休日オムニバス①
周りには、人が倒れている。立っているものは自分以外にいなかった。生温かい感触を覚える。手が赤く染まっていた。
あぁ…また、やってしまったのか。
我慢しているはずなのに、気がつくとこうなっている。何故人が倒れているのか、どうやって倒れたか、それは解っているのに、その間自分が何をしていたのかを憶えていない。しかし、状況を考えて見れば自分がやったというのは明白であり、手に残る感触、僅かに体に残る痛みこそがその証拠であった。
オニ…イチャン…
掠れたような声が聞こえる。聞き馴染みのあるその声は、聞こえてはいけないものだと振り返る。そこには、守ると決めた彼女がいた。頭から血を流している。
何で?
その言葉が出てこない。そんなのはわかりきったことであったのだ。
レ…ミ…
記憶に新しい声がする。顔を上げると、友人の顔があった。
自分の名前を呼ぶ声が木霊する。見れば、恩人や級友など、多くの人に囲まれている。みなボロボロで、血を流していた。みな動かぬ身体で、顔のみが自分を向いている。
名前は木霊する。責め立てるように、覆い被さるように、
…
「…いちゃん、お兄ちゃん、起きて。もうすぐ街に着くよ。」
肩を揺らされ、うっすらと目を開ける。そこには心配そうに覗き込む伶和の姿があった。無論そこに傷などない。
「夢…か。そうだよな。当たり前だ。」
額の脂汗を拭い、零弥は呟く。
「お兄ちゃん、大丈夫?うなされながらブツブツ何か呟いてるから心配したよ。」
「あぁ、ただの悪い夢だ。最近いろいろあったからな。きっと疲れてるんだよ。」
どこか自分に言い聞かせるようであった。
「そっか、家に着いたら一旦休もうか?」
「いや、少しでも多くのことが知りたい。休むのは夜にしよう。」
「うん、無理はしないでね。」
零弥は仄かな風を受けながら窓の外に見える城壁を眺める。
コエンザイム皇国首都、ローレンツ。零弥たちの保護者であるリンや、クロム、ネオンの実家のある街である。
この度、連休中の帰省の許可が降り、課外授業として職安での講義を受けれるようリンが紹介してくれていた。
クロム、ネオンは今回は別行動。レーネはフランに預けてきた。わずかながら不安は残るが、フランは子供が好きなだけの紳士であり、変態ではないと信じている。それに、ちょっとした用事で戻るに過ぎないので、ここでレーネを連れて行って面倒なことになるよりはいいと考えた。その手の面倒ごとは夏休みに入ってから考えようということである。
セシル家に荷物を置き_セシル夫妻は日中は仕事でいない。_、2人は講習を受けるため、職業安定所へと歩き出した。
…
住宅街からも商店街からも程ない距離のある邸宅。そこはこの首都において城を除く個人家屋としては最大の広さを誇る。広いとは言ったが、たしかに家そのものの大きさはさる事ながら、貴族の家の嗜み程度の広さを持つ前庭以外にはそれ程余分なスペースがなく、また、その家の裏には訓練場のような石造りの塀で囲まれた空間があり、そこからは毎日が絶えることなく大きな掛け声が聞こえてくる。
ここは皇国三大名家が一家、リグニア家の所有地であり、同時に首都ローレンツの治安を守る守備兵団の訓練施設に並ぶ場所でもある。
その表の建物。邸宅側の門の前に一組の男女が立っている。
「久しぶりね。半年ぶりかしら?」
「そう言えば新年の挨拶以来、うちに直接きたことはなかったな。」
記憶をたどるように懐かしむネオン。そしてこの家の主の一人息子、クロム=リグニアがやや緊張した面持ちで門のベルを鳴らした。
前庭の向こう側から侍女が足早に、しかし走ることなくやってくる。2人の姿を捉えると、ただでさえきりりとした面影の彼女は更に背筋を伸ばし、門を開くと恭しく頭を下げ、
「おかえりなさいませ、若様。ネオン様、ようこそいらっしゃいました。旦那様、奥様は執務室でお待ちになっております。」
と手早く挨拶と案内を済ませると、2人の荷物を後から来た2人の侍女に持たせ、先導するように歩き出した。
屋敷は広い。しかし勝手知ったる2人は侍女に荷物を運ぶまででいいとだけ告げ、両親の待つ書斎兼守備兵団長執務室へと向かった。
飾り気もない漆塗りの木の扉を叩く。中から「入れ。」とだけ帰ってくる。クロムは何かに躊躇うように動きが止まっていたが、ネオンが無言で背中を叩く。
交わされるアイコンタクト。クロムは頷くと扉に手をかけた。
…
本来であれば土日に1日休みが追加されるだけの小さな連休が、ある事件がきっかけで数日間の大型連休が降って湧いた。そのことに浮かれる生徒達は多かったようだ。普段から授業をサボタージュしている不良生徒達も、連休となれば大手を振って遊びまわれるというものだろう。
閑話休題、連休初日、朝から賑わいの様相を見せている市場がある。ここは学園の中央を縦断する中央通りから少し逸れたところにある。いつか話したであろうが、この学園の市場のシステムは少々特殊であり外部からやってきた旅商人、キャラバン、露天商などが集まって物売りをすることで、自然とごちゃごちゃとした市場が出来上がる。もちろん学園からの公式の許可が下りた特定の小売業者達の方が表立って店を構えるが、それでもこの街の中でしか活動できない生徒達にとって、外の世界の珍しいものを手に入れられる数少ない機会として重宝されている。
そんな喧騒の中、紫の髪をツインサイドアップに結んだ幼女を肩車しながら歩くのっぽな生徒、フランとレーネの姿は案外目立っていた。
零弥達がローレンツに行っている間、レーネはフランに預けられていた。フランはこの期にレーネとの親密度を上げようとやる気に満ちていた。
「よぉフラン!どうしたガキンチョなんか抱えて。」
突然横から声を掛けてきたのは学園公認の野菜売りの店の店主。何が気に入ったのか、こうしてフランを見かけると声を掛けてくるのである。
「知り合いの子だよ。今日明日まで預かってるんだ。」
「おい大丈夫か?そんな猫に鰹節持たすみたいなことして。」
「失礼だなぁ…。」
このおやじはフランの性癖を知っているようだが、フランとてそこまで見境なしではない。
「まぁいいさ。それよりなんか見て行けよ!今日はちょっと珍しいもんも仕入れたからよ!」
「珍しいもの?」
「そう、こいつさ!」
店主が取り出したのは緑色の巨大な玉のような実。分類としては瓜になるのだろう。
「何この爆弾みたいな木の実?」
「残念、こいつは木の実じゃないんだな。草になる野菜さ。だが、これを見てみろ!」
店主が大きな鉈で実を二つに割る。その中身は瑞々しい赤い果肉が詰まっていた。これを零弥と伶和が見たならすぐさま「スイカ」の名が出てくるだろう。
「すごい!真っ赤!美味しそう!」
「お、嬢ちゃん目が利くねえ!どうだいフラン、買ってけ買ってけ!うんまいぞぉ!」
店主がスプーンで一口実をくり抜き、フランの肩から降りていたレーネの口に入れる。レーネの顔はすっかり幸せ色に染まっていた。
ここまでされてはフランも折れるほかないだろう。値段は250ルック、おやつとしては少し高いが、この頭ほどもある大きな実、そしてレーネの笑顔を考えれば安いものと、フランは財布の紐を解くことにした。
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