魔法の学び舎①
「うわー、でっかいなぁ。」
第一声は、それだった。
左右を見ると、10mはあろうかという塀に柵。上を見上げると、不可思議な色の結界が、まっすぐに伸びている。一体どこまで続いているのだろうか。そして目の前には、現在は開け放たれている、結界のない唯一の出入り口、門がそびえ立っていた。
門の向こうには、広場を挿んで一つの町が見えている。そのさらに向こうには左右に立つ石造ビルのような赤レンガの建築物と、町全体を見下ろすように城のような大きな建物が建っていた。
「…本当にここが学校なんですか?」
「あぁそうだ。此処こそ、我がコエンザイム皇国が誇る最大の魔法教育機関。国立魔法学校ユリア学園だ。」
リンは誇らしげにそう告げた。
歩いてみると、休暇中だからか、人気が少なく、静かだが、確かに街であった。商店街と思われる中央の大きな道を歩いていると、服屋、文具屋、食品を扱う店や家具屋など、生活していく上で必要なものはほぼこの通りで買えることが分かる(なんと病院や公衆浴場まである!)。しかもチラと見ると、路地裏に続くような細い道の向こうに看板が掛かってるような所もあった。
商店街を抜けると、もう一つ大きな広場があり、左右に一棟ずつ、校門からも見えていた大きなビル型の建造物が現れた。しかし面白いことに、この建造物、上層階の方から大きな通路が伸び、一番奥の建物に繋がっている。
「リンさん、この左右の建物は?」
「これはお前達の修学中の家、学生寮だ。右手側が男子寮、左手側が女子寮だ。一部屋に二人でルームシェアするのが基本だな。あとで管理人に挨拶に行こう。」
そして広場を抜けて、階段を上る。話はずれるが、この街は全体的に緩やかな坂の上に建っているようなところで、平らなのは広場のあるところぐらいだ。そして、最後に現れるかなり急な坂を階段で登った先にあるのが、この街の本体、学舎である。
その校舎は、まるでコロッセウムを彷彿とさせる形状をしていた。曲面の壁が見えなくなるまで続いてる。
入り口をくぐると、目の前に「競技場」と書いてあった。
「リンさん、ここはなんですか?」
伶和の問いに、リンは、
「読んで字のごとく、競技場だ。
この学校は、魔法という才能を磨き上げ、大成させるための場所だ。そして、やはり才能を磨くのに重要なのは他者との切磋琢磨だ。となればこのような場所は当然のように必要になる。
また、悲しいかな魔法の力は危険を伴う。しかもそれを操るのが精神的にまだ未熟な子供なら、ちょっとした諍いで魔法を使用するような輩も出てくる。それによって起きたことで魔法が使えなくなるような事態が起こることを恐れて、学校が提示したのが決闘というものだ。校風自治委員の立会いの下行われる試合形式の調停手段だ。」
「随分と物騒な話ですね。だいたい、そこまでして勝ち負けにこじつけなくても…」
「まぁ、さっき言った建前に本音をこじつけたにすぎない代物だしな。
さぁ着いたぞ。ここだ。」
説明しながら回廊を歩いていたリンは足を止める。目の前にあるのは重厚な木の扉。黒漆で塗られたそれは、石造りの建物と相まって、より威圧感を高めていた。扉の上には「学園長室」とある。
「あの、編入試験ですよね?」
「あぁ、そうだ。」
「もしかして、学園長先生の前でやるんですか?」
「言い換えればそうなるかもしれんな。」
「言い換える?」
「学園長先生がお前達の試験官を務めてくださるんだ。がんばれよ。」
「「え・・・」」
二人の中で、時が止まった。
リンは、学園長を待たせるわけにはいかないと、早速ノックする。
「学園長先生、編入希望者を連れてきました。失礼します。」
「…入りなさい。」
部屋に入る。しかし三人は怪訝な顔をした。部屋には書斎風に作られているがその部屋のどこにも学園長と思われる姿はなかった。
「学園長?」
「どこにいるんでしょう?」
「…っ?」
零弥はふと首筋に気配、視線のようなものを感じると、後ろ上方を振り返った。そこには、天井と壁の間に張り付いた老人がいた。
「!?」
目をみはる零弥、そして、その零弥に向かって二カッと笑いかけるその老人は、スッと降り立った。
「よく気配に気づけたね。ほんの僅かな視線だというのに。」
その老人は、首から上は、口周りは皺がより、目の彫りは深く明らかに老いた感じがあるが、その下にある身体は、しっかりと伸び、覇気、と言うのだろうか、活力とも言えるような雰囲気を放つので、実は結構若いのではないかと零弥に思わせた。
しかし、零弥はその前に老人の問いかけに答えることにした。
「いえ、慣れていますので。闘気であろうと殺意であろうと、たとえ冗談半分の悪戯であろうと、自分に向けられる敵意はすぐわかります。今回は、敵意というよりは、なんとゆうか…値踏み?のような感じがしましたが。」
冷静に推測する零弥、のように見えるが、単に失礼のないように言葉を選ぼうとあれこれ考えているため、一旦感情が引っ込んでしまっているのだ。
しかしそれも、この人物には益々好印象に見られたようだ。
「そこまでわかるのか。聞いた話では、魔法の訓練はここ一ヶ月での突貫工事と聞いていたが。どうやら君達はとても特殊な環境で育ったようだ。普通の幸せな家庭で育って、そこまでの感覚は養われまい。」
後ろで伶和がビクリと身体を震わせた。零弥はジロリと老人を睨めつけ、
「失礼ですが、あまりその手の話は控えてもらえますか?僕達にとっては不愉快なものなので。」
「・・・すまない。無神経なことを言ったようだね。」
老人は口では謝っているが、益々興味深げな目を零弥に向けた。
「…学園長、話を進めてもよろしいでしょうか?」
まるで一触即発のような雰囲気を纏い始めた零弥と、老人もとい学園長の間に半ば無理矢理身体を押し込んでリンが話を持ち出した。
「ふむ、もう少し彼と話がしたかったが、それはまた別の機会にしようか。
さて、紹介が遅れたが、私はこのユリア学園の学園長、ロジウム=グラネスト。君達は、レミ=ユキミネ君とレナ=ユキミネさんで間違いないね?」
「「はい。」」
「中等部3年からの編入生、編入志望理由は、我が校の教員、リン=セシル女史による『推薦』か。違いあるまい?」
「はい。仰る通り、私が推薦致しました。」
「よろしい。そして、魔法適性は…なんと、レナさんは基本7属性全てか!これは頼もしい!是非とも頑張って輝かしい未来を掴んで欲しいものだ。」
「…ありがとうございます。」
レナは、一瞬あいたこの間の意味に気づき、とりあえずの謝辞を返した。
「そしてレミ君、君は…土系統の派生属性と、特殊属性、だね?」
先ほどからロジウムが確認しているのは、零弥と伶和が先日提出した入学届に記入された内容についてである。
ちなみに、保護者・後見人の欄には、リン=セシルの名前がある。
「…はい。あの、よろしいでしょうか?」
「なにかな?」
「なぜ、派生属性と特殊属性は、書かなくて良いのですか?」
そして、その中には、魔法の適性についての欄もあり、これはいわゆるマークシートのような記入欄であった。そこには、基本7属性以外の属性については、7属性の派生属性かそれ以外の特殊属性かとしかなかった。
「ふむ…まぁ、そう難しい話ではないよ。一つは、混乱を防ぐため。もう一つは、隠しておいたほうがいいことが多いから、だね。」
「混乱、とは?」
「派生属性や特殊属性とは、自己申告である以上、その真実はわからない。公式な書類にそのような不定な情報を載せるわけにはいかない。このような建前がある。」
「建前、ということは…」
「魔法の才は、個人のものだが、血統によってその才能が継がれる事は分かっている。それによって、生み出された家の秘術も当然存在する。それが、派生属性や特殊属性として分類されることも当然ある。各家が、自分たちの奥義を外部に漏らすわけにはいかないことを考慮してというのが、最も大きいね。」
「な、なるほど…」
アダムでは科学の粋は人類のために共有すべきという思想があるが、イヴでは個人技能である魔法は、絶対的アイデンティティーとして保護される。その辺の意識の差異が現れた納得を零弥は漏らした。
「さて、他に聞きたいことは?」
「あ、大丈夫です。すみません。」
「いや構わんよ。それなら、試験に移ろうかな。」
その言葉で二人に緊張が走った。
「学園長、して、試験の内容は?」
「ふむ、あくまで編入試験。しかも中等部。ならばそこまで難しいものを用意する必要もないだろう。」
ロジウムは、ほんの一時、考え込むような仕草を見せると、顔を上げた。
「とりあえず、君達の魔法力を見せてもらう。それでいいかな?」
「は、はい!」
零弥と伶和は、それぞれの緊張した面持ちで、ロジウムの後について競技場へ向かった。




