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夜は明けて・・・⑥

「そこまで!」


 制止の声がかかる。

 審判の教員は胸を強く打たれて咳き込みながらも起き上がろうとするラフマンに駆け寄ると、その胸のターゲットが破壊されていることを確認し、クロムの勝利を告げた。

 突如として、ある一角から歓声が上がる。中等部3-Cの男子の面々だ。次々とクロムを讃える声が飛んできた。


「ったく、模擬戦で大げさな…。俺が恥ずかしいだろ…。」


 クロムが悪態をつきながら零弥たちの許へ歩いてきた。


「まぁ、よかったじゃないか。ブーイングよりはマシだろう?」

「それに、あの一件の影響でみんなちょっと変わった団結してるから、そのうち元に戻るよ。」


 零弥とネオンはそれぞれフォローを入れる。

 クロムは返事をすることなく、零弥を真っ直ぐに見据えると、躊躇いがちな仕草で半ば目を逸らしながら話し始めた。


「レミ…、その、ありがとう。レミのおかげで俺、自分に自信が持てたよ。

 魔法があんなに自在に動かせるものだなんて、思ってもなかった。すっげえ気持ちよかった。」

「よかったな。でも、あれはクロムの培ってきた能力であって、別に俺が口を出さなくともいつかは出来てたことだと思うぞ?」

「そんなことないよ。クロムの問題が、クロムの魔法能力じゃなくて、質の高すぎる魔力のせいだなんて…これまで誰も思いつかなかったんだよ?」

「あぁ、レミと会ってなかったら、俺、こんな気持ちに絶対なれなかったと思う。

 だから、本当に…ありがとう!」


 頭を下げながら話すクロムの言葉を受け取り、零弥はクロムの肩をたたくと、


「そこまで言うなら仕方ない。」


 ニヤリというよりはニカッといった笑みを浮かべてそう告げた。


「俺の方からも言わせてくれ、これからもよろしく。」


 そう言って零弥は拳をクロムに向ける。最初はどうゆうことか図りかねていたようだが、直感的にクロムは理解し、零弥と拳を交わした。



「いーなぁ、男同士の友情ってやつ?なんだか妬けちゃうな~。」


 クロムがクラスメイト達にもみくちゃにされている頃、ネオンがそんなことを言いながらこちらをチラチラと見てきた。


「妬ける?」

「だって私はクロムとは幼馴染だよ?それなのに出会って1ヶ月のレミ君の方がクロムに信頼されてる感じ。友情は時間じゃないってわかっているけど…。」

「…ネオンにとって、クロムってどんな存在なんだ?」

「えっ?うーん、まぁ、よく付き合ってるのかとか聞かれるけどまずそれは無い。ずっと一緒にいたからこそ、今更恋人関係になりたいとは思えないよね。

 かといって家族みたいなものかと聞かれたらそれも違うよね。かけがえの無い存在って感じではあるけど、だからって家族みたいに互いを大事にするってこともしてたわけじゃ無いし…。」

「つまるところ?」

「友達以上親友未満。大事にするけど遠慮はしない。親戚よりは頼りになる他人って感じかな。」

「そうなのか。

 …俺は、小学校の時は友達はいたけどそんなに深い付き合いはして無かったし、中学に上がってからは…まぁ、孤立してたから、イマイチ友情ってゆうものが実感できないんだ。」


 零弥の言葉を聞き、ネオンは小さく俯き、再び零弥の目を覗き込む。


「ねぇ、クロムといて、楽しい?」

「え?うーん、楽しい…のかな。」

「じゃあ、クロムといるときと、私といるとき、どっちが楽しい?正直に答えて。」

「…気持ちが昂るという意味ではネオン、落ち着いていられるという意味ではクロム、だな。」

「…なんだ、わかってるじゃん。」


 零弥の回答を聞いたネオンはクスリと笑うと、優しい顔で続けた。


「レミ君、友情ってね、口で説明するのは難しいんだけど、あえて友情を感じてるかどうかを判断したいなら、その人と2人きりでいる時の自分が、自分らしくいられる相手が、友達なんだと思うよ?」

「自分らしく…?」

「気持ちなんて形の無いもの、確認するなんてできないんだから、自分が自分を見せることができる相手はみんな友達だよ。全部をさらけ出す必要なんて無い、隠し事があったっていい。ただ、取り繕わないで一緒にいられる関係が大事なんだよ。

 私はそう思うな。」

「そっか…そうか…」


 ネオンの言葉を反芻し、噛みしめるように呟くレミの表情は、心なしか穏やかな笑みに近いものになっていた。



 その後も他愛の無い雑談をしていた2人はやがて名前を呼ばれた。いよいよ順番が回ってきたのだ。

 2人がリングに入り、指定の位置につき、準備はいいかと問われたときに、零弥はネオンに声をかけた。


「魔装器は使わないのか?」

「え?だってレミ君、持ってないでしょ?」

「いや、気を使ってもらわなくて結構。レナだって頑張ったんだ。俺だって兄の威厳を見せてやらなきゃいけない時があるのさ。」

「そう…それじゃあ遠慮なく。」


 ネオンは胸元の青いアゲハチョウのブローチに手を当てると、ブローチは光を放ちネオンの全身を包む。光は白い靄へと変わり、ネオンの周りを吹雪が舞い始めた。

 魔力を見る眼を持つ零弥であるが故に、その吹雪が絶対不可侵の結界であることがわかった。

 数秒の間に吹雪は鎧のようにネオンの身体を包み、端からほどけるように散り去った。その中から出てきたネオンの姿は大きく変わっていた。

 前腕から先は純白の手袋をはめ、脚には空色のアンダーニーロングブーツ。

 胴体はブーツと同じ色で螺旋を描くトップがウェストで銀のリングで留められ見事なくびれを生んでいる。

その下からは百合の花びらのようなスカートが伸び、そこから脚までを覆うように透明な氷青色の布地がはためいている。

 首回りはフワフワとした純白のファーで覆われ、体の各所に白銀のリングがあった。

 その姿はさしずめ、フィギュアスケーターやバレリーナを彷彿とさせる美しさがあった。


「これが私の魔装器、名前は『雪花の精装(speefel paf)』。普段は模擬戦で使うことはあんまり無いんだけどね。リクエストされちゃったら仕方ないよね。」


 零弥は今更ながらやめとけばよかったかと考えた。クロムからネオンの成績については聞いていた。

 潜在的な魔法の才は、平均並のはずの彼女だが、クロムと共にいたことで受けた影響やたゆまぬ努力の結果、筆記・実技ともにトップクラスを入学以来維持し続けている真の優等生、それがネオンである。

 そんな彼女は、普段の模擬戦では魔装器を使わないというのだ。つまり今のネオンは普段よりも本気を出しているということである。


「どう?私の本気。」

「あぁ、いろいろと凄いな。」

「今なら間に合うよ?外す?」

「いや、いい。それに、俺にはこれがある。」


 そう言って零弥は上着のボタンを外し内側に隠していたナイフを取り出した。


「二人とも、準備はいいかい?」


 審判の教員が声をかける。2人は黙って首肯を返した。確認した教員は手を掲げると、


「試合…開始!」


 手を振り下ろした瞬間、ネオンの姿がぶれたと思った直後、手刀が零弥の胸当て目がけて突き出されていた。しかし、その手もまた空を切る。零弥はネオンの肩を飛び越える様に身を捻りながらジャンプし、ネオンの背中向けに空中で掌底打ちを繰り出した。

 ネオンは予想外からの攻撃に気付くのに一瞬遅れた。振り向いた拍子に零弥の掌底打ちを二の腕で受ける。しかし空中で繰り出されたものであり踏み込みができない以上威力はそこまで期待できない。むき出しの肩、白い肌に紅い跡が付く程度で、大きなダメージにはなっていない。しかし体勢は崩された。

 尻餅をついたネオンは、まだ着地仕切っていない零弥に向け手を翳し、詠唱破棄の【氷弾】を連続射出した。零弥に襲いかかる数多の氷柱。零弥は手首を素早く動かすと袖口からナイフの刃が飛び出した。それを零弥は地面に突き立て、


「sheeb(伸展)!」


 と叫ぶと地中から厚さ5mm程度の鉄板が零弥の姿を覆った。鉄板を叩く氷柱、その後は深く凹ませたが鉄板を貫くには至らない。

 ネオンは今のうちにと立ち上がり魔力を練りながら様子を見る。

 鉄の盾が動き出す。真っ直ぐに突っ込んできた。


(なるほど、防御を兼ねた攻撃ね!)


 横に跳ぶネオン。同時に3節ほどの中級魔法を詠唱する。

 対して零弥、ネオンの魔力が高まり精錬されているのを感じ取りながら、其の魔力を追っていた。


(…右!)


 視界の右端に映るネオンの手はこちらに向けられ、魔法式は既に展開されていた。


「【雹散弾(iuse brosdent)】!」


 ネオンの手のひらから1本の大きな氷柱が飛び出す。零弥はそれを避けようと、鉄板を蹴って反転したが、零弥の近くに来たその時、ネオンがその手を一瞬握り締め、開くと同時に、氷柱にヒビが入り、その場で爆散した。


「避け…っ!」


 四方八方に飛び散る氷の礫は、零弥のいた場所を余すとこなく蹂躙した。

 地面を転がるように受け身を取る零弥。その両腕両脚には、真っ赤な痣ができていた。

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