未来への一歩⑦
レーネは約束を守り、大人しくしていた。紙と筆を与えておいたのが功を奏したと零弥は考えている。
もっとも、全く邪魔をしなかったのかといえばそう言うわけでもなく、時々袖を引っ張られ、何かと見れば描いた絵(おそらく零弥の顔を描いたもの)を見せてきたり、トイレに行きたいと言ってきたりと、親の気をひこうとする子供ならではの行動がままあった。
「レミ君ごめんね。レーネのこと任せちゃって。」
「大丈夫、レーネも大人しくしてるし、聞き分けはいいから、授業に差し支えることは少ないよ。」
昼食をいつもの四人プラス一で学食に向かう中、そんな話を続ける零弥達は浮いていた。それも当然だろう。今レーネはネオンに抱きかかえられ、より人目に付く格好だった。お昼時は人混みがひどいためはぐれないようにとの配慮だったが裏目に出たようだ。
当のレーネは、食べ物の匂いに反応してるのか、キョロキョロと周りを見回して鼻をクンクンと鳴らしている。
「じゃあ、俺達先に食べるものとってくるから、レーネの事は頼むよ。」
「うん。」
流石にレーネを抱えながら学食に並ぶのは自殺行為なので、マナー違反ではあるが先に席を取って零弥とクロム、伶和とネオンで二手に分かれて食事を取りにいった。
食事の乗ったトレーを手に、人混みの中からなんとか抜けて席へ向かう零弥は、人混みの喧騒とは少し違う騒ぎの声を耳にした。
そこは零弥達の取った席とは少し離れた場所。騒ぎの中心にいたのは、坊主頭に眼鏡をかけた、学ランの生徒と、意外なことに、伶和であった。
「ええい、だからここは学徒の集う勉学の場!そこにこのような子供を連れてくること自体が秩序を乱す元だというのだ!」
「ひどい!レーネちゃんは良い子です!この子がいても学校の秩序なんか乱れません!」
「既に乱れているのだ!見ろ!周りの者たちがあの子供を見て浮き足立っているではないか!」
「浮き足立って当然でしょ!可愛いんだもん!」
学ランの男の言う事は確かに尤もである。しかし、伶和の口撃もなかなか悪くはない。
「なぁ、なんであいつは学ランなんだ?」
「ガクラン?あぁ、あの服な。この学校の生徒会風紀管理部の特別制服だよ。あの服と緑の腕章が、この学校の風紀管理部である証なんだ。
風紀管理部の連中は堅物揃いでな。入部にも実力を測る試験があるから、腕も確からしいぜ。」
ま、それ以上のバケモノもいるわけだが、と付け加えた。
さて、まずは何故あのような口論が起こっているかを調べなくてはならないと、零弥は当事者であり、レナの脚にしがみついてるレーネに小声で呼びかけ、抱き上げた。
「レーネ、どうしたんだ?」
「あのね、ママが、トイレに行ったの。レーネはね、一緒に行こうとして、あの人にぶつかっちゃったの。」
そう言ってあの風紀管理部を指差す。よく見ると、彼の足元にはトレーとひっくり返ったサミン__この世界の麺料理、スパゲッティのような麺をスープに入れたもの。軽食として人気。__があった。どうやらあれが大元の原因らしい。
「それからね、あの人に怒られて、レーネ、泣いちゃったの。そしたら伶和お姉ちゃんが怒っちゃったの。」
思い出してまた涙を溜め始めたレーネの頭を撫でながら、二人の元へ向かう。ちなみに零弥のトレーはクロムが持っている。
「伶和、もういいだろ。今回の件は俺のネオンの監督不行き届きだ。落ち度はこっちにある。
あんたも怒鳴って少しは気が晴れただろ?料理代は弁償する。それで今回は鉾を収めてくれ。」
零弥は落ち着き払って二人の仲介へ入った。伶和はまだ少し興奮していたが、零弥が上手く宥めておとなしく引き下がった。
「お前が噂の編入生、レミ=ユキミネだな?」
「あぁ、すまないな。これ、いくらだ?」
「編入初日からの暴力事件、器物の破損、寮の門限破りに学校に子供を連れ込む始末。貴様は風紀管理部の中でもブラックリスト入りしている。
飯の事はどうでもいいが、貴様にはこれを機にこの学校のルールというものを叩き込んでやろう。」
噛み合わない会話。どうやらこの風紀管理部の男、話が通じないタイプらしい。
「あー、そうゆうのは後にしてくれないか?俺達も昼飯があるんだ。それにレーネの件は既に先生からも許可は…、」
「喝っ!貴様はわかっていない!この神聖なる学び舎において、風紀を守ること、秩序を保つことが如何に重要で高貴なことか!そしてそれを乱そうとする者は断じて悪!許すまじ!」
「…(こいつ、五月蝿え。)」
黙って聞いていたものの、零弥も多少イライラしてきたようである。なによりこの男、妙に熱い。そして周りの迷惑を顧みれていない。真っ直ぐであるが故に愚直、周りが見えていないのだろう。
風紀管理部の男の高説は続く。
「我が風紀管理部のブラックリストに入るとはそれ即ち、貴様は我らの手によって更生されなければならないということ!
それを拒否するとはもはや言葉での説得は不可能!ならば私がここで…!」
放っておいたらどんどん過激になる風紀管理部の発言にそろそろ危険な臭いを感じていた零弥は何処から落とそうかと考え始めていたのだが、それを制する者がいた。
「やぁやぁ我こそは誇り高きユリア学園生徒会風紀管理部が一員、オシム=ゴーm…」
「五月蝿いよ、落ち着かんかい。」
「ぶぼっ!?」
漸く名乗りを上げた風紀管理部、オシム=ゴーマの顔面に叩きつけられたのは水の塊。無論、魔法によるそれである。
零弥の前に立つ、その魔法の主は零弥達よりも幾らか身長が高く、クリーム色の髪がふわふわとカールした男子生徒であった。ネクタイ、タイピンの色から、どうやら同学年の生徒であるようだ。髪に隠れていない右眼は若干怠そうであるが、どうやらこれが素であるようだ。
「おのれ貴様、そのふわふわ頭に怠そうな目つき、『嵐のフラン』!またしても風紀管理部の活動を邪魔するか!」
「はぁ…やめてよねその呼び方。おたくがその変な呼び方するお陰で路地裏の不良どもにまで知られちゃってるんだから。
それに、今回ばかりはあんたが悪いよ。こっちは素直に謝ってるし、事無きに収めようとしてるってのに。」
「ぐっ、しかし貴様の今の私への攻撃は言い逃れできんぞ!校則にもある通り、指定された場所以外での危害を加える目的地での攻撃魔法の行使は罰則だ!大人しく縄にかかれ!」
オシムはもはや正気ではない。頭に血が上りすぎて錯乱しているようである。
フランと呼ばれたその生徒の行動は確かに魔法による攻撃ではあるが、そこには別に相手に怪我をさせようとかそう言うものではなく、水をかけて頭を冷やせという意味合いが強い。少なくとも、零弥にはそう見えていた。
「何?ここでボクと事を構えようって言うのかい?うーん、困ったなぁ~。あんまり戦いは好きじゃないんだけどなぁ~。」
フランの言葉の後半が、若干わざとらしく声を張り上げていたように見えたのは零弥の気のせいではないだろう。
「なっ、あのフランが戦うって!?」
「おいマズイぞみんな、逃げろっ!」
それを聞いた他の生徒達の反応。どうやらこの男子生徒、本人は認めたがらないが、それなりに危険な人物であるようだ。
周りの生徒が軒並みその場を離れ、そこにはぽっかりと穴が開いたように空間ができた。
「いいだろう。ではまずは嵐のフラン、貴様から更生してくれる。」
「おぉ、こわいこわい。やだねえ血の気の多い輩ってのは。」
言葉通り力づくで取り押さえようと魔力を練り上げるオシム。対照的に振る舞うもやはり魔力を練るフラン。
しかし零弥の「眼」はフランの魔力のその変化を見逃さなかった。
フランの身体から湧き出る三色の魔力。それはフランの手の中で混ざり合い、溶け合い、全く別の魔力に変わっていた。
(まさかあれは…複合属性!?)
複数の魔力を適度な配合で合わせることで生み出される複合属性は、混ぜた魔力の特性が組み合わされるのではなく、掛け合わされ、進化する。その力は未知数であり、フランの異名を考えれば、この場で発動させていい魔法でないのは明らかであった。
「【雷…」
「【嵐…」
「やめろ!」
「そこまでだ!」
二人の詠唱が完成する前に、二つの声とともに制止がかかる。
片や零弥。AcciaioAnimaを展開し、フランの手ごと、手元にあった魔力を包み込み吸収した。
そしてもう片方、オシムを止めた人物は、クロムほどではないが、整った顔立ちに流れるような金髪、自信満々というのが最も似合うベストスマイルの男子生徒。それはどこからともなく現れてオシムの後頭部を思い切り手刀で殴りつけていた。
「やれやれ、学食で喧嘩沙汰と聞いて来てみれば風紀管理部が主犯とは情けない。
あー君達、もういいよ。話は聞いた。今回は見逃してあげるから大人しくしてね。それじゃあ、僕は彼を連れてかなきゃいけないから。
皆、騒がしくしてごめんねー。さぁ、もうこんな時間だ。早くご飯を食べて次の授業の準備をしなきゃ!」
その声が響き渡ると、周りの生徒達はハッと我に帰り、そそくさと各々の昼食に戻っていった。
その人物はオシムを肩で背負うと零弥の方をちらりと見て、不敵な笑みを浮かべて、
「面白い魔法だね。将来が楽しみだよ。」
と言ってその場を去っていった。




