休日オムニバス③
「バッカじゃないの!?あそこは嘘でも留まるべきでしょう!おじ様があの手のことで冗談で済ますような人じゃないことはクロムが一番知ってるじゃない!」
執務室を出て、二人の荷物が置かれたクロムの自室に入るや否や、ネオンはクロムに詰め寄った。
「落着けよネオン。俺は覚悟してるってさっきも言って…」
「つまり何?あんた、高等部には上がらないで学校を辞めるってこと?そんな事したら、ただでさえリグニア家の肩書きがなくなってるのに本当に路頭に迷うわよ!」
「勿論、ユリア学園は卒業するつもりさ。高等部からの学費は自分でどうにかすることになるだろうな。でも、無理な話じゃないはずだぜ。」
「…どうゆうことよ。」
クロムは不敵な笑みを浮かべてネオンを見返す。
「冒険者ギルドに入るんだよ。」
「冒険者ギルド?それってあの、猫探しからモンスター退治まで依頼とあればなんでも請け負う仲介施設のあれ?」
「高等部からの過程では、進路に応じたカリキュラムが組まれるだろ?その過程で学園のギルドに所属することができるんだ。
カリキュラムによっては難易度の高い依頼をこなさないと単位をもらえない授業もあるらしいし、優先的に依頼がもらえるんだと。それをやっていけば物によってはバイトよりも稼げるらしいぜ。」
「なるほど、ギルドに所属できる過程に所属して、学費を稼ごうって魂胆ね。」
「もちろん、リンちゃんにも話して奨学金とかいろいろ手続きしてもらって、親に頼らずに俺は学校を卒業する。そして、晴れて自由の身となって世界中を飛び回りたいんだ!」
「…へー、それがクロムの夢なの?」
強く首肯を返すクロム。その目の輝きを、ネオンは自分を映す鏡のように見ていた。
自分も親の言葉に反発して自分の夢を追おうとしている。この事は既にリンには話している。その上で、保険も兼ねてネオンは比較的カリキュラムに余裕の出来やすい教職過程に進むつもりだ。未だに歌手としての道を歩むためにはどうすればいいかがイマイチわかっていないが、自分を信じて応援してくれている友人や、無茶を承知でサポートしてくれると言ってくれた恩師の言葉に報いたいと思っている。
今夜は家族会議だな。と、募る不安を感じながら、クロムの覚悟を目の当たりにし、ネオンは奮起するのであった。
…
日が傾き始めていた。守備兵団の訓練施設での見学の後、昼食を挟んで学術院の見学もしたのち、夕飯の頃合いよりあと一刻半ほどあるのを確認すると、伶和の提案でレーネへのお土産も兼ねてショッピングをすることにした。
なにしろ、レーネの服は現在リンの服を借りているのだが、いくらリンが小さいとはいえやはりレーネの身体には少し大きいのである。夏服であるため、袖の長さは大目に見られるが、丈の長さはどうにかしないといけない。
採寸はすでに昨夜伶和とネオンでやっていたらしい。そのサイズに合わせ、二人はレーネに必要となる物を次々と購入していく。ついでに伶和は、「女の子なんだから。」という理由でレーネと同じぐらいのサイズの大きなぬいぐるみ(多分クマ)を買ってきた。
「やったぁ!最後の一個だって!」
「まぁそれはいいんだが、持って帰るの大変だなぁ。」
愚痴りながらも、レーネの喜ぶ顔が浮かんだのか、それともそれを抱く伶和の笑顔のせいか、零弥の顔は綻んでいた。
そんな様子で、市場を抜けて帰路につく途中。やはり夕刻ともなれば市場は人の往来が多かった。そしてそこを歩くのに、伶和の抱えるぬいぐるみは少々大きすぎた。
案の定、何かにぶつかって伶和は転げてしまう。
「大丈夫か?」
「う、うん。ぬいぐるみも汚れてないよ。」
伶和の無事を確認した零弥は詫びを入れようと振り返る。。しかし、どうやら今回は運が悪かったようだ。
「あ?なんだおめえ?いきなりぶつかってきやがって。」
振り向く男はなかなかガタイのいい男で、声もドスが効いておりかなり威圧感があった。
「すみませんね。これのせいで前が見えなくて。」
こうゆう時は先ずは笑顔で謝る。下手に出ては舐められる。
「あぁん?なんだオメェその態度は?アトランタファミリーに喧嘩売ってんのか?
言っとくがいま俺は機嫌が悪い。今ここで憂さをはさせてもらってもいいんだぜ?」
まるでテンプレート通りの絡み方である。
「そんなつもりはないです。気に障ったんなら謝りますし、ここは穏便に行きましょう。」
青筋を立てている男に、零弥はあくまで冷静に、なだめすかそうとする。ところが男は、伶和を見ると目の色を変えた。
「ほぅ…、嬢ちゃんの持ってるそれ…俺が兄貴に頼まれてたやつだな?
兄ちゃん、いいぜ、手を引いてやる。ただし…」
「お断りします。」
「…あぁん?」
「これは俺たちのお金で買ったものですし、むす…小さな妹のためのものですから。渡すわけにはいかないですよ。」
「そうかいそれじゃあ、多少荒っぽくなっても恨むなよ…うっ!?」
男の手が伶和に伸びようという瞬間、痛みとは少し違う苦しさを胸元に感じ、男はよろけた。
見ると、そこには零弥の手が伸びていた。気管支のあるあたり、そこの胸骨を叩いて響かせたのである。
「伶和、逃げるぞ。」
「うん!」
来た道を戻ることになるが、二人は手を取り駆け出した。後ろから怒声が聞こえる。その数は明らかに一つでなく、どうやら走っているうちに仲間を呼ばれたようである。
零弥達はひたすらに街の中央を目指していた。人の目があればあまり目立つことはしないだろうということだ。さらに、木を隠すなら森の中。人混みに紛れて振り切れるかもと期待していた。
しかし、存外にしつこいチンピラ達は、ついに中央の広場までついてきた。
「しつこいな…たかが人形のために。伶和、お前はこのまま走れ。俺が食い止める。」
「え、でも…、」
「狙いはお前だ。お前さえ振り切れば諦めるだろう。早く!」
「わ、わかった。」
伶和は繋いでいた手を離し、走り出す。零弥は振り返り、追いかけてきたチンピラに向き直った。
「こんだけしつこいんだ。多少痛い目にあってもお互い様だぞ。」
身を低くし、相手の懐に潜り込んだ零弥は相手の鳩尾に肘を入れる。こちらに向かって走っていた勢いもあり、相手はほぼ息ができなくなり、うずくまってしまった。
「なっ、テメエやりやがったな!」
「ここまで追ってきたあんたらが悪い。俺も大人じゃないんでね。ほら、さっさとかかってこいよ三下共。」
「この野郎!」
零弥の挑発にのる仲間の男達。その数5人。
四方から襲いかかる彼らに対し、零弥は躊躇うことなく迎え撃つ。飛んでくる拳は甲で受け止め、蹴りは平で受け流す。体当たりには足を掛け、後ろからの攻撃は勘で逃げる。ルール無用の喧嘩であるならば、アダムでは幾度となく修羅場を潜ってきた零弥にとって、いまさらチンピラ5人など相手にするには少々刺激が足りないかに見えた。
「くそっ、ちょこまかと…!」
「…8、9、10。」
「あぁ?なん…ぅおっ!?」
「ぐほぁ!」
なにやら数字を数えていた零弥。それに不審がった一人が近づいたところを零弥はその胸ぐらと腕を掴み、足を蹴って体勢を崩す。そして一気に背負いこみ、最初に肘鉄をくらい、零弥の後ろで蹲った状態で機を伺っていた男の上に相手を叩きつけた。
「鳩尾食らってからの復活は個人差はあるが経験則からだいたい10秒が安全牌だ。復活するには筋肉を弛緩させる必要があるから治った直後に追撃されると痛いんだよ。」
相手を殺すことなく痛めつけることに特化した独特の喧嘩技。これは兄妹の育ての親にして2人の兄、雪峰蓮から零弥が伶和を守るために伝授されたものである。
師範である蓮はこの技で学生時代は地元の不良達を纏め上げ_とゆうか勝手に集まってきた。本人にしてみれば降りかかる火の粉を払っていただけだ_、弟である零弥を唯一の継承者に育て上げ、零弥はその力で並み居る不埒者達から伶和を護り続けてきた。
しかし蓮は知っていた。零弥がこの力を欲した本当の理由を。零弥が最も恐れている敵は誰かを。それを倒すことはできないことを。倒せずともそれを封じるために、「技」を修得したがっていたことを。
…
零弥がチンピラ達と取っ組み合いをしていた頃、伶和は2人の男に追われていた。
どうやら仲間は全部で7人だったようで、あの広い広場、人ごみに紛れるように零弥の目を盗んで伶和を追いかけに来たのだろう。
伶和は職人街と呼ばれる広場から伸びる少し入り組んだ道をひた走っていた。零弥と伶和はイヴでの生活の多くを学園で過ごしているため、まだ首都の道に慣れていない。入り組んでいるとはいえ、あまり適当に逃げては後々零弥と落ち合うことができなくなるだろう。
また、伶和の魔法力であればチンピラ2人くらい簡単に吹き飛ばせるだろうが、残念ながら街中で魔法を使うのはご法度であった。使うのであれば相応の理由が必要である。
「誰かっ…助…」
魔力の多さで身体能力は補正されているとはいえ、追われているというプレッシャーによる精神的疲労から息切れが始まった伶和。助けを呼ぶ声も途切れ途切れであった。
「ぐあっぷ!」
「ぅおぅ!?」
謎の奇声とともに人が転ぶ音がした。振り向くとチンピラ2人が伏せている。片方は強かに顔を打ち付けたか鼻血を出していた。
「すまんのぉ。老いぼれの足がふらついて、引っかかってしまったわ。」
2人の側に立っていた老人は悪戯が上手くいったかのような笑みを浮かべて杖の上下を持ち替えた。
「あんた、何ボサッとしてるんだ。こっちへおいで!」
突然横から引っ張られ、伶和はスイングドアをくぐってある建物の中に足を踏み入れることになった。
…




