未来への一歩①
「・・・」
「レミさん、カフェオレお持ちしましたニャ。」
「あ、ありがとうヤグモ。」
零弥はカフェオレを一口すすると、再び課題に取り掛かる。テーブルの向こうではクロムがベッドの上で雑誌を読んでいる。
零弥と伶和はこの世界に来て日が浅く、まだこの世界の常識で知らないことが多すぎる。そこでリンに与えられた課題として、指定された図書を読んでその内容をまとめたレポートを提出することが求められている。今読んでいるのは、この国、コエンザイム皇国の歴史書である。あらかじめリンに指定された範囲を読めばいいので、それほど量は多くない。が、零弥のページをめくるスピードはゆっくりとしていた。
「なあレミー。」
「うん?」
「お前はさぁ…夢ってあるの?」
「・・・いや。」
「だよなぁ。」
そう言ってクロムは再び口を閉じる。
そう、先ほどから零弥の動きが緩慢としているのは「夢」について考えていたためである。
…
話は夕方に遡る。零弥たちが編入しておよそひと月、周りもさすがに以前ほど零弥たちのことで盛り上がらなくなってきた頃。その日の最後の授業が終わり、HRでリンからプリントが配られた。
「今配った紙は、高等部からのカリキュラム選択の希望を書いてもらう。
お前たちも今年で15歳、そろそろ将来について考え始めなくてはならない時節に入った。
家業を継ぎたいと考えるもの。己の夢を追うもの。それぞれがそれぞれの未来を思い描くだろうが、それを実現するための道標として、我が校には高等部からのカリキュラム選択というシステムがある。
この選択は後の人生にも関わるだろう。期限は2週間、うち一週間は校外の外出許可が下りる数少ない機会だ、これを機に家族とじっくり話し合うのも良いだろう。しっかりと悩むといい。
以上だ。では解散!」
…
このような話があり、零弥と伶和は頭を悩ませることになったのだ。
そもそも、零弥には継ぐ家業がない。それに、未だに知らないことの多いこの世界で、将来の夢を見つけようにも、アダムにいたときすら今を生きることに必死で、夢なんて見ていられるような立場ではなかったのだ。ゆえに、零弥はある意味「夢の見方」を忘れてしまっていた。
そして、その頃伶和はというと…。
「ねえネオンちゃん、ネオンちゃんの将来の夢は何?」
「ん?うーん…そういえば私もきちんと考えたことはなかったなぁ。小さい頃は『綺麗なお嫁さんになりたい』なんて言ってた気がする、少し大きくなってからは、お父さんやお母さんのお仕事を手伝えるようになりたくて、お医者さんを目指したこともあったなぁ。」
「今は?お医者さんにはなりたくないの?」
率直な疑問を投げかける伶和。それに対しネオンは少し考えるとこう返した。
「今にして思えば、あれはお父さんやお母さんに憧れただけで、個人として医師を目標に見てなかったからねぇ。まぁ、実家の医院もあるし、何も思いつかなきゃ妥協案としてとりあえず医師を目指してみようかなって考えてる。」
それはあまりにも普通の回答。通常の家庭で育ちそれなりに優秀な教育を受けた普通の少女なりの普通の答え。
「ふーん。」
伶和は納得したような顔でネオンを見つめた。
自分がネオンの立場なら同じように考えたのだろうか?誰しもが将来の夢に迷い、心を揺らす中にいれば、皆このように心と折り合いをつけながら将来を描くのだろうか?
そんな答えの見つからない問いが伶和の中で堂々めぐりを繰り返した。
「そう言うレナちゃんはどうなの?」
しかしネオンの返しに一度現実に引き戻される。伶和はポツリポツリと言葉を紡ぎ始めた。
「私は…お兄ちゃんと違って守られる側だったから、お兄ちゃんよりは余裕もあったから少しは将来のことも考えたことはあったけど…、」
「それで、どんなこと?」
「…お兄ちゃんとずっと一緒にいられたらいいなぁ、ってぐらいにしか考えたことなかったよ。お兄ちゃんがいて、蓮兄がいて、三人で笑顔で食卓を囲む。それだけ出来れば十分だった。」
「っ!…ごめん。」
ネオンはとっさに謝る。過去の話は伶和にとってはタブーであると、十分に理解していたはずだったのに、配慮が足りなかったと自身を責めた。
「大丈夫、もう怖くないよ。お兄ちゃんのおかげで昔の出来事もだいぶ思い出せるようになってきたから。
まぁそんなんだったから、今はまだ何にも思いつかないや。」
まずはこの世界の就職事情から調べないとねーと、軽い調子でひとりごちる伶和の横で、ネオンは胸元に手を当て何事かを考えていた。
…
翌日、伶和に誘われ零弥は職員室に来ていた。この世界の仕事について、リンにアドバイスを仰ごうという話になったのだ。零弥も同じことを考えていたのだが、彼はまず図書館に行こうかと考えていたが、伶和の案が手っ取り早いと考えた次第だ。
「こっちの職について?まぁそうだな、職業というものの大半は生活の中で必要とされるものを生業にするのだから、普通の職なら世界が変われど同じだとは思うが…。」
「そうですか。」
「あぁでも、それ以外にも魔法学校ならではの就職先もある。魔法学校の卒業資格というのはそれだけでも十分な資質を証明するものだからな。給料も高いし待遇もいい。
もちろん魔法専職につかなくてもいい。そうゆう道もある。」
「え?でもそれじゃあ魔法学校で学んだ意味が…、」
「じゃあたとえ話をしよう。
この学校を卒業したある生徒は魔法の必要がない商人になった。やがて結婚をし、子供が生まれる。その子供が親の魔法の素養を受け継いでいれば、その子はこの学校に来るかもしれないだろう。
つまりこの学校の真の目的はこれ、『魔法使いの血を残すこと』にある。お前たちが魔法を使わなくなっても、その子供が、孫が、子孫が魔法で身を立てたいと思う日が来るかもしれない。その日のためにこの学校は存在する。それまでその血を絶やさぬためにこの学校で学ぶんだ。
つまり、お前たちの好きなようにやりたいことを目指せばいい。そうゆうことだ。」
その後、来週の外出許可期間に首都に戻って職安を見学してみるといいと勧められ、資料と許可願いを受け取り職員室を後にした。
「あ、レナちゃん!」
そこに声をかけてきたのは、クラスメイトの女子生徒数名。
「どうしたの?」
「えっとね、これから、リアが贔屓にしてるお店で女の子限定でケーキの食べ放題やるんだって。」
「それでレナちゃん見かけたから一緒にどうかなって思ったの。」
声をかけてきたウェンディの言葉にリアと呼ばれた少女が続く。
「そうなんだ。うーん、どうしよっかなぁ…。」
伶和はちらりと零弥の顔を伺い見る。当初の予定ではこれから図書館に向かう予定だった。
「…行っておいでよ。図書館は明日も行けるし、せっかくのお誘いなんだから。」
零弥はニコリと微笑み伶和の背中を押した。
「…?っ!ありがとうお兄ちゃん!」
伶和はぱあと明るい笑顔で少女たちの輪に加わっていった。
クラスメイトとともに行く伶和の姿が見えなくなったところで、零弥はひとり、図書館に向けて足を動かす。
しかしその道程で、彼は見覚えのある少女の姿を目の端に捉える。ネオンだ。
「あ、ネオン!」
しかし彼女に零弥の声は届かなかったようで、そのまま校舎の裏手の方へと歩いて行った。
零弥はどこへ行くのかと疑問に思ったがわざわざ追いかけるほどの用件は無かったので、そのまま図書館へと歩を進めた。
…
その日の夜、クロムが零弥と対戦していたリアルタイムシミュレーション式のボードゲームで二度目の長考に入った頃、渡り廊下の出入り口の方から、伶和が駆けてきた。
「お兄ちゃん、ネオンちゃん知らない!?」
「え?いや、こっちには来てないけど…、」
「おかしいなぁ…。ネオンちゃん、今日学校が終わってから一度も見かけないし、カバンもないから多分まだ帰って来てないと思うの。」
「…それはまずいな。もう直ぐ中等部生は門限の時間だろう?探しに行こうか?」
クロムが反応する。
「そうだな。このまま帰ってこなかったら騒ぎになるかもしれないし…、多分学舎の敷地内にいるだろう。放課後に一度だけ見かけたんだ。」
「よし、それじゃあ学舎方面に行きますか!」
勢いよく立ち上がるクロム、三人は渡り廊下から学舎へ向かった。
「あ、クロム、さっきの盤面記録してあるから帰ったら続きな。」
「うげ、まじかよ。」
…




