魔法の学び舎⑧
寮に帰り部屋に戻る。するとその中心に、がっくりと膝をつき悲嘆に暮れた猫がいた。
「…あれは一体?いやみなまで言うな。大体理解できる。」
「余りに気持ちよさそうに昼寝してたから放っておいたんだよなあ。」
零弥達の声に気付いたのか、猫の耳がピクッと動き、ピョコンと跳ねて二足歩行でこちらを向いてシャキンと背筋を伸ばして話し始めた。
「ニャニャッ、これはこれは失礼しましたニャ!
挨拶が遅くなりましたニャ。僕はヤグモ。この部屋のルームサービス担当をさせていただきます、アイルー族ですニャ。」
「おう、よろしくな。俺はクロムだ。んでこっちが…、レミ?」
「しゃ、喋った!?おいクロムどうゆうことだ猫が喋ったぞ!」
珍しく取り乱した零弥をクロムはうろん気に見ながら宥めることにした。
「落ち着けレミ、こいつはアイルー。猫型獣人族、ルオロイドの一種だ。」
「アイルー?ルオロイド?」
聞きなれない言葉を繰り返す。クロムはそれに答えるように続きを話す。
「ルオロイド(luoroid)ってのは人みたいに二足歩行をしたり、意思疎通が可能な獣のような姿の獣人族だ。
んで、こいつはその中で二足歩行ができ、俺たち人間の言葉も理解できる知能があるアイルーっていう猫の獣人だ。知らなかったのか?」
「あぁ、人間以外で言葉を話すのなんてオウムや九官鳥ぐらいしか知らないよ。」
「いやそいつらは人語なんか理解してないからな?」
クロムは呆れ交じりにつっこんだ。
ともあれ、いわば3人目の住人のようなものである。
「驚いて悪かったな。俺はレミだ。よろしくヤグモ。」
「宜しくお願いしますニャ。」
レミが喉元をくすぐってやると、気持ちよさそうにヤグモは喉を鳴らし始めた。
その晩はロビーでクロムと談笑しながらボードゲームを嗜み(ちなみに零弥の王手で3戦3勝であった)、時計の針が11時を回った頃にベッドに潜った。
いよいよ明日から新学期、本格的な魔法使いとしての勉強が始まるのである。一抹の不安と多分の興奮を胸に、零弥は眠りについた。
…
それはいつから自分の中にいたのだろうか。
最初はそんなものはいなかったはずなのだ。
しかしいつからか、気付いたら屍鬼累々の中に一人立っていることに気がついた。
何度か同じようなことがあった後、霞みがかった意識の中で、自分の身体が自分の意思とは関係なく、数多の敵を蹴り上げ、殴り倒し、投げとばす、そんな光景を見るようになった。
そして気付いた。自分の中にいる自分とは違う獣のようなものの存在に。
その頃から、零弥は伶和と肩を並べて寝ることを拒み、伶和には部屋に鍵をかけることを徹底させ、自身は物置部屋の中を寝床にするようになった。
…
その日の朝は、新学期の始まりの日としては少し残念な曇り空であった。ヤグモも髭がピリピリするとかで毛繕いを入念にしていたことからもきっと雨が降るだろう。
だからといって学校が休みになるわけでもないし、傘をさせば問題ない。上級生なら、自分の上方に薄い障壁魔法を展開して傘の代わりにするというテクニック(無精ともいう)を披露するらしい。
それはさておき、零弥達は予定通りに起床し、ヤグモの用意した朝食を食べ、クロムにネクタイの締め方を教わりながらも制服に着替えて登校した。
前にも話しただろうが、零弥達の部屋は7階にあり、そこからなら学舎と直通の連絡通路を使えば楽に通える。連絡通路を歩いている時、ふと横を見ると、エスカレーターよろしく階段を魔法陣に乗って昇っていくレナとネオンを見つけた。
「へぇ、あの階段って、本来ああやって登るのか。」
「あぁ、あれはな、証明証を翳すと起動する魔法なんだよ。」
「あぁ、あれなら下層階に住んでる生徒も楽だろうな。」
すると、伶和がこちらに気づいて手を振ってきたので手を振り返すと、クロムも不審に思ったのか、魔法で視力を強化して伶和とネオンを見つけて驚いた顔をする。ネオンも似たような反応をしていた。
連絡通路を渡り終え、クロムとは一旦別れて、伶和と合流することにした。
今朝、起きると一通の手紙が届いていた。宛名は零弥、差出人はリンであった。内容は『朝、登校したら8時までに職員室に来ること。編入生としての手続きがある。』とのこと。
昇降口で伶和、ネオンと合流した零弥は、途中でネオンとも別れながら職員室に向かった。
職員室前には壁に寄りかかって書類を読んでいるリンがいた。リンは二人を見つけるとピョンピョンと跳ねながら呼びかけてくるものだからついその愛らしさに破顔せざるをえなかった。
「おはようレミ、レナ、昨日は眠れたか?」
「えぇ、大丈夫ですよ。」
定例事項のような挨拶を交わし、リンはこっちだと職員室の扉を開いた。そして応接机の前のソファに二人を座らせると、リンは自身のデスクに戻り、二つの封筒を取ってきた。
それを二人に渡すと説明を始める。
「封筒の中身を確認しなさい。中に学生証、校則を始めとした注意事項の書類、入学証明書が入っているはずだ。」
封筒を開けると確かに、中から顔写真のついた金属製のカードが出てきた。続いてそれなりに厚い書類、そして一枚の紙が出てくる。
「学生証を入学証明書の空白部分に置いて、そこにあるペンで入学者の欄に名前を書いてくれ。終わったらその横に拇印を押すんだ。」
リンに言われるがままに2人は名前を書き、渡された針を親指に刺し、血が少しにじんだところで親指全体にのばして拇印を押した。すると、そこに書いた名前がそのまま学生証の写真の横に写し出された。
「よし、これで契約は完了、2人はこの学校の一員として登録された。
改めて言おう。ようこそ国立魔法学校ユリア学園へ。」
2人はリンに返礼した。リンに渡された手拭いで親指の血を拭い取ると、リンは次の話に移った。
「それでだ、2人ともHRは私の受け持つクラスになった。そして、レミの魔法実習の補習講師も私だ。レナはその日その日で各属性の使える講師が付くことになるからな。」
説明を受けてレミは納得を込めて頷いた。
昨日のイットの話からするに、特殊属性の持ち主に魔法を教えるのは、生徒、教師双方に精神的負担がかかる。どうすればいいかわからないからだ。生徒としては自分の才能に可能性をかけて入学したのだから勿論の事、教師としても何の成果も得られないというのは面子や自身の評価に関わる事態だ。その点においても、やはり互いに見知った顔であれば少なくとも赤の他人よりはやりやすい。
一方でレナは先例が一つしかない多属性の持ち主であるが、その実従来の魔法カリキュラム通りに教えればそれなりにきちんとした成果が得られることがわかっているのだし、それならそれぞれの属性に見識のあるそれぞれの教師が付いたほうが中等部2年までに学ぶような基本的な内容は十分であるということだ。
さてと、とリンは次の話題に移ろうとしたので零弥は意識を戻した。
「これからHRミーティングの時間だ、そこでお前達のクラスメイトと顔をあわせることになる。自己紹介をしてもらうから、考えておきなさい。」
そう言ってリンは立ち上がった。2人はそれについて行く。
道中、ふと気になって零弥は尋ねた。
「リンさん、」
「リン『先生』だぞ、レミ。で、なんだ?」
「先生、自己紹介って、魔法のことも言うものなんですか?クロム達と初めて会った時も属性について話してましたけど。」
「…はじめてなのか?まぁ、魔法教育は受けてなかったんだからおかしくもないか。
まぁ、通例はそうだな、自分のもつ魔法の属性を教えるというのは、相手を信用しているという証だ。だから、親愛の意味でも、属性を自己紹介に含めるというのはありかもしれん。
が、それも場合による。特に特殊属性など先例のない属性の持ち主は混乱を避けるために言わないことも多い。そこは好きにして構わないぞ。
よし、ついたぞ。2人はとりあえずここで待っててくれ。」
リンの指示に従い2人はそこで止まり、リンは扉を開けて中に入っていった。
…




