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朝霧、その先の空④

 コエンザイム皇国からの逃亡から一ヶ月後。某国某所。


「お嬢様、ただいま戻りました。」

「プルート、塩水に電気を流した後に残るこの液体、触るとぬるりとするのだけど、試しに葉っぱにかけて擦ってみたら葉っぱが溶けてしまったわ。これ、何かの役に立つかしら?」


 海を越え、旅を続け、今は主のいない小さな聖堂に一時の居を構えた二人。

 この様な場合は、家事や買い物はプルートに任せ、ティニーは専ら食事以外では実験や研究をしているらしい。


「…よかった。」

「突然どうしたのかしら?」

「失礼しました。お嬢様がかつての様に活き活きとした様子に戻ってくれたことに、嬉しさを覚えまして。」

「…そうね、楽しいわ。あの頃みたいに…ううん、あの頃以上かもしれない。

 プルート、覚えてるかしら、私があの町を滅ぼした日以来、蓄えた知識を使うことはあっても、研究や勉強はしてなかったのよ。」

「あの時は、それどころではなかったのですから、仕方ないことでは?」


 プルートの言う通り、コエンザイム皇国を出るまで、彼らは常に追われる身であった。勉強も研究も、時間的、体力的余裕のないものには難しい。

 だが、ティニーは首を横に振った。


「違うわ。私は、導術の勉強が嫌になってたのよ。

 今までの私は、みんなに認めてもらいたくて頑張ってた。魔法で認めてもらえなかったから、導術を勉強して、導術士として立派になれば認めてもらえると思ってた。

 けど、導術士ギルドに門前払いされて、帰ってきた私を認めるものは誰も居なかった。」


 もちろんプルートは知っている。彼女が幼少の頃から専属の執事として仕え、彼女の努力する姿を彼女の両親よりもよく知っている自負がある。

 だからこれはわざわざ自分に聞かせる為に話しているのではなく、きっと彼女の内側から自然と溢れてしまっている言葉なのだろうと考え、小さく相槌を打つことにした。


「どうせ認められない、時代に必要とされない、やってもなんの意味もない導術の勉強をする意義が見出せなかった。私にはそれしかできないとわかっていたのに。

 それに、人のために役立てるための導術の知識を使って人を殺して、そうする事で気が晴れると信じ込んで。私なにやってんだろうって考えたら、もうこれ以上知識を増やしたくないって思っちゃった。」


 これは懺悔なのだろうか。プルートは黙って彼女の気が済むのを待った。

 ティニーの独白は続く。


「レミ=ユキミネだったわね。彼の言葉は私を正気に戻してくれたのかもしれない。」


 プルートは船出の朝に現れた黒髪の少年を思い出す。

 彼は自分達を追い詰める為に守備兵団に告発しけしかけてきた。だというのに、いざ目の前に現れたと思ったら、目的とは真逆の事をしたのだ。

 彼の言葉が罠で、逃げ場のない船の上で我々を捕まえにくるかもしれない。そう考えて身構えていたものの、ついに渡航は成功した事から彼は本心から2人を逃すことを決めたのだと納得するしかなかった。

 そんな零弥が言ったのだ。「例え世界中が認めなくても、俺だけはあんたを認める」と。


「居ないかもしれない誰かの為でなく、確実に認めてくれている彼の為に導術を学ぶ。そう考えたらやる気が湧いてきた。

 私のことを認めてるって、はっきりと言ってくれた初めての人、彼を失望させたくないし、彼をあっと驚かせたい。

 そしていつか彼にあった時に、『どうだ、凄いだろう』って言ってやりたい。

 この気持ちがどこまで続くかはわからないけど、少なくとも今は、この想いが私を動かしているのよ。」


 ティニーの顔は晴れていた。それを見てプルートは思う。

 彼女を追いかけてきたのが零弥で良かったと。元がどのような理由でこの先どんな目的があったとしても、彼の言葉はこうして今、ティニーの心を照らしている。

 もし彼が裏切るような事があったなら、その時は容赦なく復讐すれば良いのだ。もし彼の信頼が本物であったなら、心から感謝の言葉を述べよう。

 だから、彼女が零弥と交わした約束を果たすその日まで、彼女を守り続けよう。

 彼にとっても唯一の『生きる意味』を守るため。


「お嬢様。明日にはここを発ちます。」

「あら、次の行き先が決まったのね。」

「はい。次の行き先は北にある島国です。

 そこは魔法使いとそうでないものの垣根が曖昧な文化があるようですから。そこの導術士ギルドを訪れて見てはいかがでしょうか?」

「そうね。どこかでギルドには入っておかないと、他の人の論文を読むこともままならないわ。賛成よ。」

「ありがとうございます。」


 それと。ティニーはプルートに向き直る。


「前から偶に思ってたのだけど、お嬢様って呼び方、私ももういい歳だし、別の呼び方にしてほしいわ。」

「…それでは、ティニー様と。」

「ダメダメ、折角導術士を目指すのだから、もっと相応しい呼び方にしなきゃ。」

「…わかりました。ティニー博士。」

「よろしい!あなたはこれから私の助手よ!」

「それでは博士、夕飯の用意をするので、実験器具は片付けておいてくださいね。」

「ちょっと、なんだか違くない!?」


 ティニー博士とプルート助手の旅は続く。まずは北、いつか東、やがて南、そして西。行く先々で新たな学びを得ながら彼らは小さな事件を解決して回ることになるのだが、それはここで語ることではない。

 そして遠くない未来、魔法と導術を組み合わせた新技術、魔導学の権威としてティニー=リッツの名が世界に轟く日が来ることは、まだ知る由もなかった。


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