未来への一歩(10)
零弥の声による強制力に対し、抵抗力を持った者達がいた。
一つ目は、伶和・クロム・ネオン・レーネの一団。
零弥の声は届いていた。しかし、それを認識し、理解し、判断し、行動するまでに、少しの時間がかかった。結果、行動の前に爆発に襲われてしまった。
そして彼らの他にもう1人、リンであった。彼女は近くで試合を見ていたため、フランのやろうとしている事を他の者より早く理解し、判定者の教員の前に出て防御壁の魔法を発動していた。しかし、フランの嵐の魔力の破壊力の前に、たった一枚の魔力壁は、一瞬も持たなかった。
…否、『一瞬だけ』持ったと言い換えるべきであろうか。現に、全ての破壊が終わった後、リン達は生きていたのだから。
「・・・!これは、まさか…。」
目を開けると、そこには競技場の姿がほとんどなくなっていた。さらに言えば、学舎の内側の壁も削られたようになくなって、崩れている場所もある。
しかし、リンが次に気にかけたのは、自身とAクラス担任の身体を覆っている、ボロ布であった。傷だらけで、崩れそうになっていたが、その紫色の布は正に、零弥のAcciaioAnimaのマントであった。
「…っ!レミ!!」
あたりを見回すと、後ろから物音がする。振り返ると、全身ボロボロの零弥が立ち上がろうとしていた。
「レミ、無茶をするな!この状況ではもう試合は続けられん!」
手を貸そうと駆け寄るリン。しかし零弥はそれを手で制し、立ち上がった。
「まだ、俺は終わってません。それに、これは試合じゃない。決闘です。」
「ば、バカ!何を強がっている!?みろこの状況を!もしまたこんな攻撃がされたら…」
「強がりじゃないですよ。それに、あいつもそんなにタフじゃないみたいですしね。」
零弥の視線の先、そこには、零弥と同じか、もしくはそれ以上にボロボロになったフランが立っていた。
「あれ~、まだ立ってる?マズイなぁ、あれで決まってたら僕の勝ちだったのに…。」
「あぁ、あれで決まってたらお前の勝ちだったよ。けどまぁ、まだ終わってないぞ、フラン。」
拳を握る零弥。対してフランは、ボロボロである以上に、足元が少しおぼつかない様子であった。
おそらく、魔力切れ。フランとて魔法の才能自体は人並みより上ではあれど、トップクラスというほどではない。あれだけの威力の魔装器の連発で、だいぶ疲弊していた。
「それにしても不思議だよ。よく見えなかったけど、レミっちは自分の魔装器で先生達を守ってたけど、レミっち自身は守られてなかった。普通なら僕の魔法をもろに受けて立っていられないはずなんだけど…。」
「それに関してはだな、俺もよくわからん。」
零弥は、先ほどの出来事がいまいち理解できていなかった。フランの魔法を防いだ現象、自身から出たものであるとはわかるが、その正体がつかめていない。
(ただひたすらに必死だった。なんとかあの爆発からリンさん達を守ろうとしただけだった。)
その瞬間零弥の身体を覆うように出た紫色の炎のようなものはなんだったのか。何の因果で出てきたのか。それは未だはっきりしない。
(だが今、考えるべきはそれじゃない。)
零弥の目は真っ直ぐにフランへと向いていた。なぜ戦っているのか?勝てば何を得られるか?負けたらどうなるのか?それらの問いはすでに零弥の中で意味を失いかけていた。
零弥はただひたすらに「フランに勝つ」事だけを考えていた。
自分の中で何かが湧き上がってくるのを感じる。込み上げてくるのではなく、膨れ上がり、熱くなり、燃え盛るように。
フランの手が再び上がり、口元が動く。次の魔法が放たれようとしているのだろう。右か、左か、しゃがむか、跳ぶか、様々の選択肢が出てきたが零弥は正面を選んだ。今の自分であれば、この力を乗り越えられる。根拠は何もないけれど、この湧き上がる何かがそう思わせる。零弥はそれに身を委ねる覚悟を決めた。
フランの魔力が形を持って、力を持って零弥に向かう。それを目にし、零弥は突っ込むように足に力を込めて飛び込んだ。心に宿した、闘士の炎を腕に抱いて。
「ぅおらぁあああ!!」
突き出された零弥の拳、そこには煌々と燃え上がる紫炎が宿っていた。
その炎が触れたところから、フランの灰色の颶風は霧散し、零弥の拳は魔法を突き破りフランの左の頬にストレートが決まった。
吹き飛び倒れるフラン。それを見た判定者がフランに近づき、様子を伺う。そして、終了の笛が鳴らされた。
「そこまで!ただいまの決闘、フラン=エレクの戦闘不能により、勝者、レミ=ユキミネ!」
リンによって腕が持ち上げられ、結果が告げられる。爆音により学者から失われた音が、今度は歓声、怒号、様々な声で埋め尽くされた。
「お兄ちゃーん!!」
そんな中上から伶和の呼ぶ声が聞こえ、零弥が振り向き見上げると、伶和が目前に迫っていた。どうやら飛び降りたらしい。
それを受け止める零弥であったが、勝ったとはいえダメージは少なくなく、受け止めきれずに倒れる形になってしまった。
「お兄ちゃん、大丈夫!?大きな怪我とかないよね?」
「あ…あぁ、大丈夫、大丈夫なんだけど…、」
「レナ、そのまま乗っていたらレミが潰れるぞ?」
「え、あっ!ご、ごめんなさい!」
慌てて飛び退いた伶和の後ろから、クロム、ネオン、そしてレーネがやってきた。
「パパ!おめでとう!かっこよかったよ!」
飛び込んできたレーネを零弥は今度こそ受け止める。
「レミくんお疲れ様!」
「レミ、やったな。」
「だいぶ危なかったがな、火事場の馬鹿力でなんとか勝てたよ。」
レーネを下ろして、ふらつきながらもクロムに支えられ立ち上がる零弥。ふと見ると、向こうでもフランが目を覚ましたようである。
クロムから離れ、零弥はフランのそばによる。
「立てるか?」
「ん、まだ頭がクラクラするよ…。」
どうやら脳震盪を起こしていたようである。
「それにしても、負けちゃったねぇ。」
「あぁ、そうだな。」
「それじゃあ、やっぱり?」
「あぁ、レーネは諦めてもらうぞ。」
「そっかぁ…。」
「だが、お前との試合、楽しかったぜ。代わりと言っちゃあなんだが、俺はお前となら友達になれるかもと思ってる。フラン、お前はどう思う?」
「友達、か…。」
フランはそう呟くと、そういえばある時期から自分の周りに人が減っていたなあと思い返していた。理由について思い当たる節は多い。力を得たことで失ったもの。それが、同じ力で再び得られたことに、フランはなんとも言えない感慨を覚えていた。
二人の横にもう一つの人影が現れた。レーネである。
「フワ兄、パパとお友達になるの?」
「ふわ…兄…」
「じゃあ、レーネともお友達だね!」
小さな両手でフランの手を取り、にっこりと笑うレーネ。
「え、えっと…」
「…ぷはっ!ははは…なるほど、確かにお前はふわふわした兄ちゃんだな!」
「ちょっと、レミっちどうゆう意味?」
「見たまんまだろ。っつーわけだ。よろしくな、フワ兄ちゃん!」
「えー、レミっちまでー?」
そうぼやきつつも、フランは普段の薄笑いとは違う、本当の笑顔を浮かべていた。
…
零弥もフランと和解し、すべて一件落着に思えたが、この決闘が周りに与えた影響は非常に大きかった。
それもそのはずである。なにせフランの【爆嵐大花火】によって、学舎の内側が半壊しているのだ。競技場に至っては完全に消し飛んでしまっているため、修復に手間がかかるであろうことは疑いようがない。さらに、あの魔法の余波によってけが人が結構な数出ていた。その結果、翌日から三日ほど、学舎の修復及び生徒たちの療養のため、授業が急遽休みになり、代わりに課題が出されるという形になった。
「いやー、それにしてもすげえ戦いだったな。レミの魔装器も凄かったけど、フランがあそこまでやるやつだったとはなぁ。」
「まあ、それも結局、レミっちの最後の魔法に負けちゃったけどね。」
「あぁ、そういやレミ、最後のあれ、なんだったんだ?炎みたいに見えたけど、レミは火属性は持ってないもんなぁ。」
「あぁ、これか?」
零弥は右手を挙げて、意識を向けると、あの時と同じ、紫色の炎が手に灯った。
「これな、フランとの戦いの時は家事場の馬鹿力だったんだが、あの後試しにいろいろやってみたんだが、どうも、魔法を破壊することに特化した炎みたいだな。」
「魔法の破壊に特化した炎、ねぇ…。」
「俺の闘気、っていうのかな。相手をぶっ倒したいとか、身を守らなきゃいけないとか、そういう感情の昂りに応じて燃える炎みたいだから、【思炎】って名付けてみた。」
「魔法を壊すためってことは、それで直接攻撃とかできないのか?」
「それはわからないけど、こいつの性質上、戦闘中以外は役に立たない魔法だから、追い追い試してみるさ。」
「こら、こんなところで魔法使ってたらまた風紀管理部に因縁つけられちゃうよ?」
小言の主はレーネを連れて買い物から帰ってきたネオンである。レミは思炎を引っ込めたが、ネオンは炎の消えた右手を未だ見ていた。
ネオンが思炎を見て思い出していたのは、爆嵐大花火の爆発に襲われたあの瞬間の出来事であった。
(あの時私たちは避けられなかった。でもあの瞬間、レーネの身体から魔力が吹き出して、レミくんのあの炎に似た魔法で防いでくれたから助かった。レーネ、この子は一体…。)
ネオンは、知れば知るほど不可解なその子供に、何を思うのだろう。
空は、夏の兆しを見せはじめていた。




