魔法の学び舎(12)
「あーぁ、やっちまったなぁ…。」
零弥は浮かない顔を浮かべていた。零弥の言葉に後ろから声を掛けるクロム。
「さっきのことか?まぁ、事情を知らない奴から見れば、いきなりレミが殴りかかった絵面だったしなぁ。」
しかも、今回は結果的には一方的に零弥が殴っただけなので、スカンジルマが真実を述べない限り非があるのは零弥だけである。
あの教師が問題にしなければ良いのだが、
「あいつの性格からして、次に移る行動はリンちゃんか誰か、教師への告げ口、だろうなぁ。」
十分にあり得る話である。今回の一件、スカンジルマにできる最も簡単な反撃または復讐としてはそれが最も手っ取り早い。
「・・・あれ?」
零弥は違和感に気付いて後ろを振り向く。クロムもつられて振り向くが、後ろには特に誰もいない。
「どした?って、あぁ、ネオン達が…。用でもあったんだろ。ってレミ!?」
クロムが再び前を向いた時、零弥の姿は既になかった。
クロムは特に気にした様子はなかったが、スカンジルマの性格、考え方のレベルを考察すると、零弥は2つのパターンを浮かべていた。
理想は、何事もなく伶和とネオンもただ別行動しているだけ。現実的に見て、スカンジルマがある程度普通なら、このパターンで今頃先生への告げ口を考えているだろう。○フォイならそうするはずだ。
しかし、もしスカンジルマが冷静さに些か欠ける性分なら?即決的に行動を決定したがる人間ならどうするか?零弥は経験からその答えを知っていた。そして、頭の中で展開される学校の見取り図から、零弥はあるポイントに向かっていた。
階段を飛び降りる。そして、二階の廊下を走り出した。
この学校のルールとして未使用の教室の扉は開け放される。そして、零弥達の教室のある3階の扉は開いているところには誰もおらず、閉まっていても、中から人の声や気配が多くあった。そして、一階は特別講義室、薬学実験室、職員室などがあり、ここは鍵をしっかり掛けて管理される。
ならば、地下にある屋内演習場から3階までの間で、用途不明の可能性のある教室は二階(中等部1.2年)にしかない。
(そして、この時間で屋内の魔法演習の予定があったクラスは少なくとも確実に人はいない。いるとしたら、そこだ!)
零弥は中等部2年C組の教室の前で立ち止まった。扉は閉まっていたが、人の気配が感じられない、もしくはとても薄い。が、中から荒らげられた声は聞こえる。
(やっぱりあいつら…)
零弥がドアに手をかけたその瞬間、異変が起きた。
絹を裂くような悲鳴、ドア越しにも感じるほどの虹色の魔力の奔流。伶和のものだ。
人は自分にとって最悪のケースを思い浮かべてそれを阻止するべく動くが、今回のケースは、零弥のそれを超えていた。
「伶和!!」
ドアを開け、部屋に飛び込む零弥の視界は、虹色で埋め尽くされていた。
まず目に映ったのは、奥の方の通路で倒れているネオン。誰かの制服の上着で猿轡をされているのを解いて尋ねた。
「ネオン、大丈夫か!?」
「う…レミ、君。レナちゃんが…」
ネオンの指差す方向には、うずくまり、頭を抱えて震える伶和の姿があった。
「伶和!しっかりしろ、伶和!」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・許して、離して、お願い・・・」
目の焦点があっておらず、うわ言のように同じ言葉を繰り返す伶和。この状況は、覚えがあった。
周りにはスカンジルマの子分達が倒れている。伶和の魔力によって魔力酔いが起きたのだ。保有魔力の多いものなら、ネオンのように強く気分が悪くなるだけで済むが、子分達は耐え切れずに気絶したようだ。
「ネオン、どうしてこんなことになった?」
零弥の声の温度に、ネオンは背筋が凍るような感覚になりながら、記憶を少しずつ反芻するようにポツリポツリと話し出した。
…
零弥とクロムが話しながら歩いている後ろで、伶和は雨のせいか先の一幕のせいか、体調が悪そうであったので、ネオンは伶和を連れてトイレに向かった。これを見たスカンジルマは姦計を巡らしたのだ。
トイレから出て階段に向かい、二階に来たところでスカンジルマ達に捕まり、近くに空いていた教室へ連れ込まれた。
「ちょっとあんた達、いくらなんでもやりすぎよ!貴族だからってやっていいことと悪いことぐらいわからないの!?」
「ふん、相変わらずやかましい女だな、おい、口を塞げ。」
それで、ネオンは猿轡をされたのだ。
「ネオンちゃん!ねぇ、狙いはお兄ちゃんでしょ!?ネオンちゃんは関係ないんだから放してあげてよ!」
「そうはいくか。先生のところに行かれたら面倒だからな。それにこいつには個人的な恨みもある。」
そういって、スカンジルマがネオンに手を伸ばしたところに、羽交締めこそされていたが足は動いた伶和はスカンジルマに蹴りを入れたのだ。ついでに伶和を羽交い締めしていた子分の脛にも踵が入った。
「ぐおっ!」「いてぇ!」
脛を撃たれて怯む子分、その隙に伶和は羽交い締めを解いてネオンのもとに向かおうとしたのだが、スカンジルマに手首を掴まれたのだ。
…
「そこから先はもうわからない。目の前が真っ白になって、頭がぐるぐるして、次の瞬間にはレミ君の声が聞こえてきたから。」
ネオンは戦慄していた。話を進めれば進めるほど、零弥の表情は硬く、冷たくなっていったからだ。
「ご、ごめんね、レミ君。わ…私が…」
「…」
「えっ?」
何語かわからないが零弥は何かを呟いた。
そして再び伶和の方を向くと、伶和の肩に手を置き、額を合わせた。すると零弥からこれまで全く感じられなかった魔力が急に現れ、伶和を包み込んだ。
《伶和、俺の目をよく見ろ。》
「お兄ちゃん…?ここは?」
《ここはイヴ、学校だ。》
「あれ…お父さんは?」
《ここにいるのは俺と伶和だけ。あいつらはもういない。もう怖いものはいないよ。》
「お兄ちゃん…怖いよ…。」
《怖い夢だったんだな。大丈夫、それは夢だ。もう一眠りしてごらん。そしたら怖い夢は忘れてしまえる。だから…おやすみ。》
零弥と伶和の会話はネオンにはわからない。零弥は念話で伶和の心に直接語りかけているし、伶和は伶和で日本語で返事をしているためだ。
しかし、伶和の目は落ち着きを取り戻し、瞼がゆっくりと降りていき、伶和は眠りについた。
零弥は上着を脱いで伶和の頭の下に敷いて寝かせてやると、フゥと一つ、息をついた。
「れ、レミ君。今のは?」
「もう大丈夫、とりあえず落ち着いたよ。」
たしかに伶和から溢れていた目眩がするほどの魔力はもう残滓を感じ取れる程度に収まっていた。
「ありがとう、ごめんね。私が勝手に…」
「気にすることはない。伶和を気遣ってくれたんだろ?むしろ気づかなかった俺達の責任だ。」
零弥は笑みを返したが、大分無理をしている風にも見えた。
それでもネオンがバツが悪そうにしていると、遠くからバタバタと慌てた足音が聞こえてきた。
「おい!一体どうした!?今の魔力は一体…レミ?何故ここに…レナ!!」
飛び込んできて、まくしたてながら早足で近づいてくるのはリンであった。そして、床で寝ている伶和を見て顔を青ざめた。
「レミ、これは一体どうゆうことだ?なぜお前達がこの空き教室で、あれだけの魔力場を発生させて、レナはここに倒れている?返答次第では謹慎は免れないぞ?」
リンの顔は半分保護者としての責任、半分教師としての責務に歪んでいた。
「先生、違うんです!レミ君は助けに来てくれて…」
「助けに?どうゆうことだ?」
「うぅ…」
どこからか聞こえる第三者の声に3人はその声の主を追った。リンが教壇の下を覗くと、スカンジルマが口を抑えていた。そして、その口から、昼食に食べていた肉やパンを茶や胃液とともに吐き出した。
「おぇえええ…、聞いてないぞ、あの女にこんな馬鹿げた魔力があるなんて。」
「おい、スカンジルマ。ここで何をしていた?」
「ん?うわっ先生!?なんでここに!?」
「それはこっちの台詞だ。答えろ。ここは今、競技場で魔法演習をしているはずの2年生の教室だ。そこになんで見学をしているはずの3年生がいて、レナが魔力暴走を起こして倒れている?
どうやら他にも一緒にいた生徒がいたようだな?お前達はここで何をしていた?」
「あ、えっ、と…その…、」
目が飛び出すかというくらいに泳ぐスカンジルマ、何か誤魔化す手はないかと辺りを探っているようだ。
そこに、零弥が近づいてきた。
「…レミ?」
零弥はスカンジルマの眉間に右手の人差し指を立てると、
「Reveal to truth.」
スカンジルマの目を覗き込み一言、そう呟いた。リンはその言葉の意味を理解した。しかし、それはこの世界では古代語。スカンジルマに通じるとは思わないのだが…。
「レミ=ユキミネが僕を殴った。」
突然、スカンジルマが淀みない声で、そう語り出したのだ。
「レミ?スカンジルマの言葉は…」
「間違ってません。俺は地下の演習場の見学中にスカンジルマを殴って、演習場を追い出されました。」
「何をやってるんだ…。」
「リンさん、続きますよ。静かに。」
そう言われてしまい、リンは押し黙ってしまった。スカンジルマの暴露は続く。
「ユキミネとリグニア、その妹とミクリが別れたのを見て、妹を人質にしようと考えた。
階段を登ってきたところを捕まえて、近くの空き教室に連れ込んだ。」
ここまでも、そこから先もネオンの言ったとおりである。
ネオンは拘束され、伶和が暴れたところを掴まえたら、魔力暴走を起こしたのだ。
「…事情はだいたいわかったが、なぜレナは魔力暴走を起こしたんだ?」
「おい、お前は伶和のどこを掴んだ?まさかと思うが、捻りあげたんじゃなかろうな?」
「…手首、捻った。」
その一言が出るや否や、零弥の反応は異常だった。
「テメェエエエエエエエエ!!」
スカンジルマの襟首を掴み、教壇を押し倒し、黒板が割れるほどの力で叩きつけたのだ。
「お、おい!レミ!やめ…ヒッ!」
静止を掛けようとしたリンであったが、次の瞬間爆発的に発生した零弥の魔力波によって近づく事が許されなかった。
「ア"・・ググ・・・ガ」
「ユルサネェ…テメェは、触れてはいけないものに触れた。
俺を殴りたいなら、やれるもんならやってみろ。だがな、伶和に手を出したテメェの結末は…モゥワカルナ?」




