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未来への一歩⑤

 眠気に耐えるネオンの足元がおぼつかなくなり、遂に木の根に足を引っ掛けたネオン。足首を捻ったようで、動けなくなってしまった。


「…動かせるか?」

「だ、大丈夫だよ…痛っ。」

「無理しなくていい。でも参ったな、道が分からない。」


 ネオンはよくあの滝に来ていたのだが、それは周りがよく見える昼間のこと。月明かりだけが頼りの真夜中の森では、道も分からなくなってしまっている。零弥はネオンの歌声を頼りに進んでいただけなので細かい道筋は気にしていなかったのだ。


「せめて明かりがあれば…そういえば。」


 零弥は子竜からもらった水晶体を持つ。この水晶は、脈打つように明滅を続けていた。


「ふむ、これを使うか。ネオン、一旦休憩しよう。」


 零弥はネオンの身体を支えながら木に寄りかからせて、その辺の木の棒で地面に魔法陣を書き始める。


「地面の落書き魔法陣じゃあ謂れが弱いけど、まぁ、魔力でゴリ押せばなんとかなるか?」


 零弥は魔法陣の中央にマナ水晶を置く。


「レミ君?何をするつもりなの?それ、あの子竜にもらった宝物でしょう?」

「まぁ完全に道に迷ってるし、このまま失踪なんて嫌だろう?なら、精霊に道案内を頼もうかなとね。」

「精霊喚起の魔法?でも、あの子達ってそんなことしなくても喚べたでしょ?」

「あれは略式。一瞬しか召喚できないし、使役はできない。あくまで力を借りるだけだ。精霊は気まぐれだから、ちょっとしたお使いならともかく、今回みたいな使い魔としての利用はあれじゃあ出来ないよ。

 今回のは本来の精霊召喚の儀式。精霊への供物、依代、そして十分な謂れが必要だ。供物と依代はあのマナ水晶で代替できるはず。あとは、謂れ。」


 零弥は懐からナイフを取り出し、掌に押し当てる。


「今回は俺の血を魔法陣の要所に混ぜて謂れを足す。これで俺の血の情報から、学校の位置がわかるかもしれない。」

「レミ君…それなら、私の血も使って。私の血も謂れとして足せば、魔法触媒としても使えるし、私とレミ君の共通情報として学校の位置を絞り込めるよ。」


 流石のネオン。魔法陣の仕組みをよくわかっている。感心しながら零弥は短く礼を言い、ネオンの手相に合わせるように刃を滑らせ、血をハンカチに染み込ませ、魔法陣の中央、マナ水晶の下に敷くように置いた。


「よし、即興に近いがこれで、精霊召喚、やって見るか。今回はネオンの血も入ってるからネオンも参加してもらうよ。ここに手を当てて。」


 魔法陣の端に両手を着けさせる。零弥は魔法陣の反対側の端に手を着く。


「…レミ君、本当にいいの?あれ、宝物でしょう?」

「…まぁ、思い出の品ではあるけど、必要なら仕方ないな。

 大丈夫さ。これで召喚した使い魔は永続契約。形は残るよ。さぁ、やろう。」


 ネオンを宥め、零弥は魔法陣を励起させるための詠唱を行う。魔法陣が、零弥とネオンの身体から僅かに漏れる魔力を吸い取り、浸透させていく。魔法陣全体が淡い光を放つようになるまでに少し待つ。


「合図で魔力を一気に流し込むんだ。いい?」

「うん。」

「よし、それじゃあ行くよ。3・2・1・それ!」


 2人の魔力が一気に魔法陣の中を駆け巡り、魔力道を大量の魔力が流れることで溢れ出した余波が光エネルギーとなって輝く。

 魔法陣は魔力で満たされ、中央の依代となるマナ水晶の周囲に魔力のリングが出来上がる。これが精霊の召喚の際の門となる。

 魔力門を開通すれば、あとはそこをくぐった精霊が依代に宿って使い魔としての姿を形成するのを待つのみである。

 …そのはずだったが、なにやら様子がおかしいことに零弥は気がついた。


「なんだ?魔力門の中で、何かが…出来てる?」


 魔力門の中心部では、大量の魔力を取り込み、強い光を放つマナ水晶が、その原型を失い、うねるように何かを形成している。そして、零弥の眼は、予想外にして衝撃的な現象を捉えた。


「精霊が…食われている。」

「え?どうゆうこと?」

「本来ならあの水晶を取り込んでカタチを作るはずの精霊が、逆にあの水晶の中に飲み込まれて、溶けるように消えてるんだ。それも一体二体じゃない、何体も引き寄せては片っ端から食っている!」

「だ、大丈夫なのそれ!?」

「・・・わからない。」


 零弥とてこの魔法を完璧に勉強したわけではない。

 零弥はセシル家でこの魔法の記述を見つけ、その冒頭部の基本理論を読んで自分なりにアレンジした魔法を考えついただけである。

 そして、記憶の端にその儀式の手順が残っていたため、実行に移した。

 必要なものは、魔法陣、依代、そして術者の目的を指名する謂れ。

 零弥は、魔法陣を地面に棒で線を引き、基点にそれぞれ自らの血を垂らして謂れと共に力を足した。そして依代としてマナ水晶を使い、謂れを足すためにネオンの血を含んだハンカチも入れた。

 しかし、零弥はセシル家で読んだ記述をしっかりと読んでおくべきだったのだ。そうすれば、精霊召喚は成功したかもしれないだろうし、そもそも精霊召喚そのものをやろうとは思わなかったはずである。

 まず精霊召喚の儀式において、謂れとは、術者が使い魔として呼び出す精霊に対してその目的を提示するものである。しかしそれは予め用意しておくものであり、あまり適当なもので代用して良いものではないのだ。

 そしてこの儀式は、かなり昔、使い魔召喚の技術の黎明期に生み出されたものであり、非常に簡易的に行えるため、「即席使い魔」などと呼ばれもするが、それでも使い魔の召喚魔法陣であることに変わりはなく、その根底には、主人と使い魔の契約が存在する。故に、主人となる人物以外の謂れを足してはならないのである。

 更に、零弥達が謂れとして足したもの、血は、契約において非常に強力な結び付きを作るのに向いているため昨今の多くの使い魔召喚契約儀式において利用される媒体であるが、今回の精霊召喚においては禁忌に近いものである。

 精霊は実体を持たず、概念素子(エレメント)にマナとオド(生命を構成する要素の一つ、マナと結びついて生命を活性化させるという)がくっついてできたものである。そのため、存外簡単に他の概念の影響を受けやすい。

 今回の召喚の異常の最大の要因は、血を混ぜたこと。特に依代を置く場所に一緒に置いた事である。

 この結果、マナ水晶体に最初に辿り着いた精霊は、ネオンの血の染み込んだハンカチの影響を受け、変質した。その精霊の構成概念に「人間・女」の概念素子が付与されてしまったのだ。そこに零弥の魂属性の魔力、ネオンの魂情報を基に作られたネオンの魔力が流れ込み、マナ水晶の中に一つの魂が形成された。

 形成された魂は、自らの身体を求めるも、その場にはマナ水晶しかない。そこで、その魂は自らの身体を手に入れるため、作り出すために、周囲の精霊を無差別に飲み込み、そのエレメントを吸収しながら自身の身体を形成しているのである。

 例えるならば、遺伝子だけの存在が周囲の栄養素やタンパク質を利用して一から体を作っているという感じである。



 マナ水晶が精霊吸収を始めて数分が経過した。固唾を飲んで見つめる2人。

 時の流れと共に一度は朧に陰った月が再び現れ地を照らしたその時、遂に事態は動いた。

 多くのエレメントを取り込み、遂には魔力門すらも自身の身体を保護する外殻として取り込んだマナ水晶だった繭にヒビが入る。中に何かが胎動しているのが見えた。

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