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幕間~雪峰零弥の逆転~

 コエンザイム皇国は、各地方の町村における自治を認めている。しかし、好き勝手にされてしまえば不利益を被る可能性があるため、首都管轄の役人などを派遣して監視している。

 行政部門の監視は公務員から選出されるが、犯罪や争論などに対する取り調べや調停を行うのは、首都より派遣された守備兵である。

 即ち守備兵団とは、首都の防衛を担う者たちであると同時に、国内における警察組織であり、自治における司法の代理人でもあるのだ。

 そして、首都においても例外ではなく、守備兵団の仕事の一つには、軽度犯罪者の対面型裁定が含まれている。

 そして、守備兵団本部のある一室、取調室にて零弥は昨日の一件についての裁定を受けていた。


「報告によれば貴君は、隣国にて大量殺害を行ったのち逃亡し、本国の港より密航を行おうとした犯罪者ティニー=リッツ及びプルート=カルロス両名の逃亡に際し、その場にいながら彼らを見逃したとあります。

以上に間違いはないですか?」

「…見逃した、ですか。具体的には何を根拠にそのような見解になったのでしょうか?」


 担当の守備兵による零弥にかけられた容疑と確認に対して、零弥は具体性を求めるために質問を返す。

 担当者は一瞬眉をひそめるも、直ぐに表情を戻して書類をめくる。


「守備兵団に存在する貴君に関する記述によりますと、貴君は先日7月25日、守備兵団を訪れ、指名手配犯であるティニー=リッツ、プルート=カルロス両名を発見、翌26日早朝に両名が首都ローレンツ東部の首都港より密航を行うという告発を行なった記録があります。

 我々守備兵団は、貴君の情報を元に部隊を編成、該当箇所、時間に部隊を配置させました。」


 間違いない。零弥は黙って頷いている。


「結果は貴君も知っている通りです。指名手配犯の両名は現れ、守備兵団は戦闘の結果、死傷者、人的損失も発生しました。」


 あの朝の光景は衝撃的で零弥もよく覚えていた。再び頷く。


「しかし問題はその後の貴君の行動にあります。報告者アーロン=コージィの証言書によりますと、貴君はティニー、プルート両名の前に姿を現わすと、特に争う様子もなく話をしている様子が見受けられ、その後両名が船に乗り出航するまでの間、一切の敵対行動は取らなかったということになります。

 我々は貴君のこの行動をもって、貴君が犯罪者の擁護を行なったという嫌疑をかけるに至りました。」


 零弥はしばらくの沈黙を保つ。アーロン=コージィの名前に聞き覚えはない。零弥が名前を交わしたのは最初に零弥とリンのいたテントを訪れた守備兵ルーザイン=クロックエンドだけだ。そして彼は生き残りの中にはいなかった。

 つまり、ルーザインが仲間にどのように情報伝達を行なったかは分からないが、零弥とルーザインの間にあった会話は本部には伝わっていない。ここで零弥が多少の嘘を言っても、それを完全に否定できる人物はいないことになる。

 零弥はそこに勝機を見出せると斬り込んだ。


「…まず、事実確認からですが、俺がティニーとプルートの密航計画を知り、その告発を守備兵団に行ったこと。

 守備兵団は二人を拘束するべく動き、損失を発生させたこと。

 ここまでは事実として認めます。

 ですが、その後の俺の行動に関して、それ以前に俺の立場がどのようなものであったかという視点が抜け落ちていると思うのですが?」


 零弥の表情は変わらない。怒っているのでもなく、威圧するでもない。目を細め、口角は真一文字、その他一切の動きを見せないポーカーフェイス。


「…そうですね。それでは、あなたの現場での行動の情報を供述願います。」

「まずは…事件前日、守備兵団のもとに向かい、指名手配犯の二人を「密航」の容疑で取り押さえてもらうように告発しました。

 それから、現場にテントを張り、見張っていました。その時に、巡回していた守備兵ルーザイン=クロックエンド氏に事情を話し、二人が来たら俺が合図を出すからそれまで守備兵には隠れて待っていて欲しいと頼んでおいたのです。」


 大事なのは、守備兵と直接関わった部分は嘘を言わないこと。ここで信用を掴んでおく必要がある。


「ルーザイン=クロックエンド。確かに今回の出動メンバーの中にいますね。彼に貴方は合図を送るまで隠れていて欲しいと頼んだ。その理由は?」

「指名手配犯の二人は手練れだと考えていたからです。」


 零弥の言うことにはこうだ。

 ティニーとプルートの二人は西の隣国で事件を起こし、そこから一切報告が上がることなくこのローレンツまで来ている

 ここから二人は高い隠密性を持っている。若しくは仮に見つかってもいくらでも口封じができる力がある。そう考えていい。

 そして、どちらにしろ高い索敵能力もしくは強い警戒心が必要になる。であれば、多くの守備兵達が目を光らせた状態でその敵陣ど真ん中に入ってくるとは考えにくい。

 そこで、監視役は遠くから、一般人である零弥が行い、敵の警戒を最小限に抑えることが得策である。


 そこまでの説明を受け、紙に情報をまとめる担当者。

 彼らは守備兵に気づかずに港に来て、包囲まで成功した。この点において零弥の考えは間違ってはいなかったということだ。

 しかしそこから、守備兵は壊滅的な反撃に会う。この点に関して、担当者は反撃に出る。


「…もしかして、守備兵と戦わせても勝てる戦力差であると、貴君は知っていたのではないかな?」

「…それが本当だとして、俺に利点はありませんよ?」


 零弥が隠したい情報は二つ。ティニーから得られる技術について。そして自身の魔法能力である。

 前者が明らかになれば零弥の容疑に対する動機が成立してしまう。ティニーのもつ導術の技術と引き換えに見逃した、この事実が明らかになってしまう。

 後者は零弥の行動に対する反論材料を与える結果にもなる上、零弥の魔法の特異性はできるだけ隠匿したい。

 ここでは、零弥がティニー、プルートを逃したことに対して、動機と能力が不十分であることにしなければならない。


「それはこの可能性を否定しないということかな?」

「まさか、そんな事実は存在しません。

 仮にそれがあったとしたら、俺はあの二人と組んで、わざわざ守備兵団と戦わせ、守備兵団を倒すことが目的だったということになってしまう。」

「守備兵団と敵対することに君にメリットは、」

「ないです。この街に住むものがこの街の守護を司るものと敵対するメリットは一つもありません。」


 ここで零弥は言い切る。実は一つだけあるのだが、言っても意味がない。荒唐無稽であるし、実現性も、今回の件がもたらす効果も微々たるものだ。

 それに言わなければわからない程度なのだから言わなければいい。実際担当者も納得した。

 しかし、そこで引っ込むほど相手も馬鹿ではない。


「よろしい。ならば君があの二人と手を組んでいたと言う仮説は無しになる。

 だが、そうなれば貴君は守備兵団(われわれ)指名手配犯(彼ら)を戦わせることが目的だったのではないかな?」

「…!」


 ここで初めて、零弥の表情が変化した。眉が上がり、目が開かれる。担当者は手応えを感じて次を繰り出す。


「貴君の言う通り、我々を倒す、即ち敵に回すことに貴君にメリットはない。それに、わざわざ私達を倒すために指名手配犯を利用するなどリスクが高すぎる。」

「そうですね。明らかに指名手配犯が負けるリスクが高い。守備兵団を倒すなら、アトランタファミリーにでもけしかけた方が容易い。」


 零弥の少し論点をずらした同意に、相手は眉間に皺を寄せるも続きを述べる。


「守備兵団はこの街、引いてはこの国の護り手だ。その我々の力を持って指名手配犯にぶつけ、彼らの戦力を測ること、もしくは彼らを消耗させることが目的だった。と言うことなのでは?そして弱った指名手配犯を自身の手で捕まえ、懸賞金を得ようと考えていた。」

「だが、思ったより相手が強かったので、捕まえることは諦めて、二人を逃した。と、言ったところでしょうかねえ。」


 零弥は不敵な笑みで最後のシナリオを引き継いで締めとした。


「では、それが正かったら、どうなるんでしょうね?自己の利益の為に守備兵弾を利用したということは、詐欺にでもなるんですかね?」

「貴君がこの仮説を受け入れると言うなら、そうなるかもしれない。」

「そうですか。でも、それには一つ、見落としといいますか、大事なポイントがあります。

 先程も言いましたが、俺は守備兵団に、相手に襲撃をかけるタイミングを教える役割でした。ならば、彼らの戦いをその後もずっと見ていたことになります。」


 零弥の言葉にハッとする担当者。零弥の言いたいことがわかってきたようだ。


「なぜ、俺は出てきたのか?」

「戦力を測る為ならば、勝てないと見込んだ時点で隠れるべき。出てきたのなら勝算があったはず。」

「ならば、俺がわざわざ危険を冒してまで彼らの前に出た理由は?」

「……。」


 担当者は口を閉じる。そう、今の判断材料で零弥に何かしらの悪意があったと仮定すると、ここで行き詰まる。

 そして、ここまで来たらわかるだろう。先の零弥が驚きの表情を見せたこと。それはこの仮説と疑問に導き、真実から焦点をずらすためのミスディレクションだったということだ。


「俺は、ただ命乞いをしただけです。」


 沈黙の取調室の中で零弥はポツリと呟いた。


「あの二人はもう追わない。見逃すからここはもう引いてくれと。これ以上の犠牲は出さないで欲しいと、命乞いをする為にあの場に出て来たんですよ。

 守備兵団に告発したのも単に二人を見かけ、その密航を知ったから。市民としてのただの善意ですよ。

 そもそも、15歳のガキに未知の魔法を使う犯罪者に何ができるって言うんですか。」


 これが零弥のストーリー。

 ごく一般の善良な子供の市民が、犯罪者を捕まえる助力になろうと守備兵団を頼っただけの話。

 零弥が魔法は使わなかったこと。零弥と話をした守備兵が死亡していたこと。実際、守備兵団と協力したのは本当に善意からの行動だったこと。

 以上の条件から零弥は自身に一切の嫌疑がかからない立場を演出しきった。

 零弥の最後の供述を書き起こし、1分ほどの長考を経て、担当者は立ち上がった。


「わかりました。以上をもちましてレミ=ユキミネ氏に対する『犯罪者擁護』容疑に関する対面裁定は終了とします。

 今回の内容は上層部に報告し、後日、正式な裁定を待っていただくことになります。

 長時間にわたる拘束をお詫びすると同時に、朗報をお祈りいたします。

 お帰りは部屋の外に待機している守備兵が案内いたします。」


 担当者は深々と礼をすると、取調室を出ていった。外に待機していた守備兵がにこやかな笑顔で零弥に声をかけて廊下に出た。


「お疲れ様です。」

「…どうも。」

「安心してください。無罪ですよ。」

「なんでわかるんですか?」

「最後の挨拶、『朗報をお祈りいたします』の前に『長時間にわたる拘束をお詫びする』って言ったでしょう?

 あれは『罪のない人に嫌疑をかけて拘束した事をお詫びする』という意味で、裁定担当者が無罪だと判断した際に言う言葉なんですよ。

 上層部への報告も、有罪であれば精査しますが、無罪なら少し目を通すだけのお役所仕事です。」

「…そうでしたか。」


 零弥も内心冷や冷やしていただけに、今の言葉はすっと胸のつかえが取れた感覚になった。


「はい。ですから無用な心配はせずに、充実した生活を過ごしていただいて結構ですよ。」

「教えてくださりありがとうございます。」

「いえいえ。」


 守備兵団詰所の外に出ると、リンが待っていた。案内の守備兵の話を聞いて彼女も胸を撫で下ろした。

 詰所を後にし、零弥は家路につく。リンの何度目かの説教を聴きながら。



 零弥の裁定を担当した守備兵、ザルツ=ソーティアは自分の事務机の前の椅子にどっかりと腰を下ろして深く息を吐いた。


「ようおつかれザルツ。裁定が終わったのかい?」


 声をかけたのはグレード=ウォルテ。この守備兵団の第三部隊長だ。


「あぁ、すごく疲れたよ。」

「相手は…レミ=ユキミネ?あぁ、彼が来たのか。」

「知ってるのか?」

「うん、5月の後半かな。彼とその妹が守備兵団の見学に来てて、案内したんだ。」

「どんな感じだった?」

「どんなって…頭が良さそうな印象だったな。落ち着いてて、堂々としてる。」

「そっか、そうだよなぁ…。」

「なんだどうした?」

「最初、15歳だって聞いてたから、少し舐めてた。強気に出たら化けの皮を剥がせるかと思ったらとんでもない。逆にこっちが何か問い詰められてるんじゃないかと錯覚しそうになったよ。」

「それは怖いな。で、結果は?」

「無罪だよ。見返してみてもおかしな点はないし、嘘を言ってる様子もない。仮に有罪にしたとしても『犯罪者擁護』じゃなくて懸賞金を得るために守備兵団を利用しただけ。年齢を考慮しても罪と言えるほどのことじゃない。なら無罪で良いさ。」

「その年でそれなら将来有望だな。」

「末恐ろしいさ。」


 ザルツは煙草に火をつけてしばらく呆けた後、よいしょと身を起こし、報告書の作成に取り掛かったのであった。


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