夜は明けて・・・⑦
「…っ痛ぅ(間に合った…か)」
避けることは不可能と、咄嗟に両腕で頭と胸を庇い、被弾数を減らすために膝を曲げ身体を小さくしていた。さらに不完全ながら鋼属性の身体強化を掛けて身体を硬化させていたため、多少なりともダメージを軽減できていた。
(さて、どうするか…。)
零弥は思案を巡らした。
今の攻防からだけでも、ネオンの魔法技能の高さは肌で感じた。しかしそれ故に感じた違和感があった。
(あの魔装…)
ネオンの身体を覆う魔装に目をやる。
ネオンの魔装器は他の人のそれと比べるとやや特殊である。
そもそも魔装器自体見たのは今日が初だが、それでもここまで見学してて見たものは、クロムの「夜葬」をはじめとした武器、盾や鎧といった防具、中には用途のよくわからないものもあったが、何れも根本的に装備品である。要は防具であれ、服の上からつけている。
しかしネオンの魔装器「雪花の精装」は、展開すると、それまで着ていた服が専用の服装へ変わる、日曜日の朝にやっている女児向けアニメの主人公よろしく変身するのだ。
また、零弥は最初の攻撃を躱した時、首筋にヒヤリとしたものを感じた。比喩表現的な感覚ではない。文字どおり「寒気を感じた」のである。
(まぁ、ネオンの魔力は氷と風だけれど…)
だからといってネオンの魔力が漏れて冷気になった、というわけでもないだろう。
ネオンの魔力制御能力は、その成績からも分かる通り非常に高い。戦闘中とはいえ、あんな風に魔力を垂れ流すのは不要なことだ。持続的に周りを冷やし続けるというのは見た目以上に浪費が激しい。冷暖房に魔法が使われない所以でもある。
(ならば考えられる可能性は…単純だが。)
魔装によるものだと予想される。その効果はなんだろうか?あの素早い身のこなしは身体強化故だろう。それでもネオンは魔法戦闘を主軸に置くというのは、零弥の戦闘技能を警戒する以上に魔法戦闘の優位を意識しているため。あの魔装にはそれを補助する機能もあるのだろう。
零弥の中で予測と自身の力が天秤にかけられる。現状リスクは度外視、既に充分なハンデを負っているのだから負けて元々だ。そこから勝利しようというならハイリスクは当然である。
2度目の笛が鳴る。残り3分、既に5秒の長考に入っていたようだ。これ以上の思案は無駄な時間と判断し、零弥は動き出す。
まずは1本。ナイフを懐から取り出して投擲する。当然ながらネオンはそれを避ける。向かって右に駆け出したネオンを追うように零弥も駆け出し、ネオンに肉薄した。
ネオンは薙ぐように手刀を振るが、零弥はそれを受け止めた。
「っ!?」
しかし直ぐに零弥はその手を振り払い一歩下がる。手のひらを見ると、僅かに霜が張っている。
「まさか…冷気の鎧か?」
「そうだよ。これは身体強化、魔力精錬だけじゃない。衣に触れたものを凍らせる、攻防一体の無敵の鎧。それが私の魔装器、雪花の精装。どう、凄いでしょ?」
ネオンは笑顔で頷くと、自信たっぷりにそう答えた。
零弥は冷や汗を浮かべる。冷気を発していたことからもその能力は想定されていたことだが、できれば外れてほしかった。逆にこれで、頼みの綱の近接戦も難しくなった。つまり、ネオンに勝つ見込みがあるのは直接触れずに攻撃できる魔法戦のみになったといえよう。
零弥はナイフを構えると、ネオンに向かって突撃した。
ネオンに触れられればそこから凍りつく。さっきはほんの一瞬触れただけで霜が張ったのだ。接近するリスクは大きすぎる。
ネオンもそれを理解しているから零弥の特攻とも言える突撃に怯むものの、好機として腕に魔力を集めてカウンターを仕掛けた。
しかしその手は再び空を切る。ネオンは目を見開く。自分の腕が捉えたと思っていた零弥はその目測より身体1つ分ほど後ろにおり、余裕を持ってネオンの腕を避け、ナイフを投擲する構えを見せていた。
フェイント。本気で相手に殴りかかろうというポーズと気迫で相手に迫る事で見せる虚像。相手に技を空振りさせることを目的とする技であるので、実際は攻撃はしないし、相手の間合いにも入らない。しかし、相手に「攻撃をされる」という錯覚を与えるためには、直前まで本当に本気で攻撃するつもりで接近しなければならない妙技である。
フェイントによって生み出された驚愕による一瞬の隙を突く一投。ナイフはネオンの胸のターゲットへ飛ぶも、ネオンは間一髪、ナイフへ手を伸ばす。飛び散る氷片、弾かれるナイフ。おそらくナイフの当たる瞬間に手と刃の間に氷を張って弾いたのだろう。
若干ネオンの右足が後ろに下がり、彼女の魔力が脚に偏るのを見た次の瞬間、零弥が半身をずらした横を、その脚が振り抜かれた。繰り出されたムーンサルトキック、その先に放たれた魔力の波で、前方の地面が凍り付いた。
その余波が届いたのか、零弥は避けた勢いで横に跳ぶ。すかさずネオンは詠唱破棄の【氷弾】が数発襲いかかり、それを避けるために再び跳ぶ。
一転してネオンに向き直った零弥の手にはナイフが握られており、すかさず地面に突き立てられた。
「【地鋼棘】!」
地中から腕の太さほどもある鋼の槍が飛び出して第二波の【氷弾】を粉砕する。しかし続くネオンへの槍は避けられる。
現在零弥の【地鋼棘】には重大な欠点がある。
第一に、触媒となるナイフが、地面に接した状態で、そこから半径10m先までにしか効果が出せないこと。
第二に、地面に接し、そこから離れた場所に魔法を発動させるのに、一定の時間がかかること。ナイフを構成する金属を粒子状にして、地中に拡げて魔法発動の触媒とするために今の零弥には遠くへの魔法発動に時間がかかりすぎてしまうのだ。
そして、最大の問題は、手から離れたナイフに待機させることができる魔法は一つ、そして一度のみ。複数の魔法を待機させようとすると相克を起こすのだ。故に、別の魔法を使おうとしたり、再び魔法を待機させるためには直接触れなければならない。
零弥はまだ魔法を触媒なしで発動する事に慣れていない。魔法は基本的に魔力で超常現象を起こすのだが、慣れないうちは、属性に合わせた触媒を使う事がある。火属性なら蝋燭などの発火物、水属性なら水など。風属性なんかは空気を触媒にできるため便利である。零弥の鋼属性の場合、その性質上金属を触媒にする必要がある。魔法発動に触媒を使わない手法ができれば魔法式をきちんと組み立てるだけで距離・速度の壁を越えて使えるだろう。しかしそれは一朝一夕の練習でどうにかなるものではない。いまはまだ無い物ねだりといえよう。
しかし、決して零弥にばかり不利な条件ではない。
そもそも、零弥の魔法はネオンに対し相性が良い。
ネオンの魔法は氷と風、どちらも汎用性が高い柔軟な利用法がある属性だが、対して一貫した「剛」の属性である鋼属性に対しては強度でどうしても負けてしまう。字面から捉えても、金属の塊に風が吹き付けようが氷が叩きつけられようが、びくともしない道理である。もちろんこの相性を覆す技も無くはないのだが。
つまり、ネオンには零弥の鋼魔法を完全に抑え込む手立てはないのも事実なのだ。そして、ネオンは気づくだろう。今自分がいる位置は、零弥があちこちに投げたナイフの包囲網に囲まれていることに。
残り2分。1度ずつとはいえ、四方は零弥の魔法に囲まれている。ネオンは心中で幾度かの自問自答を行い、その中で最後の賭けに出た。
「紡ぎて風は荒れ狂え、繋ぎて氷は礫とならん。雹轍の芒風は近づくものを砕きさらん_【風霜牢壁(prithan plizarks)】!!」
ネオンを中心に渦巻く風、その中でダイヤモンドの様に輝きを放つ氷の粒、その勢いは徐々に増し、詠唱が完成した瞬間、風圧は爆発的に上昇、彼女の周りを囲う吹雪の城壁が完成した。
零弥は、待機させていた【地鋼棘】を発動させたが、巨大な雹を孕む暴風に叩かれ、さしもの鋼魔法も折れずとも曲げられてしまった。軽く台風並みの風圧を作っている様だ。
負けたのは一本だけで無く、すべての槍。しかも、地中から攻撃しようとしたが、ネオンは自身の魔力を地中に流し零弥の包囲網の一部を完全に凍結してしまっていた。
「近くのもダメ、下からもダメ、上からは…」
見上げるも、あれを飛び越えたところで、空中でネオンに撃ち落とされるのは目に見えている。それに、時間ごとに風属性の特性『加速』によって勢いが増しているのが見える。
「正面突破あるのみ、か!」
零弥は懐から最後の一本のナイフを取り出した。深呼吸をひとつ、意識をナイフの先端に集中。魔力を右手に集める。
「我が槍は、幾重の鎧をも砕き、万勝の城も崩す、剛鉄なり。剛槍、いざや貫かん_【Lance Grandea】!」
魔法式が目指す形を成していく、詠唱の完成とともに、ナイフを握る右手を突き出すと、ナイフは伸び、変形し、巨大な螺旋を描くランスとなって吹雪に突き込まれた。




