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魔法の学び舎⑥

「・・・」


 部屋に入り、とりあえず荷物をベッドの脇に置いたとき、零弥はそこに寝ている猫を見つけた。


「クロム、こいつは?」

「あぁ、アイルーだよ。獣人の一種で、人間と仲のいい種族の一つだ。ここでは、ルームサービスとして働いてるんだよ。

 掃除や洗濯だのは、こいつらがみんなやってくれるわけ。基本的に、去年担当していた生徒の部屋についてくるみたいだな。」

「てことは、クロムは去年もこのアイルーに?」

「いや、去年の俺の部屋の担当は、かなりの老猫で、もう引退するみたいなこと言ってたからな。こいつが後釜なんだろう。」


 それにしても気持ちよさそうに寝ている。起こすのも悪い気がしたので、そっとしておこうと零弥は考えた。

 そのとき、ふと、ルビーとの約束を思い出した。たしか、部屋の用事が済んだら管理人室においでとか。

 そのことをクロムに話すと、クロムは二つ返事で了解して、早速出掛ける準備をして部屋を出た。


「伶和とネオンも呼びに行こうか。」

「それなら、4階の連絡通路を使うか。」


 昇降機の下りに乗って4階へ向かう。そこから外に出る扉から出ると、なんだか、休憩所のような雰囲気の空間に出た。所々にテーブルと椅子、パラソルが置いてある。すでにパラソルをさしてその下で読書を楽しむものもいた。


「なるほど、ここなら風も気持ちいいし町を眺める景色もいい。休憩スポットとしては人気そうだな。」

「夏には肌を焼くために使うのもいるぜ。」


 世界が違えど、似たようなことを考えるものはいるのだなと、零弥はしみじみ、というほどの感慨では無いが感じるものがあった。


「ところで、わざわざ棟を分ける割には男女間で結構簡単に出入りできるんだな。女子寮は男子禁制かと思ってたけど。」

「基本的には、男子禁制だぜ。」

「えっ」

「ぶっちゃけ女子から文句が行かない限り怒られることも無いんだよな。」


 つまり、クロムが女子寮に入ったことでこれまで女子から文句が行ったことはないということであり、それは彼の容姿を鑑みれば当然のことであろう。

 そんな話は置いといて、二人は伶和とネオンの部屋についていた。

 零弥は呼鈴の紐を引く。この建物の防音機能は素晴らしく、呼鈴の音すら外に漏らさないものであった。


「は~い…ってレミくん!?なんで女子寮に…あぁ、クロムが。」

「えっと、まずかったかな?」

「今は人も少ないからいいけど、もっと人がいたら騒ぎになるわよ?…まぁいいけどね。どうせよく知らないままクロムに連れてこられたんでしょう?」


 本来、異性間の寮の移動の際は、まず用件のある相手に手紙を送る。部屋番号と名前を書いて飛ばせば勝手に飛んでいく。そしてそれに対しオーケーが帰ってきたらそれを持って許可証とするのである。

 しかしクロムは、それを面倒くさがったようだ。


「だって俺が用事あるっていったらネオンの部屋ぐらいしかないだろ?いちいち聞くのも面倒くさいじゃねえか。」

「それでも規則として決まってるんだから従いなさいよね。それに私が良くてもレナちゃんがダメって言う場合もあるでしょう。」

「う・・・。」


 さすがにネオンの言い分の方が筋が通っているのは認めざるを得ないようだ。


「それで、どうしたの?まだおやつにも早い気がするけど。」


 零弥は手短にルビーとの約束の話をした。


「あー、そういえばそんな話してたね。もう行くの?」

「いや、他にやることがないならそうしようかなと思ってさ。」

「…そうだ、買っておきたいものもあるし、ちょっと付き合ってほしいな。」



 外に出ると、掲示板の部屋割りを確認しようと、人がごった返していた。


「うわぁ、これ全部生徒なのか。」

「毎年こんな感じよね。こんな時ぐらいはクロムの友達でよかったと思うわ。」

「ネオン、お前…。」


 抗議の目を向けるクロムをスルーして歩き出すネオン。彼女の向かう先は、八百屋の脇の裏道のちょっと入ったところにある雑貨屋。

 表の大きな商店街の裏には、実はこの学園都市の隠れたもう一つの街がある。大通りの脇道、その奥に入り組んだ細い道に様々な店が立ち並ぶ。その店の立ち並びの傾向から、学舎に対し向かって右手の路地裏街を職人通り、左手を娯楽通りと生徒たちの間で呼ばれている。

 実はこの店々、学校が招いた表通りの店とは違い、半ば勝手に学校敷地内に居を構え、半ば勝手に店を開いた者たちである。さすがに学校に発見されれば然るべき手筈を踏んで、適当な処置を受ける。多くはそのまま街の一部として受け入れられるが、時折生徒の教育に悪影響を与えるとして排除されるのである。

 ネオンに連れられたこの雑貨屋はそのような経緯で1年ほど前にこの街の一部となった。実際ネオンが通っていたのはそれより数ヶ月前かららしいが。

 この街にはそのような文字通り「隠れた店」が沢山あり、今も増えているという。


「わぁ~、綺麗なアクセサリーがいっぱいあるねぇ。」

「でしょ?それに、手芸の材料なんかもいっぱいあるの!」


 ネオンは、安いものは木のパネルやガラスのカケラ、高いものでは銀細工まで様々な素材の並んだ棚を眺める。


「ったく、女子ってのは皆光もんが好きなのかねえ?」

「当然よ。女の子は自分を着飾る生き物なんだから!」


 主張するネオンの手には色とりどりの手芸素材とグラスワイヤー、針や布が入った籠がぶら下がっている。一通り欲しいものは揃ったようだ。

 一方レナは、棚の前で立ち止まっている。何かを見つめているようだ。


「伶和?何か欲しいものでもあったか?」

「えっ?あ、いや、そうゆうわけじゃ…。」


 伶和は知っていた。兄のこうゆう時の感覚の鋭さは百発百中的を射るということを。そして、自分が物欲しそうにものを見ていたと思われれば、兄の次の言葉は当然…、


「リボン?綺麗な色だな。欲しいなら買ってあげようか?」


 こうなることを。

 しかし伶和はここでそれに甘えるような可愛い妹ではない。と思っているので、


「い…いいよいいよ!私、欲しかったら自分で買うから!それにこれちょっと可愛いなあって思ってただけで…。」


 と反論するのであった。


「ふーん、そっか。」


 零弥は伶和の見ていた赤色に緑のツル草の刺繍のリボンから目を外しちらりと伶和を見ると、再び棚に目を向け、おもむろにそこにあった別のリボンを手に取った。

 それは黄色い生地に白桃色で不均等な感覚で小さな花びらがほんのすこし描かれた物で、実は伶和が赤のリボンを眺める前に小さく目が奪われたものであった。


「すみません、これ下さい。」

「はい、8エルンですよ。」


 零弥は財布から銅貨を8枚カウンターに置くと、伶和に振り向いた。

 その意味は言わずとも聞かずとも、分かりきったことであった。


「お兄ちゃん、どうして…?」

「その赤いリボンは伶和が欲しいなら自分で買うって言ってたからさ、なんとなく目にとまったこいつが伶和に似合うかなって思ったんだ。」


 そう言って零弥は伶和の耳の周りの髪を取ると、それぞれ今買ったばかりのリボンで結んで止めてあげた。


「ほら、二人はどう思う?」

「うん、よく似合ってるよ!」

「あぁ、凄く…可愛い。」


 そこに、気を利かせた店員が鏡を持ってきた。伶和の少し明るい焦げ茶色の髪に、そのリボンは派手すぎずかつ存在感を見せ、よく映えていた。


「な?似合うだろ?」

「うん…ありがとう。」


 零弥の言葉に伶和は、気恥ずかしさからうつむき気味に答えた。しかしその口元が浮き上がり嬉しさを隠しきれていなかった。


「あーあ、見せつけられちゃったなぁ。本当仲がいいんだから、あの二人。」

「フツー兄妹だからってあんなに仲睦まじくはならないぜ。」


 そんな彼らを、呆れ気味に眺めるネオンとクロムなのであった。


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