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はじめての異世界人②

 病室の扉を開け、飛び込んだトリンの見たものは、身体中から膨大な魔力を吐き出しながら胸を抑えた零弥と頭を抱えて転がる伶和の姿だった。


「あ…っつぅ…」


 息が荒く、大量の汗を流しながら、炎のような紫色の魔力を吐き出す零弥。


「い…痛い…」


 頭を抱え、涙を浮かべ、周りを侵食するかのような七色の光を放つ伶和。


(これは一体なんだ?この2人のどこにこんな大量の魔力が…、いやそれより今はこの状態をなんとかしなければ!)

「おい!2人とも聞こえるか!?聞こえるならこっちを見てくれ!」


 トリンは言葉が通じないという事実を忘れ、2人に話しかけた。


「っ!先…生…?」


 零弥と伶和は、辛そうな表情をトリンへ向ける。


「よし、2人とも、まずは深呼吸で呼吸を整えるんだ。そして、自分の魔力を感じ取れたら、それを噴出している穴を閉じていくイメージを持って魔力を抑えろ。」


 トリンが指示したのは、魔法力に目覚め始めた子供がよく起こす魔力暴走を止める応急処置。本来零弥や伶和のような年齢ならばそうそう起きることのない事態だが、症状はそれに酷似しているため効果は見込めると判断した上での指示だ。

 零弥と伶和は深呼吸を始める。すると、あっという間に2人の魔力は縮小し、2人を覆う程度になった。呼吸が安定し、やがて魔力は見えなくなる。

 気分が落ち着いたところで、零弥はふと気付いた。


「あれ?言葉がわかる。」

「え?あ、そっか。」


 2人ともまだ日本語で喋っているが、先ほどのトリンの指示はきちんと意味を理解できていた。


「先生、ありがとうございます。」

「ありがとうございます。」

「いや、それは構わないが…。君達、言葉がわかるのか?」

「えっと、最初は混乱してて…。今は、ちゃんと理解できてます。」


 零弥はサラリと嘘をついたが、状況を照らし合わせれば、辛うじて通る内容だった。


「そうか…、まぁいい。今夜はもう寝なさい、詳しい話や精密検査は明日行う。今夜はじっくり体を休めることだ。」


 トリンはその言葉に納得し、部屋を出て行った。その扉が再び鍵を閉められると、2人はベッドに潜り、声を潜めた。


「これが…魔力。魔法を使うものの持つ資質の証明か。」

「なんか…今の私、私の身体じゃないみたい…。」


 各々の感想を抱きながら、魔力の大量放出の影響か、2人とも気付いた時には眠りについていた。


 翌日、2人が別室で精密検査を受けている頃、診療室でトリンはリンに、全体的な話をしていた。


「では、2人は、精神的な理由で魔法が自由に使えないということか?」

「あぁ、昨日も2人の身体検査をしていた時、2人の身体には傷が目立った。しかも、シャツに隠れるような痣や点のような火傷、おそらく、虐待か何かによるものだろう。」

「そんな…それで心に傷を負った2人は魔力の制御が上手くいかず、検査で正しく測れず、昨晩は暴走させたと言うのか。」

「この手の症状に陥った魔法使いは、事例は多くないが世界的には観測例はある。

それによると…、」


 トリンは一瞬口ごもり、暗い顔で告げた。


「ほとんどの患者は魔力暴走で死亡、もしくは廃人になってしまう。」

「そんな…。」

「そうさせないためには、徹底的なメンタルケアが必要になるのだが…問題はここからだ。」

「問題?」

「あぁ、ほとんどの患者はそのメンタルケアを受けたがらない。理由は単純、メンタルケアを受けるということは、心の傷を開く可能性があるということだからだ。」

「メンタルケアを受けなければ治らないが、メンタルケアによってむしろ悪化する可能性があると?」

「悪化する可能性の方が高い。そして、医師の側も強くは言えないんだ。もしそれで悪化して、患者が死亡したりすれば、責任を問われるのは医師だからな。」

「それじゃあ…処置なし、ということか?」

「残念だが、彼らを強く刺激しないように尽くし、時間による回復を待つか、現在の状態を維持し続けるしか、ないだろう。」


 苦い顔を見せるトリン。彼としても本望ではないのだろう。リンも、深刻な顔で考え事をしていた。


「私に、任せてくれないか?」

「君が、あの2人を預かると?」

「あぁ、成り行きとはいえ、拾ったのは私だ。それに、どのような形であれ結局2人には魔法適性があったのだろう?」

「あぁ…、だがまさか、あの2人を?」

「そうだ。2人は私が全力でサポートする。それに、トリンの話を信じるなら、彼らはとても優秀な人材だ。その才能を閉じ込めてしまうのも惜しい。」

「それはそうだが…しかしまだまだ精神的にも発展途上な子供ばかりのところにいては、ストレスが余計に溜まるのではないか?」

「そこは私の腕の見せ所さ。これでもお前の娘の担任だ。担任教師と保護者は信頼し合わないとな?」


 リンは不敵に笑った。



「えっ?あんた、今年で23歳なの?」

「そうだぞ。お前達より歳上なんだからちゃんと敬意を持ってだな…呼び方もあんたじゃなくてリンさんと呼べ。」

「すみません、リンさん…」


 無い胸を張って腰に手をあてフンと鼻息を上げる彼女の姿に、小学生の前習えを重ねた零弥は、ついこみ上げる笑いを口を覆って隠した。それに対し何か無礼を感じ取ったリンが振り返ると、真面目くさった顔で前を向いている姿になったもので、隣で伶和は苦笑いを噛み殺すという、なかなか高等テクニックを披露して見せた。


「さぁ、ここが私の実家。そしてお前達の新しい家だ。」


 リンが連れてきたのは彼女の実家セシル家の邸宅(つまり彼女のフルネームはリン=セシルである)だった。

 彼女はトリンからの忠告で両親の話には触れ無いほうが良いと言われていたので、2人には前置き一切なく、今日からセシル家で引き取る旨だけを伝えて、ここまで連れてきた。もちろん2人の意見は聞いて無いし聞いても聞かなくてもどうでもよかった。

 そこは結構大きな邸宅だった。もちろん大きかったのは家そのものであり、玄関先はアダムでの普通の一軒家レベル。しかし、その意匠は西洋の中流階級以上のそれだった。

 中に入ると、メイドがお出迎え、などということはなかったが、全体的に隈無く掃除が行き届いている感じから、おそらくホームシッターのような人が掃除をしているのかと思われた。

 居間に入ると、天井は高く吹き抜けになっており、どうやら上の通路に各個室が作られているようだ。


「あの、もしかしてリンさんの家って、貴族ですか?」

「ん?うーん、貴族、と言うのかな?一応父上は上級とは言わんが官僚としてそれなりの地位にいるが…」


 どうやら一応は上流階級の家らしい。家がそこまで馬鹿でかくないのは、そうゆう風潮らしい。

 自分たちがイメージするような貴族の大きな屋敷レベルになるのは、この国でも三大名家と呼ばれるグラネスト家、リグニア家、フリーセル家の本家の屋敷ぐらいだそうだ。

 それ以外の家では、豪商の家でもなければ、街中に巨大な屋敷は構えない。そうゆう場所は、郊外に立てるのが貴族達の間での流行りなのだそうだ。


「だからといって父上からそのような屋敷があると聞いたことはない。山と別荘はあるらしいが。」

「…十分すぎるほどすごいですよ。」


 サラリととんでもないことを口にしたリンに伶和が冷静にツッコミを入れた。

 もちろん零弥達の基準はただでさえ狭い日本では山を持つというのは昔からの遺産か、とんでもない富豪かのどちらかである。一方ここはかなり大きな大陸で、そのへんにある丘と森の集合を山と呼べば、ある程度の私有地を持つ程度普通といえば普通なのかもしれない。どちらにしても庶民には真似できないが。


 シャンデリアを眺めながら階段を登り、小さな個室に案内される。


「ここは普段客間として使っていたんだが、正直そんなに使わないからな。好きに使うといい。」

「わぁ、ありがとうございます!」

「レミはこっちでいいか?」

「いいんですか?いきなり身一つで押しかけて、居候までして。」

「遠慮するな。これから同じ屋根の下に住むんだ。私たちはきょうだいみたいなもんさ。」


 リンは特に他意も無く、感じたことを言っただけだった。

 しかしリンはハッとした。この2人の過去はわからない。しかし、今ある情報から推察すると、彼らには「家族」の話はタブーだった。


 見ると、零弥の目から涙が溢れていた。伶和は背中越しだが、目を擦っているのが見える。


「あれ?涙が…おかしいな。」


 2人の中では、きょうだいと聞いて一体どんなことを思ったのだろうか。それを知る術は今のリンにはなかった。

 だが、今のリンにもできることはあった。リンは零弥の手を取り、ぎゅっと包み込むと、


「レミ、レナも、頼ってくれていいんだぞ?むしろ、頼ってくれ。」


 この2人の姉になれれば、リンはそう願うのであった。

6/7:双子のプロフィール説明の部分を削除。

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