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夜は明けて・・・⑤

 リングの上に立ち、戦闘準備をする クロムを眺めながら零弥は順番待ちの列に並んだ。その横に座った人物に眼を向けると、零弥は口を開く。


「俺の相手、お前だったんだな。ネオン。」

「うん、よろしくね。レミ君。」


 試合相手としての挨拶を交わすと、ネオンはクロムに眼を向けて話し出した。


「レミ君、さっきクロムに、何を教えたの?あれ、魔法制御練習でしょ?あんなに苦労してたのに…、」


 ネオンは、幼馴染であるクロムが魔法の制御ができないことをずっと気にしていた。過去には何度かそのことで口論したこともあった。

 だから信じられなかった。出会ってから2ヶ月に満たない、しかも魔法教育もこれまで受けてこなかったはずの零弥が、何をクロムに教えられたというのか。


「クロムには、もっと肩の力を抜けって教えた。」

「肩の力を抜くって…?」

「適当にやれ、適度に手を抜けと言うよりは、わかりやすいだろ?

 クロムは、教えられた通りの量の魔力を使っていたが、それはクロムの魔力密度では過剰だった。それを教えられた通りの方法でなんとかしようと無理をしていたのが解ったから、やり方はそのままに、使う魔力を少し減らさせた。それだけ。」


 ネオンは、レミの発想に驚いた。これまで、クロムも、ネオンも、周りのみんなが、「自身の魔力を制御できないのは問題だ。」と考えていた。

 零弥が指摘したのはその逆。「自分の制御できる範囲で魔法を使え。」考えてみればその通りだった。


「レミ君って…時々、本当に異世界から来たの?って思わされることがあるよ。」

「そうかな?」

「うん。特に、零弥君の魔法の考え方は、私達の常識を超えちゃってる。」

「別に、俺はただリンさんに習った基本的なことを基に、こうしたらこうなるんじゃないかって予測して、これまではそれがたまたま当たっていただけだと思うよ。」

「でも、新しい魔法の構築だって、そんなに簡単にできることじゃ無いよ。」


 普通は2週間くらい悩んで、ようやく実験段階に入る。そこから体系化される実践レベルの魔法は、普通は1つ作るのに早くとも2ヶ月はかかるという。

 零弥は、この世界の魔法使い達の常識の埒外なことをやっているのである。


「んー、まぁ、俺の魔法はこれまで確認されてない属性だったなら、体系化できる必要は無いから、わりと適当で構わないんだよ。

 まぁ、今後同じ魂属性の魔法使いが現れたら、ほんの少しとはいえ先達の俺が教えてやることもあるだろうけど。

 さ、クロムの試合が始まるぜ。」


 零弥によって話を打ち切られ、2人はクロムの姿を目に映した。



 スタートラインに立ったクロムはバックルから黒い拳銃、夜葬を取り出す。

 ニヤニヤとした笑みを隠そうともしない相手、ラフマンは、刀身と柄の長さがほぼ同じ程の大剣を構えた。


「両者準備はいいな?」


 確認を取る男性教員。二人は表情は変わらず無言で頷いた。教員は後ろに数歩下がると手を挙げ、笛の音と共に振り下ろした。

 先に飛び出すのはラフマン。クロムは斜め後方へ飛び退った。

 互いの武器は大剣と拳銃。牽制で撃ち出されたクロムの魔力弾は、ラフマンが構えた大剣により防がれた。

 ラフマンは身体強化を用いて間合いを詰め、豪快な風切り音を立てて大剣を振るった。対してクロムも、身体強化をかけて間合いをあけて牽制射撃を続ける。

 幾度とこの応酬は続き、1分が経過した。


「どうしたリグニア?そんなんじゃ決着がつかないぜ?あぁ、お前には無理か。」


 ニヤリと嗤い挑発の言葉を投げかけるラフマン。

 しかし、クロムの内はいたって平静であった。劣等感からの悲嘆もなければ、対抗心の怒りもなかった。

 表情を歪めることもなく。クロムは、魔法の詠唱を開始した。


「黒の螺旋、反光の蛇よ、眼前の悉く削り喰らえ_」


 数節に渡る詠唱から、上級魔法だと理解したラフマンは、接近を止めて剣を構えた。

 しかし、クロムから魔法が放たれる兆候は見当たらず、クロムの持つ拳銃、夜奏の左側が、ぼんやりと幻光を放ったのみであった。


「…ははっ。なんだ、ポーズだけか。一瞬だけ焦ったが、やはり欠陥品は欠陥のままだな。」


 冷笑を浮かべてラフマンは、2節ほどの省略詠唱で中級魔法【爆炎砲】を放った。

 しかしクロムにうろたえた様子はなく。右の拳銃を構えると、呟くように再び詠唱した。


「閉じよ黒き城門、許されざる者通すなかれ_【黒渦の口門(negilacrus deccera)】!」


 銃口からは、真っ黒な魔力が渦を巻きながら広がっていく。爆炎砲はその渦の中に飛び込むと、黒い渦に飲み込まれるように中央に吸い込まれ、粉々になってしまった。


「なっ、なんだその魔法は!?見たこともないぞ!」

「・・・そりゃ、いままで人前で使ったことなかったし。」



 クロムの魔法を見た零弥は、ネオンにあの魔法について尋ねた。


「なんだあれ?防御魔法としては随分と大掛かりじゃないか?」

「うん、まぁ、あれ、そもそも対人戦で使うものじゃないしね。

 あれはクロムの家に伝わる一子相伝の秘術。クロムの家が武勲でのし上がるために生み出した秘策。対軍防衛魔法だよ。

 本来は、城壁なんかに穴が開けられたり、城門が突破された時なんかに、それ以上敵を入れないように門を塞ぐ為の魔法なんだよ。」

「なんでそんなものを今?」

「うーん…やっぱり、確認じゃない?あの魔法って、かなり複雑な制御が必要になるものだし。あれが使えるなら、クロムの魔法制御力は本物だってことになるから。」

「…なるほど。」


 しかし、そんなことのためにあれ程の魔法を使うだろうか?そのような疑問を浮かべたが、何か考えがあるのだろうと、零弥は再びクロムの試合に目を向けた。



 クロムの展開した魔法は、高等で強力なものではあるが、その本質は防御魔法であることを読み取ったラフマンは、再び攻勢に出た。

 ラフマンから繰り出される大剣による剣戟を、クロムは銃身で受け止め受け流し、あるいは避けて、銃撃を返していた。

 しかし、その動きに違和感を覚えているのは零弥だけではなかった。


「クロム君って、いつもあんな戦い方なの?」


 伶和は疑問を呈してクラスメイトの女子生徒に尋ねた。


「あんな?」

「クロム君の動き、なんだか左手を庇ってるように見えるんだけど…。」

「どれどれ…あ、本当だ。どうしたんだろ。さっきの魔法の失敗の反動かなあ?」


 少し注意してみればわかる通りに、クロムは右側からの攻撃は時には銃身を盾にして防ぐこともあるが、左の攻撃は場合によっては紙一重でかわす様な危ない動きである。

 零弥の方でも同じ様な疑問をネオンにぶつけていた。


「…ネオン、クロムのあの銃って、なんなんだ?」

「ん?」

「基本的な機能としては、魔力を溜め込んで魔力弾として発射するものだってのはわかるんだが、あれは、本当にそれだけのものなのか?俺にはまだ何かある気がする。」

「んー、概ねレミ君の言う通りだよ。あれは魔力を貯めて、それを銃弾に変えて放出する。撃ち出された弾は魔力に戻りつつ銃弾としての破壊力を持って攻撃する。機能自体はそれだけ。」

「機能自体は…魔力を…、魔力…」

「うーん、惜しいかな。レミ君ぐらい魔力を感知する能力があればわかると思ったんだけど。

 じゃあヒント!クロムが最後に左の銃を使ったのはいつでしょう?」

「えっと…なにかの魔法の発動をしようとして…でもそれは発動しなくて…」

「それをクロムは…ちゃんと詠唱してた?」

「え?省略詠唱とかってことか?」

「そうじゃなくて…最後までちゃんと詠唱してたと思う?魔法は魔法式とその定義を与えられて初めて1つの魔法になる。魔法式とはその魔法を機能させるためのもの。じゃあ定義は何で行う?」


 零弥はリンに教わった魔法の基礎を思い出してハッとした。


「じゃあ…クロムの狙いは…」


 次々と紙一重で躱され、制限時間も迫る。ラフマンは焦りを覚え、大きく薙ぐように大剣を振り抜いた。

 クロムは飛び上がるようにそれを避けると、左の銃を向けて一言呟いた。


「_【黒蛇咬】」


 銃口から撃ち出された弾が解け、魔法式を展開、それが蛇の形を持ってがら空きのラフマンの額当てに襲い掛かる。

 ラフマンは慌てて頭を左腕で庇うものの、クロムは軽く手首を動かすと、蛇は真下に向かい、懐にもぐりこんで胸当てのターゲットに噛みつき捻じれ、破壊した。

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