魔法の学び舎⑦
その後も買い物は続き、食材や小物、消耗品で零弥とクロムの両手は塞がってしまった。
中央広場の時計台は4時を指している。四人は買ったものを部屋に置くと、管理人宅に手紙を飛ばす。この街の中であれば、手紙のやり取りは皆空を飛ぶ。見慣れる頃には、授業も慣れ、落ち着きはじめるだろう。
返事が返ってきた。家の前に来て欲しいとのこと。四人は早速向かう。
「お待たせ。」
家から出てきたルビーの姿は、セミフォーマルなパンツスタイルのスーツであった。しかしそれはまるで男装の麗人とは遠く、女らしさというのも引き立てた服装である。街中を歩いていたらつい目を奪われるタイプの女性という感じだろうか。
その生来の妖艶さを社交的に押し固めたような姿に、男子は面食らい、女子は憧憬の眼差しを浮かべた。
「…こんばんは、ルビーさん。」
もっとも早くに復帰したのは零弥であった。それから数瞬遅れて、伶和、クロム、ネオンと続いて挨拶を口にした。
「それじゃ、行きましょう。」
どこへとは告げない。ルビーは商店街の方ではなく、家の裏に向かうように歩き始めた。疑問に思いながらも、四人はその後ろについていった。
「さぁ、ついたわ。どうぞ入って。」
管理人の家の裏を通り、細い林の中を抜ける道、そしてやがて、路地裏に入り、少し歩いたところにある曲がり角、看板も何もないが深紅の扉があり、ルビーは鍵を開けて扉を開く。
その店は、カウンターに椅子が8つ、小さなテーブルが2つ並んだバーだった。
「本当は酒場やバーに16歳未満を入れるのはダメなんだけど、うちのお店は私が同伴する条件でこっそり気に入った子を連れてきてあげるの。」
勿論お酒は駄目よ。と念は押されているが、ここにしか置いていないような変わったフレーバーのドリンクや、ラジムさんのお手製ケーキやルビーさん一押しのお茶も置いてあり、バーではあってもお酒以外でも楽しめるよう学生向けになっているようだ。
「ささ、カウンターにどうぞ。」
ルビーは零弥達を促すとカウンターの向こう側からメニューを見せる。
零弥達は思い思いのフレーバーのカクテルやドリンクを注文すると、ルビーの流麗な所作で用意され、乾杯とともに団欒がはじまった。
専らの話題の中心は、学校での生活のことだった。
例えば、この学校は学園とあるが、その実学校を中心とした学園都市である。都市というには自治体というものがなく、いわゆるご近所付き合いの集合体である。敢えて自治体というならば、学校運営そのものを担う理事会か、むしろこっちの方がそれらしいが、教師陣と生徒達によって構成される、生徒会と各種委員会だろう。
そして、都市であるがゆえに、必須となるのは、お金である。
この街に集まるもの達というのは、総じて商人である。何を取り扱うかは様々、とにかく学生達が欲しがるようなものを売りに来る。そうゆうもの達が集まってきているため、当然ながら学生達もそれぞれの必要に応じてそれらを買うのである。
先立つものがなければ生活はできないことに貧富の差は関係ない。さて、そのお金については、優しい、もしくは甘い親ならば、仕送りとして送ってくれるだろう。が、多くの生徒の親はそんな余裕はないのが普通である。故に働く、とどのつまりアルバイトである。ただし、それは高等部に上がってから。中等部生は、学校からお金を借りる、即ち奨学金である。その額一年ごとに30シンバル、日本円にして約15万円ほどになる。
ちなみに、この世界の通貨だが、鉄貨をルックと呼び、100ルックで銅貨エルン、100エルンが銀貨シンバルとなる。そしてその上に100シンバルで金貨のクレッド、そして1000クレッドで白金貨のスフィアがある。
なお、この世界では1スフィアあれば一生遊んで暮らせる。そもそもスフィア硬貨など、通常店で出しても対応できるわけがない。これは、大富豪が自分の持つ大量の金貨をどうにか管理しやすく出来ないかと生み出されたもので、世界に何枚あるか。おそらく100枚もないだろう。
「なるほど、奨学金か。」
「ただ、あくまで学校から貸し与えられる金だからな。いつかは返さなきゃいけない金だし、中等部の三年間はあんまり無駄遣いはしない方がいいよ。」
まぁ、どうしても必要ってときは俺に任せなと、クロムは不敵な笑みで言った。
「そういえば、レミ君とレナちゃんは、どこから来たの?」
ルビーがそんな事をふと思い出すように聞いてきた。実のところ、この質問は零弥と伶和にとっては、最も恐れていた質問の一つであった。何と言っていいのかわからないからである。
「えっと…多分、ベンゼンとか、ヨードのあたりだったかと。」
零弥はうろ覚えの世界地図で、太平洋北西側の日本によく似た形の島国の名前を告げた。あの辺に確かに国名は書かれていたが、幾つかあってどれだったか思い出せなかった。
いつか述べただろうが、この世界、大雑把な大陸や島の形はあまりアダムもイヴも違いはないので、零弥はかつての自分の故郷である日本周辺は見ていた。
「あー、なるほど確かに、零弥達って俺たちよりはそっちの方面の人種の血が濃いよな。」
「多分って?あの辺にある主な国といえば、ヨード、ベンゼン、モルと後は未開発の島々ぐらいよね。ベンゼンはかなり出入国の管理が厳しいって言うし、ありうるとしたら…。」
「あの、できたらあんまりその…。」
伶和が困ったような顔でしどろもどろに言葉を紡ごうとする。
「…!ごめんなさい。そうね、あんまり詮索されるのは嫌よね。」
ちょっとばつが悪そうにはにかむルビーであった。
突如、後ろで来店のベルが鳴った。
入ってきたのは、零弥達と同じ制服を着た金髪の少年であった。少年といっても、ルビーの案内なしにこの入り組んだ路地に入ってきたところから、ここに来るのは初めてではない、高等部の生徒だと思われる。
「こんばんは、ルビーさん。」
「あら、イット君、明日の準備はもういいの?」
「えぇ、大まかな段取りと、主席入学生との顔合わせだけですから。」
そう言って、軽い応答の末その制服の少年は零弥の隣に腰掛けた。
「彼の事は、クロム君たちならわかるわよね?今代の生徒会長のイット=チェル君よ。」
「こんばんは。高等部3年、魔法技術過程のイットだよ。」
「こんばんは。中等部3年、零弥=雪峰です。こっちは同じく3年、伶和=雪峰です。」
「…こんばんは。」
イットや零弥の例に習ってクロム達も自己紹介をしたところで、イットは半目でルビーを睨んだ。
「…ところでルビーさん、今日僕が来た意味、わかってます?ってゆうか伝えておきましたよね?」
「…そう言えばそうね。」
イットが物申したいことは、既にこの場の全員が察している。伶和などは、緊張で泣きそうな顔になってしまっていた。
なぜ中等部の生徒がここにいるのか、そう言いたいのである。
「はぁ…去年もウラン君たちを連れてきてましたし。」
そしてルビーには前科があった。おそらくそれ以前からもやっているのだろう。
「でもイット君は許してくれたじゃない?だからいいかなーってね。」
「う…まぁ、多分来年はパラジ君が生徒会長でしょうし、彼の性格からしても見逃してくれるかもしれませんけどね?やっぱり一応規律はあるんですから、せめて視察の日ぐらいはお願いしますよ。」
とりあえず自分のことは置いておいて、話を進めたようだ。
来年の生徒会長の候補の名前も出てきたようだが、伶和は疑問に思ったことをすぐに口にした。
「あの…次の生徒会長も、もう決まってるんですか?」
「ん?3年ってことは生徒会のシステムももう知ってると思ってたけど・・・。」
「そこの二人、今年からの編入生なのよ。編入試験の成績も凄かったのよ~。」
と、なぜか本人達すら知らない話を出してきた。どこから聞いてきたのだろう。
「そうなのか、ごめんね。それじゃあ説明するよ。この学校の生徒会の任期は1年間、2年の夏休み前から3年の春まで。
で、その選定方法は、前任の生徒会推薦で会長を決めて信任投票、あとは各役員を立候補者から面接で決定する。立候補がいなければ生徒会長が適当にスカウトするんだ。で、まぁ慣例的に次の生徒会長にしたい人をあらかじめ副会長にして育成してるんだ。」
2人は生徒会の基本システムは理解して、零弥は次の疑問に移った。
「会長、さっき視察って言ってましたけど、そんなところまで生徒会の役割なんですか?」
「うん、そうなんだ。困ったことに、この街には自治機関といえるものが正確には存在しない。だから、本来役人や警察が担うはずの役目を、職員会や生徒会で補う必要性があるんだ。
行政の中でも、デスクワークの大部分は教務主任を中心とした職員会でなんとかしてくれるけれど、街の見回り、店の視察、事件の解決なんかは生徒会執行部や風紀管理部を中心的な実働隊とした生徒会がやることもとても多いんだ。
まぁ、これも勉強だと思ってみんな頑張ってくれてるよ。」
そう言ってグラスに注がれたエールを半分ほど空けると、今度は好奇心を宿した目で質問を繰り出してきた。
「君達は編入生なんだよね?どんな魔法が得意なの?」
零弥は、自分と伶和の魔法について、簡潔に話した。イットは、伶和の基本7属性全てというところでは多少驚いていたが、それ以外ではわりと平静を保っていた。
「そうなんだ、やっぱり。」
自分達も当初驚いたからだろう。クロムとネオンは、その時のイットのそれほど驚いた様子のない様を見て不思議に感じた。
「あまり、驚かないんですね。割と珍しい事だと聞いていたんですけど。」
「うん、編入生って聞いてたからかな。
今の生徒会執行部にも高等部1年生からの編入生はいるんだけど、彼女も含め編入生は変わった魔法能力の持ち主が多いんだよ。まあ、当然と言えば当然かな。変わった魔法能力の子は普通は魔法学校に来ないしね。」
通常の基本7属性の持ち主ならば、その魔法は広く普及され、研究も進んでいるので魔法の習得は難しくはない。なので、学校に通えば比較的楽に魔法の才能を伸ばせる。
一方そうでないものたちは、自分達の持つ魔法力に気づかない、気づいていてもそれが何かわからない、それが魔法であり仮にその正体が分かっていても学校で学べる事は基本7属性が主であるため自分達にとって直接役に立たない。このような認識で、魔法学校には通うものがほとんどいないのである。
実は、この学校はそのような眠れる異才を発掘する事も国に与えられた使命の一つなので、出張の名目で職員を調査に出すのである。
実はリンはある地域の調査を終え、余った日を休暇に当てていた時に零弥達を拾ったのである。
「・・・ってことは、そうゆう特殊な魔法使いの生徒を教える人もいるんですね。」
「まぁね、担当の先生は大変だって。教え方がわからないってよく愚痴られるよ。」
「先生が生徒に愚痴を言うんですか…。」
後に当事者となるであろう零弥はまだ見ぬ担当者に同情を隠せなかった。
「…さて、そろそろ中等部生は門限の時間だね。案内してあげるから行こう。」
イットは勘定を済ませると立ち上がったので、零弥達も倣おうとしたが、ルビーに今日は奢りと断られてしまった。タダならそれに越したことはないと、零弥達は手を振るルビーを背に店を出た。
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