未来への一歩⑨
「や、やけに落ち着いてるんだな?」
「だいじょーぶだよ。パパはだいじょーぶ。」
「レーネちゃん…?」
あまりにも断定的に呟くレーネの言葉に伶和も不気味な安心感を感じ、抵抗をやめる。
「レミ君なら、大丈夫。レミ君の魔装器ならね。
どんなに破壊力に優れた攻撃だろうと、魔力での攻撃である以上、レミ君には届かない!」
嵐星の爆風が晴れる。そこには、ところどころ破けているが、紫色の薄く輝くマントに身を包んだ零弥がいた。
「お兄ちゃん!」
「おぉ!あの攻撃を防いだのかよ!?」
「レミ君の魔装器、AccioAnima。マントに触れた魔力を分解、吸収して魔法を無効化、そして鋼属性による“硬化”により、物理的な耐久力も非常に高い。
多分、世界を探しても最高レベルの防御力を誇る魔装器だよ。」
ネオンがそう説明する間にも、AccioAnimaの傷は直っていく。なるほどこれほどの防御力を持ってすれば、ほとんどの魔法使いはまともにダメージを入れることすらできないであろう。
「ヘェ~、すごいね。それレミっちの魔装器?僕の嵐星をまともに受けてレミっち自身が無傷でいられるなんてよほど防御に優れてるんだね?って言っても、嵐星をまともにくらったのはレミっちが初めてだけど。」
感嘆と称賛の声を惜しげなくかけるフラン。
しかし、周りの畏敬の視線を他所に、零弥1人だけは怪訝な表情を見せていた。
(AcciaioAnimaが…破けた?こいつには魔力を使って高速で再生する機能がある。多少強力な魔法を受けて傷を受けても、即座に回復するから破けることなんてそう無いはずなのに…。)
零弥の魔力量は常人のそれを遥かに超える。さらにはAcciaioAnima自身も魔力を吸収して利用できる。なればこそ、実質この魔装器の防御性能は落ちることなく半永久的に戦えるのだ。
しかしフランの攻撃は、その再生力、防御力に傷を付けた。僅かながら、零弥の防御を貫通したことになる。
もちろんこの魔装器による実践経験など数える程どころか、あの日ネオンを探しに行って月晶竜のブレスを防いだきりである。まだこの魔装器には零弥すら知らない機能があるかもしれないが、そんな不確定要素を当てにするような日和った考えをする程零弥は戦いを甘く見てはいない。
ならばフランの攻撃をこのまま無策に受け続ける訳にはいかないと、零弥は結論付けて走り出した。
零弥はフランの一挙手一投足を見落とすまいと目を凝らし、フランと肉薄する。フランは自らの魔装器である嵐星のみを武器としているようで、零弥の近接戦闘による攻撃は時に受け流し、時に避けながら距離を置いて嵐星を放つという戦法を取っている。
近接戦闘を主軸と置く零弥にとってはこのような中遠距離の相手は最も苦手とする部類である。弓や銃など遠距離単一の武器であれば、相手の動き、武器の挙動などから射線を予想して回避などとできるのだが、いかんせん嵐星の武器としての分類は爆弾。しかも導火線のようなものが無いということ、フランが予め用意して待機できていたことから、あれの起爆はフランの意思によって操れるのだろうと予測される。
武装の相性、理屈は不明だがAcciaioAnimaすら貫通する攻撃力をもつ魔法、まさにフランは、零弥の最も苦手とする相手であった。
それを知ってか知らずか、フランの攻撃はさらに過激さを増し始めた。
「捕らえた!」
数度の接触の末、ついにフランの腕を掴んだ零弥。観察の結果、フランの嵐星は、彼の両手にはめられた10の銀色のリングから生み出されているようだ。
つまり、腕を抑えてしまえば、嵐星という爆弾のリスクからも、フランの主戦力となる攻撃は封じられる。
このまま蹴りを入れれば零弥の力であれば一撃で相手を悶絶させることもできよう。そう考え右脚を振り上げようとした零弥であったが、フランの余裕気な表情が崩れないことに何かを感じ、視野を広げてみる。
そして驚愕した。この状況下において、フランの手に握られていた拳大サイズの灰色の塊に。
「おまっ、正気か!?そんなものをこんな距離で…!」
「レミっち、忘れないことだよ?これは授業の実践じゃない。時には命すら賭けないといけない、誇りを賭けた決闘だってことを。」
フランはその爆弾から手を離す。目の前をそれが通ったのを見た零弥は、フランから離れた。
しかし地面に落ちたそれは爆発することなくフランの足元で転がった。
「レミっちの判断力、リスクコントロールによる駆け引きは凄い。正直まともに相手したらどんなにこっちが有利でも勝てないかもしれないね。
だから、多少まともじゃないやり方を取らせてもらうよ。」
フランは両手に嵐星を構え投げ放つ。それと同時に前に出て、零弥に向けて掌を向ける。
「【嵐弾(temprata dent)】!」
指輪から生み出される嵐属性の魔力が撃ち出され、零弥の足元に着弾と同時に爆ぜた。零弥は爆発に巻き込まれまいと後ろに避ける。直後、後ろからフランに羽交い締めにされた。フランの方が身長が高い分、こうなっては抵抗が難しい。
「知ってる?魔力ってのは、魔法を撃つ前に精錬する以外にも強化できるんだ。
これはたまたま見つけただけなんだけどね?どうも、同じ属性の魔力の魔法を発動する瞬間にもう一つの魔法がぶつかると、魔力を一部吸収してるのか、威力が上がるみたいなんだ。」
零弥を押さえつけるフランの右手には先ほど不発に終わった大嵐星が握られていた。
「おい…まさか…、」
「そしてもう一つ、魔力は、物理的な圧力で圧縮することでも純度や魔力圧を上げることができる。
ご覧あれ、【爆嵐大花火】!」
フランは左手で指を鳴らすと、零弥を突き放し、同時に大嵐星を放り投げ、身体強化によるか、その場を離れた。
指がなったのを合図に、競技場の外側から嵐属性の爆発が起きた。零弥は気づいた。フランは全てこれを狙っていたことを。
競技場には全体に嵐星が撒かれていた。幾度の爆発の中、フランは意図的に爆発させずにいくつか残していたのだ。そして、先程のフランの発言から推測すると、嵐星の爆発によって誘爆した嵐星はその威力を上昇させ、その中心にあるのは、現在誘爆されているビー玉サイズのそれとは比べ物にならない大きさの大嵐星。中心にもなれば、全方向からの爆発によって物理的に高い圧力がかかる、いわゆる爆縮だ。
複数回にわたる誘爆と爆縮により強化された大嵐星の爆発。その脅威を認識した瞬間、零弥は叫んでいた。
「全員、伏せろーーーーー!!!」
零弥の怒号に込められた謎の力によって、ほとんどの者は逆らえずすぐさま伏せる。次の瞬間、競技場のみならず、学舎全体から音が消し飛んだ。
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