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朝霧、その先の空②

「一体…何が起こっているんだ?」


 そう呟くリンに零弥が自身の眼に映ったものをリンに説明する。


「あの女の魔法はおそらく、物理的な効果を持たない魔法なのでしょう。あの小さな霧吹きの中身はおそらく薬品の類でしょうが、彼女の魔力が触れることでその毒性が強まったのか魔力を浴びた守備兵が死んでしまいました。

 また、無事だった彼の魔法を彼女の魔力が発生を阻止したようにも見えます。」


「…毒の魔法、ということか。しかも魔法すら殺す魔法毒だとは。」


 リンの出した結論に零弥は首を傾げた。


「もしあの魔法が毒を持つなら、なぜ直接相手にぶつけて殺さないんでしょうか?」

「…ということは、あれはそれ自体には毒性がない魔法か?」

「毒性がないどころか、彼女の魔法はそれ自体は何も効果がない魔法なのでは?何かに干渉することで間接的に効果を発揮する魔法なのかと思います。」


 二人が考察している間にも、戦闘は進行している。

 二人組の男の方の戦いは、佳境に入っていた。といっても、状況的には男の方が圧倒的優勢ではあった。

 近づく守備兵の攻撃をゆらりと掻い潜り、懐に入っては強烈な蹴りをお見舞いする。ただこれだけの繰り返し作業。

 しかして守備兵も馬鹿ではない。次々と陣形を切り替えてあの手この手で攻め立てるが、どうしてこうも上手くいかず、


(どうしてこうも身体が動かない!?)


 最初に一撃を受けてからというもの、身体が痺れたように上手く動かないのである。

 雷属性魔法をもろに受けると確かに身体に痺れが残ることはあるが、今回配備された守備兵は皆、魔力抵抗力のある魔法使いであり、長時間拘束されるということはまず無いし、この程度の痛みであれば我慢できるものである。

 しかし、この男の攻撃を受けた部位が、いつまでも痙攣したように痺れて上手く動かせないままとなっていた。

 ふと、男は構えるのをやめて口を開く。


「ふむ、余りにも憐れなので一つ教えてあげましょう。私にはお嬢様より授かった加護があります。それにより私の魔法はあなた方の想像の一段階上を行くのです。」

「加護だと?ふざけた事を、あの女が神か何かのような言い草だな。」

「神では無いでしょうが、お嬢様はあなた方凡庸な魔法使いとは一線を画す稀有な才を持っています。

 尤も、非凡すぎて凡俗には理解できないもの故、陽の目を見ることはありませんでしたがね。」


 後半の言葉は奥歯を噛みしめるように呟かれた。

 男は少しの間の沈黙を挟むと、急に背を向けて歩き出した。対する女は既に目の前の敵を沈黙させていた。先程まで纏っていた白衣も眼鏡も無くなっている。


「あら、まだ相手はやる気みたいだけど?」

「仕込みは終わっています。お嬢様は先に船に。傘のご用意を忘れずにお願いします。」

「分かったわ。」


 女は船に乗り込むと、甲板に載せてあった荷物の中から真っ赤な傘を取り出す。

 そんな二人を逃すまいと先に立って追いかけてきた3人ほどの守備兵団を視界に収めると、男は指を鳴らした。


「ライム!」


 男の呼び声に応えるような鳥の声が聞こえ、男の腕から緑の電光が迸り、彼らの足が僅かに鈍る。否、それは電光を纏うライムグリーンの鳥であった。


「ここに現れたるは雷の(かまど)。内なる熱に伏すが良い_【|雷電炎檻《Rueves foovs willew》】!」


 ライムと呼ばれたその鳥はサンダーバード。雷の魔力を素に鳥の因子を持った精霊である。

 ライムは3人の守備兵の周りを高速で回り続ける。守備兵たちの体から電気が漏れ出した。それは男との戦いの中で蹴りを入れられた箇所。あの蹴りにはマーキングがなされていたのだ。身体がいつまでも痺れていたのは彼らの体内に彼の魔力が電気として蓄積されていたせいであった。


「なっ、こ…これ…ばっがぁああ!」


 三つの悲痛な叫びが上がる。彼らの脳はパニックを起こしていた。なぜなら彼らの全身の体温が急激に上昇を始めていたのだ。


「この雷電の檻に囚われたものは、何であれ熱を持ちます。中でも、水は特に熱されるでしょう。」


 ライムが電気を纏いながら高速で回転することで、結界を作るとともに中に乱反射する電子の波を作り上げる。電磁波と呼ばれるそれは分子に激突することで振動によるエネルギー伝達を行う。分子は振動し、熱を発する。

 つまりは、電子レンジの原理である。

 しかし、いくら説明しようと悲鳴をあげる彼らに男の声が聞こえるはずもなかった。しかし悲鳴は10秒もせずに治まる。痛みがなくなったからではない。いや、確かに痛みはもう感じないだろう。既に彼らは文字通り茹で上がり、その全身が100度まで熱されていたのだから。

 そして仕上げに、パンという音と共に、彼らの身体が弾け飛び、沸騰した血液がその場に赤い霧を生み出した。


「お嬢様の価値を理解できぬ凡骨達よ、お前達にお嬢様の道を阻ませはしない。」


 目の前で起こった惨劇に、他の守備兵達の戦意は既に失われていた。次に前に出たらああなると、分かっていて足を踏み出すものはいない。



「なんて…ことを…ウプッ」


 血霧が弾けた光景にリンは思わず吐き気を催す。零弥も生唾を飲み込んだ。

 男は誰も動かないのを確認すると船に乗るために歩き出す。それを見た零弥はゆらりと立ち上がりテントを出て行った。


「零弥、お前何をするつもりだ!?」


 リンの言葉を背に、零弥はやや早足で埠頭へと向かう。

 近づいてくる零弥に気づいた男は足を止めて零弥に向く。しかし向けようとした殺意は零弥の姿を見て留まった。

 零弥は両の手を頭の上にあげていた。


「あなたは?」

「俺は、レミ=ユキミネ。昨日あんた達を見かけて、守備兵団に告発したものだ。お前達は、ティニー=リッツとプルート=カルロスで間違いないか?」

「そうですか。では見ていたのでしょう?貴方も戦えばこうなります。」


 男、プルート=カルロスは剣呑な雰囲気を再発させる。そこに制止をかける声がした。


「待ちなさいプルート。その子は、私たちと話がしたい。そうでしょう?」


 彼の後ろから女、ティニー=リッツが現れた。


「お嬢様、お下がりください。早く船に。」

「もう遅いわ。目的だった密航が邪魔されたのだから、今出ようと後で出ようと、罪の重さは変わらない。」

「…わかりました。」


 プルートは視線を零弥から外すことなく横に避ける。零弥とティニー、一対一で向き合う形になった。


「…話し合う気になってくれて感謝する。」

「内容によるわ。貴方は、何が聞きたいのかしら?」

「…ティニー=リッツ、あんたの魔法は…何なんだ?」


 零弥は周りに転がる毒殺死体をちらりと見る。


「何か薬品を振りまいていたようだが、それ自体に毒性があったのだとしても、本格的に致死性を示すようになったのは、あんたが何かの魔法を使ったからだ。

 その魔法は、ただの薬品を毒へと変質させるための魔法なのか?」


 零弥がわざわざ危険を冒してここに来た理由、それは、ある可能性に思い立ったからである。


「…答えは、ノーよ。」

「なら、その魔法は、何をしたんだ?あんたがやったのは、もしかして化学(chemistry)じゃないのか?」

「…chemistry?聞いたことないわね。私は導術士よ。」

「導術士?導術とは?」

「貴方は、この世界は思い通りにできると思ってる?」


 唐突な問いに、零弥は首を傾げながらも答えた。


「…思い通りにできるなら、今俺はここにはいない。」

「そう、世界は思い通りにいかないわ。でも、それはこの世界が一定の法則の中でしか動けないからよ。その法則を理解し、利用することができれば、私達の手で世界を操作できる。そうは思わないかしら?

 導術とは、魔法という属人的で滅茶苦茶な力で世界を『変える』ではなく、人の知恵、人の手によってこの世界の在り方を理解し望む方へと『導く』術よ。」


 ティニーの言葉に、零弥は我が意を得たりという表情を見せた。


「なるほど、導術か。だが、あんたはその導術の上に魔法を重ねていたよな。

 俺は魔力を見る特別な【眼】を持っている。あんたが何かの魔法を作用させたことで薬品を振りかけた守備兵が死に至ったのを見ていたぞ。」


 零弥の詰問に対し、ティニーは驚いた表情の後、手のひらから僅かな魔力を出した。


「この魔法は…私のコンプレックスの象徴よ。魔法使いとしても、導術士としても認められなかった私。」


 ティニーの瞳に憂いが浮かんだ。

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