夜は明けて・・・⑧
「くっ、こんな大技を隠してたの!?」
巨大な槍を叩き潰さんと、風が、雹が襲いかかるも、槍は突き進む。零弥が更に魔力を込めると、螺旋の槍は回転を始めて更に前進する。
そして、暴風の壁に綻びが見えた瞬間、零弥はつよく踏み込み、全身の力を込めて力強く槍を押した。
瞬きの間、ほんのわずかな時間、城塞に完全な穴が空いた。開ける視界に目を丸くするネオンの目の前に、零弥の姿が躍り出た。
「っ!?」
「貰った!」
零弥の拳が突き出されるのとほぼ同時、ネオンは半ば反射的に手を出し、氷の塊を打ち出していた。
ガラスが割れる様な音と共に、零弥は仰向けに吹き飛んだ。最後の笛が鳴り、試合終了と声が掛けられた。
教員はそれぞれに駆け寄り、ターゲットを確認する。
まずは零弥、最後のネオンの氷塊は零弥の胸に撃たれたものだった。しかし、確認すると割れていない。当たる直前か、それよりも前からか、零弥は自身のターゲットを鋼の魔力で『硬化』させていたのだろう。
対してネオンは、額のターゲットに小さなヒビは入っていたが、割れるには及ばなかった。
結果、下された判定は「引き分け」であった。
「お疲れ様、レミくん。」
差し伸べられた手を握り、零弥は立ち上がる。
「ありがとう。ネオンもお疲れ様。」
「それにしても、レミくんがあの【風霜牢壁】を破れる魔法を使えたなんてびっくりだったよ。」
「あぁ、あれ。最近作ったんだけど、まだ試したことがなくてさ。半分賭けだった。まぁ、結局俺引き分けたけど。」
「ううん、ルールでは引き分けだけど、きっと次は私が負ける。零弥くんは、まだ魔装器を持ってなかったんだから。」
周りのものたちは信じられないものを見る目で零弥を見ていた。なにせネオンが模擬戦で魔装器を使ったのは魔装器作成の授業以来である。それだけネオンの魔法技能は他の生徒より卓越してたのだ。
その彼女が、魔装器を装備し、なおかつ上級魔法まで使った。その上で魔装器を使わずに引き分けた転入生。多くの生徒たちの中で、零弥の番付はトップクラスになっていた。
「どうだろうな。得物が増えればたしかにその分強くはなるだろうけど、それは戦略の幅が広がっただけだ。魔装器を持ったからって、確実に勝てるともわからないよ。」
「でもやっぱり凄い。零弥くんは魔法初心者なのに…。天才かな?」
「うーん、なんとも返せない。」
正直零弥は、自分でも自身の力がまだわかっていない。
鋼と魂という二種類の特殊属性の持ち主。
保有魔力量は膨大である。
使える魔法は、ちょっとしたお使いを頼める程度の【精霊喚起】、地中から攻撃する【地鋼棘】、上級魔法に対抗できる唯一の技【Lance Grandea】、そして身体強化魔法。
まだ、鋼属性の使用には触媒となるナイフがないと安定しないし、魂属性の上手な使い方もわかっていない。
(課題なんていくらでもある。只でさえ遅れてるってのにな…。)
零弥は自身の伸び代の多さに苦い顔を示した。
…
放課後、教室でクラスメイト達と雑談に興じていると、伶和とともにリンに呼ばれた。
「レミ、レナ、今日は頑張ったみたいだな。お疲れ。」
「ありがとうございます。リンさ…先生。どうしたんですか?」
「うむ、本当はもっと早くに渡したかったのだが、急な発注で遅くなってな。ついて来てくれ。」
そう言われて連れてこられたのは屋内演習場。零弥がスカンジルマを殴った場所だ。
リンは途中で職員室に寄って持ってきた鞄の中から、二つの箱を取り出した。その大きさは中くらいのサツマイモか、鰹節が1本入ってそうなサイズであった。
中には、相応の大きさの、水晶が入っていた。
「これは?」
「マナ水晶。マナを高熱・高圧で結晶化させたものだ。普通はマナ結晶でもいいんだが、お前達の魔力は異常に多いからな。マナ結晶では耐えられないと思ってより純度の高いマナ水晶を発注したんだ。」
「そうなんですか。わざわざありがとうございます。」
「まぁ、これくらいの身びいきは許されるだろう。」
どうやら、リンなりのプレゼントのようだ。当の彼女は説明しながら、魔法陣の描かれた布を敷いた。
大きな円の縁に小さな三つの円が描かれ、幾何学模様で繋がれながら中心の円に繋がっている。
「さて、これから2人には、魔装器を作ってもらうぞ。」
それを聞いて、零弥も伶和も、興味の光を目に宿した。
「2人ともよく知ってるだろうが、この国には魔装器という技術がある。これは魔法使い達にとっては自身の才能の象徴であり、魔装器を作るのはこの国の魔法使い達にとっては一人前への一歩だ。
だからこそ、これを作ることはお前達がきちんと魔法使いとしての自信と責任を持って行わなくてはならない。よく頭に留めておくように。」
2人はリンの言葉に頷いた。
「さて、では早速作り方を説明しよう。まず、この外周の三つの円に、それぞれマナ水晶・コア・そして術者の血を少々入れる。
コアというのは特殊な合金でな。マナの塊であるマナ水晶を肉、術者の血を血液とするなら、コアは骨に当たる。これら三つを術者の魔力で繋ぎ、合成して、魔装器は生成される。」
鞄の中から真鍮と銀の間のような色合いの金属の玉が取り出される。それをリンは三つの円のうち一つに置いた。
「では1人ずついこうか。レナ、やってみろ。」
「は、はい!」
少々緊張気味の伶和。リンに渡された針で指先を刺して血を採る。血は、円の中に端から端へ1本線が引ける程度取れれば良いそうだ。
残りの一個の円にマナ水晶を置き、伶和は魔法陣の中心へ。
「そこで、足元の魔法陣へ魔力を流し込むんだ。私たちのことは気にしなくていいから思いっきりやれ!」
伶和は言われるとスゥと息を吸い、魔力を解放した。
溢れんばかりの虹色の魔力が演習場を覆う。魔法陣の線が伶和の魔力を通して光を放ち始めた。外周の三つの円の中のマナ水晶・コア・伶和の血は、布から浮かび上がった魔法陣の幻光に包まれ浮かび、伶和の周囲を回りながら溶けていく。やがて溶け合った材料が一層強い輝きを放った。
光が収まると、伶和の目の前には、一本の白い羽根のような印象の長剣が浮いていた。
伶和はそれを手に取る。おそらく形から用途は剣である。しかし、刃の部分は触ると柔らかい。試しに用意された巻藁に向かって振ってみると、まさに羽根のような軽さで振るわれ、巻藁は見事に斬られていた。
「レナ、名前をつけてやれ。」
「名前…それじゃあ『白鳳』。あなたは『白鳳』!宜しくね!」
白鳳は、小さく光ると小さな羽の形のヘヤピンになってレナの前髪に留まった。
「魔装器は普段アクセサリとして側にいる。肌身離さず持っておくんだぞ。
よし、次は零弥だ。ちょっと待ってくれ。」
再び別の魔法陣が用意される。あの魔法陣は1人一回の使い捨てらしい。
零弥も先ほどの伶和に倣い、マナ水晶とコアを置き、血を魔法陣へ入れる。そして同じく中央に立ち、魔力を最大解放した。
零弥から噴き出した魔力の波は一陣の風を産んだ。
その波動は物理的なものでは無く、扉を一枚挟んだ向こう側の者たちにも届いたようだ。
倒れる音に気付きリンは扉を開ける。そこには中等部3年C組の生徒達の一部が尻餅をついていた。無論、クロムとネオンもいる。
「お前達…」
「やっほー、リンちゃん先生。零弥達の魔装器はできた?」
「レナは完成、レミはたった今作っている。」
「そっか、てことはいまの凄え魔力は零弥のやつか。ビックリしたぜ。」
「お父さんから聞いてたけど予想以上ね。」
「あぁ。レミとレナの魔力で周りに迷惑をかけるわけにもいかんから、その辺でやるわけにもいかず、わざわざ地下を貸し切ってやってたんだ。だとういうのにお前らは…。」
「あっ、レミの魔装器、出来上がったみたいだぜ?」
リンの言葉を遮ったクロムの一言に、腰を抜かしていた他のクラスメイト達も我先にと零弥の魔装器を見ようと詰め寄った。
「わぁ、お兄ちゃんの魔装器、カッコイイ!」
伶和は小さく拍手をしながら零弥の上半身を覆うその魔装器を見やった。
まず目に映るのは深い紫色のマント。それはゆらゆらと浮くようにたなびき、零弥の背中から右半身を覆っていた。
そしてその右腕は、盾と手甲の合わさったようなガントレットが装着され、前腕部にてマントと繋がっていた、零弥が右腕を身体の前に持ち上げると前面までマントで覆われるようになっている。また左腕にも前腕部は螺旋状の腕輪で保護され、全体的に黒い革にも似た薄い皮膜のようなもので指先のみ出してぴったりと覆われている。
制服の上着が消え、代わりにこの装備が装着される仕様は、ネオンの雪華の精装によく似てる。
「これは…、」
零弥は先ほどの不思議な感覚を思い返していた。魔法陣へ魔力を流した時、頭の中に声が響いた。
__何がしたい?
それに対する零弥の無意識下の答え、それが、この魔装器の姿として顕現した。そう零弥には感じ取れた。
故に、零弥はこの魔装器をこう呼ぶことにした。
「…『AcciaioAnima(鋼の魂)』」
その名と共に、魔装器は鉄の腕輪となって零弥の右腕についた。
「先生、終わりましたよー、って、あら?」
伶和が振り返ると、耐えきれなくなったか、クラスメイト達の山が出来上がっていた。
伶和は零弥にアイコンタクトで問いかける。零弥は肩をすくめるのみであった。
…




