夜は明けて・・・④
「そ、それじゃあ…」
「クロムに言える解決策は、噛み砕いて言えば『手を抜け』ってことだ。と、思う。」
零弥の仮説はクロムにとって後頭部を殴られるような衝撃だった。
これまでクロムはなんとか自分の魔力を制御できるように制御練習を自主的に繰り返していた。零弥の意見は、そのクロムの頑張りをひっくり返す発言だった。
「そ、それじゃあ!俺がこれまで魔力制御で悩んできたのは無駄だったってことなのか!?」
そんなのあんまりだ。と言わんばかりに、クロムはレミの胸倉に掴み掛かった。周りのクラスメイトはクロムを話そうと駆け寄るが、零弥はそれを制してクロムの腕を掴むと首を横に振る。
「そんな訳あるか。クロムはこれまで自分が知らず知らずに背負っていたハンデに気づかなかっただけだ。そんなハンデを負いながら魔力制御練習を頑張っていた。
それはお前にとっては辛い時間だったろうけど、それで得なかったものが無いなんてこと、ある訳無い。
ただ、お前はもう2年も悩んだんだ。その重荷を2年も背負わされていたのに今気づいた。ならもういいだろ。それを脱ぎ捨てるだけでいいんだから。
もう一度言わせてくれ。今までやっていた魔法よりもほんのちょっとだけ込める魔力に『手を抜く』。
今までの感覚からすれば、使用する魔力量と制御意識に差が出来てやり辛いかも知れないけど、それに慣れることができたらお前は確実に一流魔法使いになれるんだ。」
普段軽口を叩くように人に接するクロムの本質的な生真面目さ。
それは、魔法の練習の時に一切手を抜かないが故に、教えられた通りの意識で魔力制御をするようになった。
しかし、クロムの魔力の質は、普通の魔法使いが扱おうとすれば御しきれないものであった。その差が、クロムの自信に傷をつけ、これまでの学園生活に暗い影を落としていたのだ。
これも、優秀すぎるが故に起きた悲劇といえるのだろうか?零弥はそんなことを考えながら、クロムを眺めていた。
服を引っ張られる力がふっと抜ける。
クロムは先程立っていた位置に戻ると、先程より肩の力をぬいて小さな魔力を生み出す。すると魔力塊はその場で一回り大きくなり、その場で滞空する。
その魔力塊の状態は、零弥の目でなくとも皆が素晴らしいものだと理解した。その場で乱回転する魔力塊は誰の目から見ても綺麗な円を描いていたのだから。
クロムは目をアーチの方へ向けると魔力塊を移動させ始めた。
1つ、2つ、3つ、4つ、そして、5つのアーチを一切の滞りなくくぐったあとも魔力塊はその形を崩すことはなく、その場に浮いていた。
今度はアーチをくぐらせながら手元に引き寄せる。クロムは震えていた。これまで何度やっても上手くいかなかった魔力の能動制御。それが、友人のアドバイス1つで、こんなにも自由に動かすことができる。
クロムは喜びの余り、魔力塊を空たかが知れ打ち上げる。そして空を自分の思い描く通りに飛び回る魔力塊を眺めていた。
やがて魔力塊はその魔力を放出しきり、姿を消したが、その時までクロムの制御が離れることはなかった。
「やった…やったぜ!レミ!見てたか!?俺も、魔法が使える!」
子供のようにはしゃぐ(中学生ともなればまだ子供だとは思うが言葉の綾である。)クロムに笑顔を返す零弥。そして、クロムに群がり自分のことのように喜ぶクラスメイト達。騒がしくする彼らは、教師からの一喝が飛んでくるまで止まることはなかった。
…
やがて、クロムは自分の番が近づいてきたので列に加わりに行く。
クロムに群がっていたクラスメイト達は今度は壁に寄りかかってしゃがみ、小型のノートに何かしら書き込んでいる零弥の周りに集まるように座った。
「すごいなレミ、なんであんな詳しくクロムの問題点がわかったんだよ?」
「なんか、クロムの魔法の動きが細かいところまで見えてたみたいだけど、そんなの普通できないぜ?」
周りで感嘆の言葉を次々浴びせてくるので、零弥はノートを閉じ、上着にしまうと、顔を上げて答えた。
「…答えてもいいんだけど、人によっては嫌な話だろうし、信じてもらえるかもわからないからなぁ。」
「勿体付けないでさ、とりあえず話してくれよ。」
「…それなら、まぁ。」
零弥は皆に、自分の目の事を話した。魔力がよく見える眼のこと。普通人には見えない魔力の色を見分けられることを。
「なるほど、それで零弥にはクロムの魔力の細かい挙動まで見えたのか。」
「…ってことは、零弥には俺達の魔力の違いも見えてるってことなのか?た、試しにさ、俺の魔力が何か当ててみてよ。」
1人がそんなことを言い出す。人の魔法能力を詮索するのはマナー違反だときいてはいたのだが、構わないというので零弥は、少しの間彼を眺めると、
「雷?」
と答える。伶和の魔力で見覚えのある色に似ていたのでなんとか答えられたのだが…、
「当たり!本当に見えてるのな!」
「いやまだだ!それなら俺はどうだ?」
こんどは先程のマイルという男子生徒。彼は複数の属性を持つようだ。見えたのは、燃えるような明るい赤色と、透明感のある藍色に近い色。そして、わかりにくいが黒が混じっている。
「火と、氷、それと…闇で合ってるか?」
「…正解だ。」
「えぇっ!マイルお前、闇も持ってたのかよ!?」
「まさかそこまで見破られるとは、侮ってたよ。」
周りも知らなかった事実を暴いてしまったようだ。零弥は小さく「なんか、すまん」と謝ったが、マイルからは気にするなと返された。
そして3人目の生徒が前に出てきた。その生徒を見て、零弥はおやと思いよく見てみた。
彼は風と水属性を持っているのだが、そこに、これまで見たどの色とも違う色が混じっているのに気がついた。
色合いとしては灰色なのだろうが、灰色としては色が濃い。それに、なんとゆうか目立たないようにするためなのか、周りの魔力の色をぼかしてモザイクのように隠れていた。
しかし、魔力に影などできるはずはないのだから、この色合いの部分はまた別種の魔力だろうと零弥は判断した。
「…俺の見間違いかもわからんのだけれど、風と水属性以外に、見たことのない色が混ざってるみたいだ。」
「うそ!まじで!?」
「なんだなんだ?また魔力隠してる奴がいたのか?」
「いやいや、俺も知らない魔力があるって零弥に言われたからさ。」
「なにっ?新しい属性か!?」
「いや、もしかしたらってだけで俺の勘違いかも知れないからさ。気になるなら念のためしらべてみるのもいいんじゃないかってくらいだから。」
すっかり興奮してはしゃぐクラスメイト達に、零弥も持て余し気味になってしまった。
ふと顔を上げると、クロムがリングに立っているのが見えた。零弥は、気になってリングに近づいていった。
…
時間は少し遡る。
クロムは列に並んで座っていると近づいてくる足音がした。
「おっ、ラッキー。俺の相手お前?こりゃ余裕だな。」
先ほどまでいねむりでもしていたのだろう。眠そうな眼をこすりながら来たその生徒は、クロムを見ると開口一番そのような台詞を口にした。
「なんで俺なら余裕なんだよ?」
「だってそうだろ?学年でも噂の欠陥魔法使いってさ。いくら魔力が強力でも自分で扱えないんじゃ話にならねえよ。上位の魔法が使えない欠陥野郎なら、あとは魔装器にさえ気をつけりゃ、なんてことねえよ。」
そう言い切り、ニヤリと嘲りを浮かべて前を向く。
クロムは黙って聞き流した。昨日までの自分だったなら、何も言い返せず、奥歯を噛みしめるのみだったろう。だが、今は、少なくとも今日は違う。とにかく今は落ち着いて、リングの上で目に物を見せてやろうと、眼を閉じるのであった。
…




