魔法の学び舎(10)
午前の授業は3時間目までである。
3時間目のリンによる世界史の授業が終わると、皆空腹に耐え兼ねて思い思いに食事を摂りに行った。
普段であれば、弁当であれ購買の出来合い食であれ、屋外で食べる方が気持ちいいと出て行くのだが、今日は生憎曇り空、おそらく降るであろうから、食堂で食べるもの以外は教室で食べるようだ。
さて、零弥はと言うと、昼食はどうしようかと思い悩んでいた。
伶和は、手元に小さな布包みを持っている。今朝ネオンと一緒にサンドイッチを作ってきたらしい。
「俺も作ってみるかな…。」
「いいんじゃない?ところでお兄ちゃん、今日はどうするの?」
「正直考えてなかったな。朝はボーッとしてたし、クロムも毎日作るようなマメな性格じゃないだろ?」
「そうだねー。ネオンちゃんに聞いたら食堂とか購買もあるみたいだし行ってみる?」
そこまで話が進んだところで、零弥達がどうするのか聞き耳を立てていたクラスメイトを掻き分けて、とゆうか押し退けて、数人の生徒がやってきた。
「おい、編入生。」
「うん?何?ってゆうか誰?」
「フン、僕を知らないとは田舎者だな。まぁいい。僕はスカンジルマ=マウイザッピだ。編入生、」
「零弥=雪峰だ。」
「…レミ=ユキミネ、僕と一緒に来い。昼飯に誘ってやる。」
偉そうにニヤリと笑いそう言う真ん中の生徒、スカンジルマは、言わば、ずんぐりむっくりな体型である。見事な卵型の胴体に、太い手足とこれまたプックリ膨れた頭が乗った、わかりやすくデブであった。
誘いの言葉は上から目線で少し不愉快な感じではあるが、どうやら不慣れな零弥の様子を見て昼食に誘いに来たようだ。
取り立てて拒むほど不愉快になったわけでもないので、零弥は取り敢えず首を縦に振って立ち上がった。伶和も付いて行こうと立ち上がったのだが、
「お前は来なくていい。」
とスカンジルマが言うので、ショックを受けてしまった。
この辺りから零弥の機嫌は悪方へ傾いていったのであるが、初日から波風を立てても仕方ないと?み込み、伶和を撫でて、
「年頃によくある男女の隔たりってやつだ、気にしなくていいよ。伶和は伶和でクラスの女子と親睦を深めるといい。クロムとネオンもいるんだから。」
と慰めて、零弥はスカンジルマの後についていった。 零弥の両脇と後ろに他の生徒が並び、前にスカンジルマ。どこかへ連行されるのかと零弥は警戒をし始めながら、教室を後にした。
教室に残された伶和。
「編入早々に変なのに絡まれちまったなぁ、レミのやつ。」
クロムが歩いてきた。1時間目と2時間目の間にやったことは流石にネオンに怒られたので、そこそこ席が離れて座っていたクロムとネオン(きっとわかると思うが、クロムは後ろの端に、ネオンは前の方にいた)は伶和達のところに来るのが少し周りに比べ遅れていたのだ。
伶和の表情を確認すると、クロムはネオンを見やる。ネオンが慰めてやれというサインだ。
「レナちゃん、気にすることないよ。スカンジルマって、結構女子と関わるの嫌がるタイプなだけで、伶和ちゃんが嫌いってわけじゃないから。そりゃ確かにあいつの言い方はイラっとくるかもしれないけど。」
「つーか、わかりやすく上から目線だよな。ちっちぇえ田舎の伯爵のドラ息子なだけのくせにな。」
ネオンはスカンジルマのフォローを交えながら伶和を慰めていたのだが、クロムはハッキリと不快な表情で教室の扉を睨んでいた。
「・・・大丈夫かなぁ。」
「レナちゃん…。」
「なら、見に行ってみるか。レミの様子。どうせ食堂だろうしな。」
クロムの提案に頷く伶和の表情は堅い。いくら身寄りのなかった兄妹とはいえ、心配しすぎじゃないかとネオンは不思議に思ったが、藪蛇になるのも嫌だったので、黙って付いて行くことにした。
…
食堂で、零弥はスカンジルマとその他3人とテーブルについて定食を摘んでいた。定食といっても当然パンとサラダ、魚のソテーにスープという洋食仕様だ。
「…そうしたら妹がな、「兄上ばかりずるい」とつかみ掛かってくるんだ。だがな、おかしいと思わないか?…」
もちろん、食事中に終始無言というのも味気ない。当然ながら雑談というのが始まるのだが、このスカンジルマという少年、話しだしたら止まらなくなった。
父親の話、休暇中の武勇伝、気に食わないメイドへの愚痴と様々だ。そして現在、零弥も後はスープとパンを一切れのみといったところで話していたのは、妹と喧嘩をした話のようだ。
「…そしてあまりにもしつこいものだから思い切って突き飛ばしてやったんだ。そしたらビービーと泣いてうるさいのなんの。おまけに暴れて僕の大事な昆虫のコレクションのケースを壊しやがったんだ!許せないだろ!」
「…聞けばまだ5歳なんだろ?小さい子なんだから折れてやれよそれくらい。」
「いーや、そんなことで一々折れていたらあいつを甘やかすことになるね!
大体昨今の女は反抗的だ!うちのクラスのネオンってやつがいるだろう?あいつ、僕がちょっとクロムって奴を驚かそうとしただけでギャアギャアと文句を言ってきたんだ。ちょっと周りにいい顔してるからって偉そうに…。」
知り合いの名前が出てきたが、ここで無理に反発しても仕方ない。零弥は今後こいつとは距離を置こうと心のメモ帳に刻み、本人は放っておくことにして、残りのパンに噛り付いた。
…
「何よあいつ!どうせ前の学期の期末テストでクロムに奇襲をかけようとした時のことでしょう?あいつどう考えてもクロムに怪我させる気満々の詠唱してたわよ!」
「ネオン、落ち着け。レミにバレる。」
ネオンはスカンジルマの勝手な言い分に立腹の様子だった。クロムはそれより零弥に盗み聞きしてるのがバレないようにわざわざ斜め後ろのテーブルに他の生徒に頼み込んで相席させてもらっているのだ。静かにして欲しかったようである。
「それにその時のことは俺が感謝してるから、もう過ぎたことだし放っといてやれよ。あいつがそうゆう性分なのは知ってるだろ?」
「うーん…、わかったわ。」
クロムの努力の甲斐あって、ネオンの怒りは鎮火されたようだ。
…
(あいつら、なんであんなところでコソコソしてるんだろ?もしかして、心配されてるのか?)
零弥は零弥で、クロム達3人の事には気づいているようだった。
とりあえず一通り皿を空にしたところで、零弥は立ち上がった。
「おい、レミ=ユキミネ、どこへ行くんだ?」
「飯はもう食い終わったからな。まだ人は来るし、早いとこ立ち去ったほうがいいだろう?」
「ふん、どうせ僕たちが動かなくても周りが空けばそこに行くだろう?わざわざ僕たちが動いてやる必要はない。それに、ここなら周りはうるさいが茶は飲み放題だ。動くのは得策じゃないね。」
「じゃあいいや、俺は教室に戻るよ。誘ってくれてありがとうな。」
半ば呆れ気味に社交辞令を返して立ち去ろうとした零弥であったが、
「待て、一つ、大事な用事がある。」
とスカンジルマに呼び止められた。
「・・・なんだ?」
「お前、僕のグループに入れ。」
「グループ?」
急に妙な話になってきた。クラスには、グループというものがあるのだろうか?班のようなものはあるかもしれないが、それは、基本的に無作為に決めるものだと思っていた。
「まぁ簡単に言えば派閥だ。僕のグループはクラスでも最大の派閥だ。入って損はないぞ?」
つまり、よくある友達グループ、比較的よく一緒にいる特定の仲間ということだ。互いに互いを認め合い、困った時は助け合う、気の置けない関係であることが多い。
スカンジルマは、どうやら自身を中心としたコミュニティを築き、そこに零弥を入れようと今回誘ったらしい。
「あまり興味はないんだけど…、具体的に、どんなメリットがあるんだ?」
「そうだな、僕と行動を共にできる。お前の働きによるが、いろいろといい思いもさせてやる。
父上に頼んで美味いものや面白い事を体験させてやるし、僕の名前を使っても構わないぞ?
どうだ?魅力的だろう?」
スカンジルマの語りの間、零弥はスカンジルマでなく、周りの生徒の様子を観察していた。なんだか、疲れたような、それでいて可笑しな笑いを張り付かせた、澱んだ目をしていた。
「ふむ…そうだな。少し、考えさせてくれ。」
満足そうな表情のスカンジルマに零弥はそう告げ、その場を後にした。その際、クロム達に目を向け、ニッコリと笑みを向けると、伶和除く2人は、これまた引きつった笑みを返してきた。
…




