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朝霧、その先の空③

「この魔法はね。物と物を『くっつける』性質を持っているわ。でも、それ以外には何もできない、目に見えるような魔法ではない。

 小さい頃は魔力を持っているということで褒められたけど、その魔力が何ができるわけでもないということが分かってからは役立たずと呼ばれるようになった。」


 床に垂れた彼女の魔力は、足下の小石にかかる、彼女はしゃがんでその石を持ち上げようとするが瞬間接着剤でくっつけられたように動かなかった。これが彼女の魔法、“接合”の魔術であった。


「魔法がダメならと導術を学んだわ。頑張って学んで、導術士のギルドに入るための研究成果を出そうとしたわ。

 そんな中で、私はこの魔法の持つ可能性を知った。この魔法は、物と物をくっつける。薬品を特定の物質とくっつけると、一定のパターンで変化することに気がついたのよ。」


 彼女は先ほどの小さい霧吹きから薬品を出す。その匂いに零弥はホルマリンだと気づいた。


「例えばこの薬品と空気中の酸素が結びつくとアリ毒になるわ。」

「アリ毒…ギ酸か。」


 零弥はいつかどこかで聞いたヤマアリなどが腹部から放出するとされる腐食性の毒の名を思い出した。


「他にも、塩水に電気を流して生み出される空気を結合させて水に溶かすと、胃液によく似たものができたわ。酸素を酸素とくっつけて電気を流すとものすごく臭い青い空気ができるのよ?知ってた?」

「青い空気…もしかしてオゾンのことか?」


 3O2→2O3の図式が零弥の頭に浮かぶ。

 零弥は感嘆した。彼女の魔法は、化学反応を促進する触媒の効果を発揮しているのだと理解した。


「…貴方は、導術をそれと知らずに知っているのかしら。」

「俺は故郷でそれを化学(chemistry)という名前で教わった。」

「羨ましい。」


 この世界に来て間もない頃、零弥はこの世界に化学がないことを知った。

 しかしその実態は、魔法によって駆逐された化学という学問が、導術という名で世界の陰に埋もれていたということであったのだ。

 しかし、そこまで聞いて零弥の中である疑問が膨らむ。


「あんたは、そこまで頑張ったのに、なんでこんな事をしてるんだ?導術士のギルドに入ったんじゃないのか?」

「…入れなかったのよ。私は魔法使いだったから。」

「…そんな理由で?」

「えぇ、それだけの理由で。

 たったそれだけの理由で、私の研究成果は取り上げられたわ。魔法使いがやった研究など魔法でだしたインチキに違いないと言われてね。

 …後日、私の研究は他の導術士の名前で発表されていたのを見て、私に居場所はないと知ったわ。」


 彼女の声は震えていた。悲しみか、怒りか、悔しさか…。

 零弥は想像した。自分が人生を賭けて取り組んだことを、肩書きだけで否定され、あまつさえその成果を横取りされる。そんなことは許されてなるものかと、拳を握りしめた。


「それで、復讐を?」

「…馬鹿らしいと思うかしら。認められなかったからと言って癇癪を起こした子供だと笑うかしら。

 故郷の町の人を殺したのは反省してる、悪かったと思っているわ。でも、それなら私は何を拠り所に生きればよかったの?私が天より授かったものは、この世界では否定されるしかないのよ?

 だから、私は私を認めてくれる人を探すことにしたの。どの道お尋ね者としてここには留まれない身でもあるしね。」


 そうやって言葉を紡ぐうちに、彼女は諦めたような、希望を持っているような、そんな雰囲気を纏っていた。


「…そうか、わかった。じゃあ、今後も自分の理解者を探すために、旅を続けるんだな?」

「えぇ、できれば安住の地が欲しいけどね。」

「なら、俺はあんた達を見逃すよ。」

「…いいの?私たちの賞金が欲しくて守備兵団に告発したんでしょう?」

「確かに賞金は魅力的だけど、ここであんた達を逃がすことは、それよりもっと価値がある投資になると、俺は考えている。」


 零弥はティニーとの距離を詰める。プルートは再びいつでも蹴りを繰り出せるよう構えるが、ティニーも前に進みだしたことがそれを制する。

 彼我の距離はもはや手を伸ばせば届く距離。

 二人の間を、零弥の言葉が先んじる。


「まず、あんたの才能の理解者は、すでに二人いる。そこにいるプルートと、俺だ。」


 ティニーは眼を丸くする。そんなことは思ってもみなかったという顔だ。


「プルートは、ただの執事よ。お父様の命令で私の御付きとしてついてきてるに過ぎないわ。」

「それならあんたが家を滅ぼすことに手を貸すはずが無いだろう。あいつはあんたについて行くことに魅力を感じているからいるんだ。そうでなければ、給料も発生しないのにこんなことに付き合うものか。」

「…そう、ね。」


 零弥の反論に、ティニーは納得する。彼女は論理的に間違っていない言葉であれば、例え自分の意見を否定されたのだとしても受け入れられる人間であったようだ。


「そして俺はあんたの才能を買っている。

 導術は、将来的に絶対に必要になると、俺は信じている。今後、魔法による発展はいつか限界を迎えるだろう。その時、必ず導術に目がつけられるはずだ。

 例えそうならなくとも、俺がいつか大人になって、あんたの研究の成果を必要とするその時まで、あんたには生きて貰わなきゃいけない。

 だから約束してほしい。導術の研鑽を続けてもらえないか?」


 零弥は本気で言っている。ティニーは何故かそう感じ取ることができた。


「ここで私達を見逃す対価は、この先私が発見するかもしれない技術という事ね。」

「あぁ、いつか必ずお前達を迎えに行くから。だから、俺の為に、あんたの才能を使ってくれ。」


 小さな沈黙が流れる。彼女の目尻に、キラリと光るものが見えた気がした。


「いつか迎えにくとか、俺の為にだとか、なんだか、プロポーズみたいね。」

「え?い、いや、そうゆう意味じゃ…。」

「冗談よ。でも、ありがとう。そこまで言ってくれるなら、貴方の為に頑張るわ。貴方も、私の技術が必要になるような大きな事を成そうって事なら、頑張りなさい。」

「…うん、わかった。」

「お嬢様、人が増えてきました。そろそろ行きましょう。」


 見れば、海の向こうから朝の漁に出ていた船の漁火が見えた。そらは白み、わずかな陽の光が海原を照らしていた。

 二人は足早に船に乗り込むと、早々と出発した。行き先は不明だ。だが、またいつか会える時が来るだろう。そんな風に零弥が考えてるうちに、船はみるみる遠くに離れていっていた。


「なぜ逃したんだ?」


 二人が居なくなって、テントに置いていったリンが来て尋ねる。


「俺が捕まえるには荷が勝ちすぎた。ということにしておいてください。」

「…そうか。」


 言葉は聞こえて居なくとも、零弥とあの二人のやりとりの距離感、そして今の零弥の表情を見れば、リンにも理由は理解できた。


「それはそうと、この状況はまずいぞ。そこで呆けてる守備兵に今のうちに媚を売っておけ。」

「…そうですね。」


 振り返るとなかなかに酷い状況である。ティニーの毒による死者2名、重傷者4名。プルートの攻撃による死者3名、軽重含め負傷者6名。血のほとんどは蒸発して居たとはいえ血痕が無いわけではない。

 現場の掃除と今後の対応のため、零弥は動けなくなって固まっていた守備兵達の元へ駆け寄っていくのであった。


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