魔法の学び舎③
「…終わったか?」
「いやぁ素晴らしい!まさかたった二人でゴーレムを完全に倒してしまうとは!」
小さく安堵した二人に賞賛を浴びせるロジウム。それを聞いてとりあえず胸をなでおろす伶和。リンは神妙な顔をしているが、何かまずかったかと表情を曇らせる零弥。それぞれがそれぞれの面持ちで向かい合い、最初に口を開いたのは、やはりロジウムだった。
「おめでとう、二人とも合格だ。非常に高いレベルの魔法戦闘技能。時と場所が違えば一線級の魔法使いとして迎えられただろうね。しかしこれから君たちを待つのは、君たちの未来のための学園生活。存分に励みなさい。」
ロジウムは二人に学校の校章である三つ巴のウロボロスを象ったピンバッジを渡した。翡翠・瑪瑙・トパーズの三色の宝石を囲むように三つの輪を作るように繋がった三匹の蛇である。
「それが我が校の生徒の証。その意味するところは『果てなき探求・勝利への渇望・未来への希望』。君達の未来の成功を願うものだ。是非とも、その紋章に恥じぬ活躍を見せてくれ。」
ロジウムは二人にそう告げて闘技場を後にした。ロジウムの姿がなくなると、リンが二人の前に立つ。
「二人ともお疲れ様。まぁ問題ないと思っていたが、おめでとう。」
リンの言葉に礼を返す零弥と伶和。次にリンは訝しげな表情で続けた。
「しかし、聞きたいことがあるんだが、レナ。」
「なんですか?」
「レナが最初に放った【炎雷撃】。私は教えてないよな?どこで習ったんだ?」
「えっと…本に書いてありましたよ?」
「本?」
「リンさんにもらった魔法の教科書の後半の方に書かれてました。伶和がそれを読んで練習していたのを俺が魔力の流れを直接『視て』、アドバイスしてたらできるようになりました。」
零弥が補足するように話をする。それを聞いてリンは思い出した。自分達が魔法を習った頃は複合魔法をそれほど難しい魔法として扱っていなかったため、教科書に簡単な複合魔法のやり方が書かれていたのだ。
「じゃあ、最後の【海王の波戟】は?あれは水の最上級魔法の1つ。普通は二年生では教えられないものだ。」
「あれは…、」
零弥がバツの悪そうな顔で伶和を見る。伶和が肩をすくめて話し出した。
「ネオンちゃん達に教えてもらったんです。比較的危険の少ない水と土の魔法だけですけど…。」
「そうか、あいつらが…。」
何事か考え込むリン。それを見て伶和が、
「あの…できたら、二人のことは責めないであげてもらえますか?」
と言ったところ、
「ん?あぁ、心配するな。私達が教えるのでなく、生徒が勝手に覚えてくるのは校則に反することでもない。生徒同士で教えあうのはむしろ奨励されてることだ。褒められこそすれ、責められることはあるまいよ。」
と言うリンの言葉に胸をなでおろした。
ところがリンの胸中では、先程の推理の根拠となったものが反証され、再び謎が謎のままになってしまい、心中穏やかでなかったのも、確かであったが、それがどうしたと時間は流れていく。
結局、リンは疑問をとりあえず棚の上にあげとくことにして、二人を連れて闘技場を出ることにした。
...
学舎を出た三人は、学生寮の横、手前に掲示板の置いてある一軒家の前にいた。
リンが呼び鈴を鳴らす。
「は~い。」
返事とともに扉が開いたその向こうに、燃えるような真紅の髪を後ろで団子に纏めた、金色の瞳の美女が現れた。その美しさに零弥も伶和も息を飲んだ。
「あら、リンちゃんじゃない。後ろにいるのは…あぁそうだわ今朝ダーリンが言ってたわね。新しい生徒の子でしょ?」
「あぁ、話が早くて助かるよ。レミ、レナ、彼女はルビー=ラトス。この学園の学生寮の管理人の御婦人だ。」
「初めまして、零弥=雪峰です。」
「伶和=雪峰です。初めまして!」
零弥の言葉は少し硬く、伶和は緊張で声も調子が変わってしまった。
「初めまして二人とも。ささ、とりあえず上がってちょうだい?ダーリンが奥にいるから案内するわ。」
ルビーは柔らかな物腰で振り返って奥へ進んでいく。その後に二人が続き、リンは後ろからついていくことにした。
「ダーリン、新しい入居者の子よ~。」
ルビーは居間と思われる部屋を開けると声を上げる。どうもこの女性が旦那のことを呼ぶ際、一々語尾に「♡」が付いているような気がする。零弥はそんなことを考えていた。
そして居間の奥、キッチンから出てきた男性は、いわゆるザンギリ頭に切り揃えられた灰白色の髪、ルビーと同じ金色の瞳で、小さく丸いメガネと甚平がよく似合う男性だった。
「やぁ、初めまして、僕がこの学生寮の全体的な管理を行っている、ラジム=ラトスです。お二人の事は事前に学園長から伺ってましたよ。レミ=ユキミネ君と、レナ=ユキミネちゃんだね?」
「初めまして、零弥です。」
「伶和です。」
こちらの男性はルビーと対照的に、対面すると不思議と落ちつかされる雰囲気を持っていた。
「二人は双子、なんだよね?そして、この国にはつい最近来たんだっけ?二人だけで。」
「あ、はい。そうです。リンさ…先生に拾ってもらってこの学校に編入する事になりました。」
「レミ、学舎の外なら無理する必要もないぞ。」
「そっかそっか。まぁ、立ち話もなんだし、そっちのソファに掛けてよ。ちょうどお菓子が焼けたんでね。二人にも味見してもらおうかな。」
ルビーに案内されソファに掛けると、ラジムが籠に入れたお菓子と紅茶を持ってきた。
「はいどうぞ。遠慮はいらないよ。試験お疲れ様と合格おめでとうのお祝いだと思って。」
籠の中身はドライフルーツの入ったマフィンだった。零弥と伶和は、小さく礼を言い、マフィンを齧る。
「美味しい!」
「フフッ。ダーリンはお菓子作りが趣味なの。どれもすっごく美味しいのよ。」
そのマフィンはあまり甘くはなかった。砂糖が少ないのだろう。そしてバターの塩気がドライフルーツの甘みをより引き立てていた。
「あぁ、とても美味しい。私でもイケる。」
「あれ、リンさんって甘いもの苦手でしたっけ?」
「ん、苦手とゆうよりは、砂糖を沢山は食べられないとゆうのかな。単に甘いものが嫌いといえばそれまでなんだが。」
「そうなんですね。」
お菓子の感想を話し、ひと段落ついたところで、ラジムが話を切り出した。
「ところで、二人はこの学校の寮制度は聞いているかな?」
「はい。この学校に通っている間、学生寮で過ごすんですよね?」
「うん。それで、男女で棟を分けて、各部屋を二人一組でシェアして暮らすんだ。その部屋割りを決めるのも、僕なんだけどね。」
二人はそこまで聞いて頷いた。
「それで、一年生の時は、ほぼアトランダムに決めるんだけど、二年生からは生徒同士の友好関係やなんかを考慮して決めるんだよ。」
「…ん?あの、それって、全校生徒の友好関係をラジムさんは把握してるって事なのでは…。」
「それくらい、家主としては当然だよ。住人の関係くらいは把握できなくちゃ。」
だからといっても限度というものがあるだろうと、ツッコミを零弥は呑み込んだ。
「ラジムとルビーは竜人族だからな。他の人間族に比べて遥かに長命な分、記憶力や分析力は優れているんだ。」
「竜人族?」
「龍神と血の契約を交わした一族を祖とした種族だ。魔法は使えないが、通常の人間族とは比べ物にならない生命力を持つ。故に長命で丈夫だ。身体的特徴は長い耳と金色の瞳だな。
因みに似ているがエルフとは違う。彼らは成人してから聖霊の神護を受けて長命を授かるが、身体の丈夫さは普通の人と変わらないし魔法も使える。
とどのつまり、竜人族は生まれた時から長命で丈夫な種族だ。因みに身体のどこか目に見えるところにに必ず自身の存在理由を示す石を身につけている。」
リンの説明を受けて見ると、確かにルビーもラジムも、耳が長く、不思議な輝きの石が腕や首元に埋め込まれていた。
「まぁそれは置いておいて、君達の場合、すでにある程度の友好関係が出来上がっている集団の中に入るわけだから、部屋割りも難しくなる。」
「ふむ、それなら、そこまで難しいこともないだろう。この二人はもうクロムとネオンとは面識もあるし仲もそれなりに良い。その2人と同室にすれば良いだろう。」
リンがそのようなことを言い出した。
「そうなのか…。クロム君は確か、去年まで一人で部屋を使ってた子だね。ネオンちゃんは、キャロルちゃんと同室だったけど…キャロルちゃんは…」
ブツブツと呟きがだんだん小さくなり、やがて黙り込んでしまったラジム。その間、ルビーに紅茶のお代わりを薦められ、他愛ない会話が繰り広げられた。
「ヘェ~、7属性全部使えるんだ。凄いけど、覚える魔法もいっぱいあって大変そうだね~。」
「はい、呪文を覚えるのは結構大変です。でも、魔法が使えるようになるのは楽しいから、頑張れます。」
「うんうん、頑張って!応援するよ。
レミくんは派生属性と特殊属性だけってのもまた珍しいねぇ。それに両方新しい属性みたいだし、オリジナルの魔法を作らなきゃいけないから、もっと頑張らなきゃね。」
「はい、リンさんにも協力してもらっていくつかの新魔法は開発してありますけど、まだ一つしか完成してないんです。まだ暫くは、無属性魔法メインでやっていくことになりそうです。」
「そっか~。あ、もうこんな時間!リンちゃん、ご飯はどうするの?うちで食べていく?」
ルビーは窓から外の広場の時計を確認している。時計は5時を過ぎていた。
「いや、両親に夜には帰ると言ってあるからな。私達はここでお暇させてもらうよ。ラジムによろしく頼むよ。」
「そっか、わかった。それじゃあレミくん、レナちゃん、よろしくね!あ、あと、寮に入る日、一通りのことが終わったらお友達と一緒にうちにおいで。面白いところに連れてってあげる。」
ルビーの誘いに零弥と伶和は無言でとりあえず頷いていた。
ラジムはというと、そのまんま「考える人」のポーズで微動だにしていない。ルビー曰く「あの人は深く考え込むと山のように動かないの。地龍の血が濃いのかな?」とのこと。
ちなみに別に地龍といっても実際のところそれの存在すらあやふやな龍の話なのでこれは所謂ドラゴンジョークというやつらしい。
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