休日オムニバス②
職業安定所でこの街、およびこの国での主な就職先を教わった零弥と伶和の2人は、今日1日だけ使える職業体験の紹介状を持ってめぼしい職場を回ることにした。
この国でメジャーな職業は大きく分けて、騎士・兵士、公務員、魔道師、商人、農家、医師などがある。
騎士・兵士、公務員、魔道士は国が直接雇うため、厳しい国家試験をパスしなければならないが、よほどのことがない限り、給料は安定的に供給される。特に、優秀な経歴を残した者は兵士から格上げされることによって騎士になったり、公務員であれば単純に給料が上がったり、魔道士であれば実質的に騎士や貴族に匹敵する地位を手にできる可能性がある。自身の力に自身のあるものであれば一度は目指す場所へ行ける職である。
国家職務でなくとも、商人や農家、医師、教師、その他にも数多くの職業がある。さらに細かく分ければここで一度に書き尽くすことなど到底できない。
そこで2人がまず紹介されたのが、国家職務で兵士となったもの達が最初に勤める場所、守備兵団の訓練施設である。
施設の守衛に紹介状を見せると、少しして爽やか風の青年兵士が現れた。
「いらっしゃい、自分はグレード=ウォルテ。ここの第3部隊長を務めさせてもらってる。えーと、レミ君と、レナさん、だね。」
「「よろしくおねがいします。」」
「それじゃあ、ざっとここの人達、守備兵団の仕事を説明しながら見て回ろう。」
グレードは二人を連れて、守備兵団について解説を始めた。
…
一方、ちょうど零弥と伶和が守備兵団の施設に訪れていた頃、クロムは目の前にいる自身の父親、母親と向き合っていた。
「クロム…あなた、今なんて?」
「言った通りだ。俺は、騎士になるつもりはない。騎士になって、この家の当主として国に仕える将来は嫌だ。」
「そんな…本気なの?もう一度考え直してみなさい?だってあなたはリグニア家の…うちの子なのよ?」
震える声でクロムの前言撤回を促す母、アシュレイ=リグニア。しかしクロムの目はそんな気配は微塵も見せなかった。
そして、先ほどから一切喋る事なく、聞くに徹していた父親、リグニア家当主、ニッケル=リグニアが口を開いた。
「クロムよ、この家は代々このコエンザイム皇国の安全のため、皇帝のお膝元を守る役割を担ってきた。我らがいなくなればこの国の中枢を守護する者がいなくなる。そうなれば他国はそれとばかりに襲ってくるだろう。
この家の存続は、家の為だけではない、国のためにも必要な事なのだ。それを理解した上でもう一度聞こう。本当に我らがリグニア家を継がないと言うか?」
その言葉と彼の眼力は、覚悟ある者の放つ強さを持っていた。その大きさにクロムは一瞬怯む。しかし負けてはいけないと後ずさりそうになるのを踏みとどまり、自分の意思を強く持ってニッケルを睨み返した。
「…いいだろう。」
「そんな、あなた!」
「親父…!」
「逸るな。私はクロムの意思を理解しただけだ。もちろん私とてリグニア家当主としてクロムに家を継がせるつもりだ。だが、1人の親として、子供の自由を尊重する姿勢も必要だと考える。
であれば、クロムの覚悟を持って決めようと思うのだ。」
ニッケルはアシュレイに目配せをして、クロムに向き直る。そしてこう告げた。
「クロム、お前がこの家を継ぐというのなら、私はそのための援助を惜しまないつもりだ。だが、嫡男であり唯一の跡取りであるお前がそれを拒むというなら、家への、ひいてはこの国への背信と見なし、クロム=リグニアには死んでもらう。この意味はわかるな?」
「…あぁ。」
ニッケルは改めてこう問うたが、つまりは親子の縁を切るという意味である事はこの場に置いては部外者であるネオンにも理解できていた。
「しかしおじ様…わざわざクロムを追い出さずとも…、」
「よせネオン。これくらいの事は俺も覚悟の上だ。どうしてもダメなら、俺の方から出て行くと決めてたんだ。」
クロムはネオンを制し、自分の覚悟を父親に示した。
しかし、ニッケルは首を横に振る。
「クロム、この家を出て行くという事は、リグニア家の後ろ盾は無くなるという事だ。その意味を分かって言っているのか?」
「当然だろ。リグニア家っていう肩書きが無くなることのデメリットぐらい承知の上だ。」
「やはり分かっていなかったか。お前が家を出れば、学校には通えなくなるぞ。いったい誰がお前の学費を出していると思っている。」
「あ…。」
考えてみれば当然の事である。家を出るという事は、血の繋がりがどうであれ、親子の縁を切るという事。何の見返りもなく他人の学費を出すようなお人好しはいないだろう。
「そんなおじ様!それでは余りにも酷です!クロムはおじ様の息子ではありませんか!」
ネオンの抗議も、ニッケルは冷たい視線で返す。
「確かに私の血を受けた息子だ。だが、リグニアの騎士としての役割を放棄するのであれば、それはリグニアでは無い。故にクロムはリグニアのものでは無いという事だ。
親の情けだ。クロムの名は残してやろう。幸い本格的に進路を分けるのは高等部に入ってから、それまでは援助をしてやらんでも無いが、それまでに騎士の道に戻る事が無いのであれば、以降一切の支援・援助は無いと思え。」
「そんな…クロム…。」
ネオンはクロムを見やる。今からでも遅く無い、ここはニッケルの言葉に従うべきだと。
だがクロムは目を瞑って暫く考え込んでいたようで、その双眸が開かれたあと、真っ直ぐニッケルに向き、
「それでいいんだな?」
と返した。
これにはネオンもアシュレイも、ニッケルですら目を丸くした。
「リグニア家とは完全に縁を切る。それだけで俺の夢の障害が減らせるなら、それでいい。俺は、この家を出て行く。」
「ダメよクロム!そんな事、この母が許すとでも…、」
「許される事なら親父もこんな条件出すわけ無いだろう。なら、許されなくたって構うもんか。俺は自分のために、この道を選ぶんだ。だけどまあ、確かに中等部の間じゃ学費を稼ぐのは厳しそうだし、折角援助をしてくれるってんだ。なら、中等部の間はお言葉に甘えさせてもらうよ。」
クロムはそう言い残すと、執務室の扉を開けて出て行った。ネオンは慌てて後を追う。
残された2人は複雑な表情と心情を噛みしめるほかなかった。
…
時間は既におやつ時。フランとレーネは色気より食い気のウィンドウショッピングを楽しんで_主にフランが_疲れたので、人気を避けた路地裏の一角にある井戸端で休んでいた。
「いやぁ、それにしてもレーネちゃんはよく食べるねえ。苦しくないの?」
苦しいのはフランの財布事情の方であろうが、そんなことは御構い無しに、フランの手の下でレーネはハムハムと菓子パンをほおばっていた。
これ以上はフランも吐血ものであるがまぁ可愛いので良しとしようという甘やかしっぷりである。
レーネに付き合って食べていたらフランはもはや夕飯はいらないほど腹に溜まっていた。元々小食なのである。
さて、とフランは休憩ながら持て余し気味なこの時間をどう過ごそうかと考えていたところ、何か不穏な視線を感じ、周囲を見回す。
そして曲がり角にチラリと見える人影と目が合った。向こうも気づいたのだろう。建物の陰から一人、二人と出てきて5人の男子生徒に囲まれる。
「えっ、と…何かな?そんな怖い顔で囲まれるとボクビビっちゃうんだけどなぁ…。」
「ふん、ほざいてろ。こっちはてめえに借りを返しに来たんだ。やる気がないなら大人しく殴られてろっ。」
突如として右フックが飛んでくる。フランの左頬を捉えたその拳が振り抜かれ、フランは派手に吹っ飛んだ。
「フワ兄っ!」
「おっと、嬢ちゃんは危ねえから大人しくしてな!」
「いやっ!離して!」
今まで隠れて機を伺っていたのか、先程までいなかった6人目が現れ、レーネを捕まえていた。
「っ!レーネちゃん!」
「安心しろよ。別にあの子供に特に用はないからさ。まぁ、一応、お前に抵抗されると厄介だし、騒がれて人が来ても困る。保険として使わせてもらうぜ。」
「この…下衆が…。」
ここに来て初めて、フランが怒気を発した。元々眠たげな表情のせいで分かりにくいが_そもそもあれは真顔らしい_、その表情は怒りに歪んでおり、顔立ちが悪い分(失礼)ことさら強い睨み顏になっていた。
「おぉ、怖い怖い。でも安心しな、お前が1時間ほど大人しくしてればあの子には手を出さない。それは約束してやるから。」
「・・・」
フランの表情は強張ったままであったが、抵抗する様子は見せない。
「フワ兄…、」
「レーネちゃん、目を…閉じてておくれ。」
再び、鈍い音が鳴った。
…




