引きずるようにその場を離れる。
「フワ兄、起きて、フワ兄…。」
フランを揺するとゆっくりと目を開けた。
「あれ…レーネちゃんに抱かれてるとかこれは夢かね?」
「夢じゃないよ。しっかりして。」
レーネはフランに起きて欲しかった。立ち上がって欲しかった。元気な姿になって欲しかった。
レーネの溢した想いは魔力となり、フランの身体を包み込む。
「痛みが…和らぐ…レーネちゃん、これは…?」
フランは自分を身体の痛みが抜けていくのを感じていた。力が湧き上がるのを感じていた。そして、「立ち上がらなければ」という使命感にも似た想いを抱え、二本の足で、すっくと立ち上がった。
「フワ兄!」
「ごめんねレーネちゃん。恐い思いさせたね。さぁ、ここを離れよう。」
「うん!」
レーネはフランの手を取り歩き出す。
フランは去り際に改めて周りを見る、見事に止まっていた。まるで、この一帯の空間そのものを氷魔法で“停止”させたかのように。
レーネの魔法使いとしての規格外の才能の片鱗に、初めて触れたのは、意外な事にフランとなった。
2人が去った後、止まっていた時が動き出したかのように元に戻り、6人組は散々な事になった。
まず、フランを蹴り上げようとしていた脚は、レーネがフランを助けた時に、位置がずれた2人のうち1人の顎を撃ち抜いた。そして派手に吹っ飛んだ彼の頭がもう1人の顔面にヒットするという謎のコンボが決まった。
そして、レーネを抑えていた生徒だが、レーネが腕をふりほどいた瞬間は止まっていたのだが、それが動けるようになり、振りほどいた反動が起こった。井戸のすぐそばにいたが為に、突然のことに体はよろけ、井戸の中へと落ちてしまったのだ。周りの生徒はその生徒を助けようと井戸を覗き込んだ。
そして、先程顔面に意図的ではなくとも頭突きを受けた生徒は前もまともに見えずにフラフラと歩きまわり、井戸を覗き込んでいた1人にぶつかり、2人まとめて落っこちた。
それから井戸に落ちた3人が助け上げられたのは、レーネの魔力の波を感じ取った風紀管理部の生徒達が集まってから一時間後のことであった。
なお、レーネの魔法(?)によって起こった事故について彼らは説明したのだが、そんなことができるのは時間属性の魔法ぐらいで、時間属性の存在は現在世界で1人しか確認されていない。結局、フランの部屋に訪れた風紀管理部の証言により、フランは抵抗していないことが認められ、暴力事件として裁かれたのは彼ら6人だけであった。
「いつつっ」
「もーフワ兄動いちゃダメー。」
「でも消毒液が染みる…っつぅ~!」
その頃フランはレーネの手による手厚い看護を受け、痛みに堪えながらも幸せいっぱいを感じていたようである。
…
「あ、お兄ちゃん!」
老人の後について、扉をくぐった零弥を見るなり、伶和が駆け寄ってきた。
「伶和、大丈夫だったか?」
「うん、あのね、この人達が助けてくれたの。」
伶和の後ろでは先ほどの老人がコーヒーを啜っており、テーブルに広げられたカードとにらめっこしている老婦、奥にはダーツに興じるもの達もいた。
「ここは…?」
「わしらのギルドだよ。冒険者ギルド《夜鷹の眼》の拠点よ。そして、わしがここのギルド長をやっておる、フックという。」
「あ、あの!助けていただいてありがとうございます!私、雪峰伶和といいます。」
「兄の雪峰零弥です。妹がお世話になりました。ありがとうございます。」
深々と頭を下げる2人にフックは頷いた。
と、そこにやたら大声で割り込む声がした。
「ほれ見なさい!2人の子供が運命の出会いを運ぶ。私の占いは当たったじゃろう!やはりこのカードは本物じゃよ!」
フックの隣にいた老婦の声であった。どうやらテーブルに広げられたカードは占い用のものらしい。
「シュレイン、急に大声を出すでないわ。心臓に悪い。」
「あら悪かったねえ。でも、声の大きさは生まれつきさね。」
「若い頃はもうちょっとおちついていたような気がするがの。」
さて、老婦、シュレインの声が合図となったか、奥でダーツをしていたもの達や、二階で休んでいたのだろう、階段を降りてきたもの達がぞろぞろと集まってきた。
「ほう、こんな若い子がうちに来るのも珍しい。依頼かね?」
「いんや、この子達はマフィアに絡まれておったのを拾ったのよ。」
「そうかいそうかい、まぁ確かに、この子達ほどの魔法力があれば、大抵のことはわしらの様な老ぼれの出番ではないなぁ。初めまして、わしの名はコーネリアス。君達学校はどうした。もう夏休みかい?」
「いえ、ちょっと課外授業の社会見学に来ていたんです。一通り見て回って、久しぶりに街に来たので遊んでいたらチンピラに絡まれちゃいまして。」
「そりゃあ災難だったねぇ。可哀想に…。私ゃドローレスだよ、料理が趣味でね。そうだ、キッシュがまだ余ってた、食べておいき。」
「あ、ありがとうございます。きっ…しゅ?」
「あらあら、お兄ちゃんたらイケメンねぇ。恋人はいるのかしら?」
「これリリエッタ、いくらなんでもそんな子供に色目を使うんじゃないよ気持ち悪い。あぁ、私はオーレン、この中では一番年下さ。」
「何言ってんだ。この歳までなったら多少の上下なんてあってないようなもんさ。いつ死ぬかのチキンレースにスタート地点は関係ないのさ。私はクルーズ。よろしく。」
入れ替わり立ち代わりに老人達の自己紹介が続き、合計7人ほどがこの場にいることがわかった。しかも彼ら、ひとりひとりの自己主張がなかなか強い。自己紹介が終わった後、伶和は少し疲れた様子でソファに深く座り込んでしまった。
「いやはや、騒がしくて申し訳ないね。久しぶりにお客が来たから皆興奮していたようだ。」
「いえ、皆さんそれなりの歳の筈なのにお元気ですね。」
「なに、死に損ないほどしぶといものもありゃせんよ。」
シュレインはニヤリと笑いながら皮肉で毒づく。
「ここにいるのは結婚して家族に恵まれる幸せよりも自由気儘にやりたいことをやる生活で幸せを感じるような馬鹿ばかりさね。馬鹿は死ぬまで治らないってね。その馬鹿さ加減が心地よくて仕事も満足に出来ない体でついここに来ちまうんだ。」
高らかな笑い声をあげるシュレイン、周りも皆ウンウンと頷いていた。
「冒険者ギルド…ですか。冒険者って何なんですか?イメージが湧かないわけじゃないですけど。」
「まぁ言ってしまえば、やってる事は傭兵と大して変わらんよ。街の人々から依頼を受けて、入手が難しいものを集めたり、荷物の輸送を護衛したり、猫を探したり、それで報酬を受け取って生計を立てる。」
「生計立ってたか?」
「いんや、だいたい秘境に探検にいくための準備で稼ぎなんて吹っ飛んでたよ。」
「…まぁ、こんな感じだ。」
おそらく、ここの老人達はみな、自分の欲望に正直すぎたのだろう。そう零弥は結論付けた。
「ちなみに、私達の時代は冒険者ってゆうのは自称みたいなものでね。今は…なんだっけ、変態?とかいう国に公認される職業としてあるらしいね。」
「リリエッタ、変態が公認になってどうする。ハンター、だよ。私達のギルドは昔のままでね、次世代も育てていないから国から支援の受けられるハンターズギルドとしては登録されていないんだ。」
「えぇ!それじゃあ、ここ、いつかはなくなっちゃうの!?」
伶和は最初の怒濤の自己紹介から立ち直り、彼らの話を興味深げに聞いていた。そして、この冒険者ギルド《夜鷹の眼》は国の公認ではなく、後継者もいないということから、なくなる、と判断した。
「もともとわしらの趣味の空間のようなものじゃ。わしら以外に必要とする者もおらんしの。」
「もしかしてお嬢ちゃん、冒険者になりたいのかしら?」
「うーんと…、ちょっと、興味ある、かな?」
チラチラと零弥の方を見ながら答える。零弥は少し心外であった。自分が否定するのではと伶和に思われていたと感じたのだ。
「皆さん、冒険者として現役であった頃は、どんな冒険をしたんですか?」
零弥は伶和に対してではなく、単純な質問で伶和の視線による問いを無視した。
「そうさのう…」
零弥の言葉に対し、代表してフックがポツリポツリと語り始めた。
…




