夜は明けて・・・②
零弥とスカンジルマの衝突した事件から1週間が過ぎ、零弥と伶和の2人は、クラスに戻ってきた。
当然の事だが、クラスメイトの2人への距離は少し開いてしまった。しかし、零弥達がいない間、クラスの中の人間関係も大きく動いたのである。
まず、スカンジルマが停学になったという事で、当然ながらスカンジルマのクロムへのいじめは止まった。そして、当のスカンジルマもいない事も相まって、あの事件の翌日、登校したクロムには、何人ものクラスメイトが謝罪をしに来た。
スカンジルマを恐れたが為にいじめの片棒を担ぐような真似をした事。これまでそれを解決しようとしなかった事に対してだ。
クロムにとっては、その変化は意外なものであった。なぜこのような変化が起きたのか、一瞬分からなかったのだ。
しかし、その答えはネオンは昨日女子寮で聞いてすでに知っていた。昨日、クロムが零弥に語った話を、みんな聞いていたのだ。そして、気づいたのだ、自分達の愚かしさに。
勿論、スカンジルマは辺境とはいえ爵位を与えられた貴族の子息だ、その大半が一般の家庭から来ている多くの生徒からすれば貴族の持つ権力には逆らえないと思う。
しかし考えても見れば、それがスカンジルマが威張り散らす理由になるのだろうか。答えは否。この学校ではそもそも、実力こそが求められるすべて。極論すれば、成績の良いものが正義である。スカンジルマは魔法能力も普通程度で、学業成績の部分で見れば下の上程度。クラスメイトの半分ほどは同じ程度に実力はあるし、学業成績も彼よりいい。
その中にはクロムだっている。とゆうかクロムは学業成績は上の下程度を常に維持する秀才(ネオン曰く授業を聞いてるだけでテストに答えを書けるクロムは天才である)なのだ。たかだか魔法制御が下手な事など、彼にむしろ人間味を与える程度である。これで魔法も完璧なら、別の意味で浮いたかもしれないが。
ともかく、考えるほどに、クロムを嘲笑うスカンジルマ、そしてそれを止められなかった自分達が愚かであったと、今回の件で気付かされた3-Cクラスのクラスメイト達は、償いの気持ちでクロムに謝罪しに来たという事だ。
「本当にごめんなさい!2年間もクロム君とスカンジルマを放ってたことは、許される事じゃないと思うの。
でも、謝らせて欲しい!償わせて欲しいの!そうで無いと、自分が許せなくて…。」
「・・・仕方ないだろ。下手に関われば、次の標的にされるかもしれないんだから。俺なんかの為に、学生生活に支障をきたすような事はしないほうがいいさ。俺だってみんなの気持ちぐらいわかるさ。」
クロムの言葉を聞いて、同意と申し訳なさでそのクラスメイトは動けなくなってしまった。まだそんな卑屈な考えが自分の中に残っているのかということに、これ以上口が開けないのだ。
「でも、ありがとうな。そこまで考えてくれてるなら、俺からも一つ提案だ。これさえやってくれたら、これまでの事は全部水に流せる。」
クラスメイトは、大きく目を見開いた。クラス全体が静かになってクロムの次の言葉を待った。
「レミと、レナちゃんを、迎え入れてやってくれ。
あの2人は、生まれた環境が俺達とは少し違って、不安定なんだ。今回の事件も、スカンジルマがたまたま地雷を踏んだから起きたようなもんでさ。
2人とも、本当はみんなと仲良く、穏やかにやっていきたいだけなんだよ、きっと。
だから、どうか、2人を怖がらずに、クラスメイトとして、受け入れてやって欲しい。」
頭を下げて頼むクロム、その横でネオンもお願いと言ってお辞儀をしていた。
…
このような経緯があったので、少しギクシャクしてはいるものの、クラスメイト達は零弥達に下手に距離を置く事もなく、かと言って奇異の目で近づき過ぎる事もなく、まるで前からそこにいたかのように用があれば話しかけ、昼時には軽い声で昼食に誘われるくらいにはなったのである。
そうして、その日の午後、今度こそ、零弥と伶和にとっては初めての魔法演習の授業が始まった。
その日の課題は、2週間に一度行われる、生徒同士の模擬戦であった。
このあいだとは打って変わり、春らしい暖かな陽気に包まれていた。そんな中で、零弥達中等部3年生は屋外演習場の一角に集まった。
屋外演習場には、他に3クラスが合同で来ていたが、いずれのクラスも、遠巻きに零弥と伶和を伺い見る視線が多かったが、努めて気にしないように無視していたら、教師が来た。
そのうちの1人が前に出て説明を始める。
「それではこれより、対戦形式の戦闘演習を行う!
今回のルールは、これより配られる胸当ておよび兜に付いたターゲットのどちらかを壊すか、参ったと言わせること。
相手に重度の怪我を負わせるような攻撃をしたり、重大な危険が伴う事態であると教員が判断した場合、即刻試合は終了とさせる。悪質である場合、厳重注意を行うのでそのつもりで!
それでは、箱の中のくじを一枚引き、書いてある番号の若い順に並べ。10番以降は試合の様子を見ながら随時並ぶように。」
その教師の後ろにいた3人は、それぞれ箱を抱えているが、どの箱からくじを引いても良いようだ。
くじを引き終えた零弥にクロムが寄ってくる。
「何番だ?」
「…19番だな」
この場にいる生徒数はやく120人。全部で60前後のペアができるはずなので割と早い方であった。
振り返ると、伶和が青い顔をしており、ネオンが慰めていた。
「どうしたんだ?」
「あ、レミ君。レナちゃんがね…、」
「お兄ちゃんどうしよう…。」
レナの震える手に握られた紙には、「1」と書かれている。ある意味最悪のカードかもしれない。
「伶和、まずは落ち着こうか。ほら深呼吸。」
「スー…ハァ………」
「どうだ?」
「うん、大丈夫。」
「まぁ、無理しないで。勝とうとかいいとこ見せようなんて考えなくていい。
さっき言われたルール通り、相手の防具のターゲットさえ壊せば大丈夫だから。」
零弥はそのように宥めると、伶和は不安な面持ちこそ残っているが、だいぶ落ち着いて頷くことができた。
「では、1番から3番の生徒から各リングに入れ!各試合、制限時間は5分だ。」
伶和は零弥に背中を押される形で1番リングに入っていった。
観衆がざわめく。今年から入った噂の編入生で、1週間前の事件の中心人物の1人。その少女の最初の模擬戦だ。
皆の注目を背中に浴びて冷や汗を流す伶和。相手は、学年の中では少し背が高めの男子生徒。
立会の女性教師がそれぞれに名前を聞く。伶和の名前を聞くと、教師も「あぁ、あの子が」という顔をした。
2人が所定位置に立ち、お辞儀を交わすと、男子生徒の方が、何処からともなく鞭を取り出した。
「ひっ…なにあれ!?」
「レナさん、どうしました?…あれは彼の魔装器ですよ。レナさんも装備してもいいのですよ?」
「え…?ま、まそーき?って、なんですか?」
「あっ、もしかしてまだ魔装器を作ってないんですか?それなら仕方ありませんね。
よかったら、デニア君に魔装器をしまってもらっても構いませんが…。」
「っ…いいです!私、このままやります!」
「そ、そうですか…分かりました。」
教師は伶和から離れ、所定の位置に戻る。そして、手を挙げると、ピリッと、空気が引き締まる感触があった。
「…始め!」
振り下ろされる手と共に合図が出される。
男子生徒、デニアの体が弾けるように伶和に向かう。そして、鞭を振るうと、その鞭は水を纏って正確に伶和の額当てのターゲットに向かって躍り掛かってきた。
「いやっ!」
伶和は咄嗟に手を掲げ、光属性の障壁を無詠唱で張った。
簡単な障壁の魔法は、セシル家で魔法の練習をしていた時、零弥の提案でいつでも使えるようにしておけるよう鍛えた魔法だった。
障壁に鞭は当たり跳ね返る。しかし、それだけでは終わらない。デニアは鞭を持たない左手の平をこちらに向けると、
「堅く、穿て_【水晶弾】!」
略式詠唱による、高圧の水の塊を伶和に飛ばす。
「跳ね返して!【跳弾土壁】!」
対して伶和はまだ若干テンパり気味なのか、略式詠唱というのもおかしいような、むしろ詠唱破棄に近いやり方で土の壁を自分と水晶弾の間に作った。
跳弾土壁に当たった水晶弾は、そのゴムのような壁に跳ね返され元の術者へと飛んでいく。それをデニアは驚き交じりにも鞭で跳ね除け、そのまま切り返すように再び鞭をしならせた。
「なぁ、レナちゃん大丈夫か?」
「大丈夫じゃないだろうな、そりゃ。」
伶和は試合開始から2分弱、防戦一方であった。
「なんかさ、明らかに動きがぎこちないっていうか、その場凌ぎな感じがする。」
「その場凌ぎだろうな、あれは。まぁ、あんなもんだろ。」
そこに来て、初めて伶和が攻勢に出た。
展開されたのは雷属性の移動用魔法【電道】。魔力で展開される道を、高速で移動する。
そして、相手の斜め後ろに着くと、詠唱破棄による【風刃】の連続射出。
「弾け、押し流せ_【波濤衝】!」
しかし、背後からの攻撃は予想の範疇内か、デニアは背後をしぶきを上げる激しい流水で覆い、風刃を押し流し、同時に波で伶和へと襲いかかった。
波が伶和へと押し寄せる。波は伶和にぶつかり砕ける。
「っ…!」
零弥は目を見開き、動揺を見せる。クロム、ネオンも固唾を飲んで見守る。
波が引いた後、伶和が地面に座り込んでいた。顔はうつむき気味で、肩で息をしている。
「あれは…もう降参したほうがいいんじゃ…。」
「伶和次第、だろ。」
「レミ、さっきから随分と答えが適当なんだが…。」
「と言われてもだな。俺も伶和も、魔法での戦闘なんかやったことないんだから見たままのことしかわからないさ。
特に伶和は、ケンカなんて俺がやらせなかったし、実戦経験なんか皆無なのに、いきなり魔法戦に放り込まれてるんだ。その場しのぎでもここまで耐えたことを褒めてやるべきさ。」
でも、と零弥は付け加える。
「ここで勝たないと、負癖や魔法への怖れが残ってしまわないか心配だな。」
だが、だからと言ってこの状況で伶和が勝つにはどうしても経験が足りない。戦闘における常識というものが、伶和にはないのだから。
だから、勝機があるとしたら…それは定石の裏をかけるかどうかである。要は相手の思いもよらない反撃を与えられるかだ。
(伶和…がんばれ!)
…




