炎天下に流す雨①
中央広場は四方に大きな道が伸びているのは既知であろうが、そこから少し横を見てみると幅数メートルのものから人一人分ほどの細いものまで、様々な道がこの街にはある。
貴族の家の多い街の北側は区画整理や道の舗装がきちんと為されているが、平民街やスラムのある南側は雑多に並んだ家屋群と踏み固められただけの地面が露出したような道が木の根のように張り巡らされている。
そのため、慣れていないとこの街の治安を守る守備兵団であっても道に迷うことが日常茶飯事である。
それはさておいて、中央広場から南東の方へ進むと職人街と呼ばれる石工や家具職人などの店が並ぶ一帯になる。その一角に、スイングドア式の入り口の建物がある。入り口の上には木製の小型の鳥が乗った看板があり、『夜鷹の眼』と書かれている。ここは冒険者ギルドである。
冒険者は依頼を受け、それをこなして金を稼ぐ。言うなればフリーランスの傭兵のようなものである。しかし個人の活動では限界があるため多くの冒険者はギルドに加わり、ギルドが引き受けた依頼をこなす事である程度安定して仕事を得られるようになる。
この冒険者ギルド『夜鷹の眼』は、現在も一応活動してはいるが大きな依頼はほとんど入らない。なぜなら、このギルドの構成員は平均年齢が80歳を超えて、既に一線を退いた者達だけである。また、近年の冒険者界隈の事情の変化によるところもある。
近年、冒険者ギルドは2つの種類に分かれ、昔からある冒険者組合に所属している冒険者ギルドと、国の公認でハンターという身分を与えられた者達で構成し、国からの依頼や大口の依頼が回ってくるハンターズギルドというものが出来ている。
冒険者ギルドは国からの支援はないが組合によって維持される。ハンターズギルドは国からの支援を受けられ、身分も保証される代わりに国からの要請に応える義務が生じる。冒険者ギルドに加入する冒険者には国の縛りを嫌う自由主義のものが多い。
以上のような事情が重なり、彼等に回ってくる依頼は近所の者達に依頼される細々としたものばかりである。今の彼等は現役時代の蓄えを切り崩しながら、日がな一日ギルドに暇つぶしに遊びに来ているといった様子である。
しかしながら、その日の『夜鷹の眼』に、飛び抜けて若い2人が訪れていた。
「こんにちはー!」
「お久しぶりです。あの…憶えてますか?」
扉をくぐる音に振り向いた『夜鷹の眼』メンバーに挨拶をするのは零弥と伶和である。
数秒の沈黙の後に、テーブルの上にカードを広げていた老婦が立ち上がり大きな声で迎えた。
「あんたたち、あの時の運命の2人だね!あんた達のお陰で私のカード占いは本物だと分かったんだ、忘れるものかね!」
このやや声の大きい老婦はシュレイン。彼女は占いにハマっており、零弥と伶和が初めてここに来た時、彼等の来訪をカード占いで予想していたのだとか。
「おぅ、久しぶりだね。あれから将来の目標は定まったかい?」
「冒険者もいいかなとは思ってるんですが、学校の指導課程に冒険者は無かったので、取り敢えずはハンターを志望しようかと。」
フックもあの時のことを憶えていたらしく、零弥に声をかける。
彼等は今から1ヶ月半ほど前に、ここを訪れたことがあった。この世界の仕事について知るための社会見学でこの街に一度帰った時に、マフィアの下っ端に絡まれて逃げていた二人を見かけた『夜鷹の眼』ギルド長のフックが匿ったのがきっかけである。
シュレインの言葉を聞いて、そうだったそうだったと、他のメンバーもゾロゾロと集まってくるのを見て、どこかデジャブを感じる零弥であった。
「それで、今日はどんな用かね?なにか入り用でもなければこの暑い中こんな古臭いところには来るまいよ。」
代表してフックが質問してくる。近年稀に見る暑さだと言われるこの炎天の中どころか、普段ですら実際用がなければこの職人街に来ることすらないので零弥も苦笑しか返せなかった。
「アハハ…。実は、お仕事を紹介して欲しくて。」
零弥は先日ネオンの雇われ歌手のバイト用の衣装を購入する際に結構な金額を使ってしまったので、小遣い稼ぎになりそうな仕事を斡旋して貰えないかと、コネのあるここへ来たのであった。ただし伶和は単なる付き添いである。
「それなら問題ないとも。職人街はいつだって人手が足りない。君のような若い働き手が来てくれるなら彼等も駄賃は惜しまんさ。」
「まったくあやつら、儂らも寄る年波には勝てんというのに依頼を回して来よる。今朝も3つも仕事を寄越しおったが、何、レミ君であれば軽い仕事よ。」
そう言って掲示板から依頼書を剥がして持ってくるのはコーネリアス。年の割にしゃんとした雰囲気の紳士である。
渡された依頼書には店の名前と仕事内容が書かれている。内容は仕入れた粘土の運搬や薪割りなど、確かにあまり老人に頼むべきものではない。おそらく向こうもダメ元で頼んでいるのだと思われる。
金額も特別多いというわけではないが、背景を考えれば当然とは言えるかもしれない。
「ありがとうございます。早速やろうと思います。」
「ふむ、それなら今日はわしがついて行こう。初顔合わせになるからな。」
「荷物を運ぶための台車は裏手の庭に置いてあるからね。無理するんじゃないよ。」
オーレンという、一応このメンバーの中では最も年下の老婦の言葉に頷いて、零弥はフックとともに依頼人の元へ向かった。
「おや、えっと…」
「伶和です。」
「そうそうレナちゃん。あなたはどうするのかしら?」
「私は今日は遊びに来ただけなので、お兄ちゃんが戻ってくるまでここにいようかなって。」
「あらまぁそれなら私今日はパンプキンパイを焼きたいのよ。一緒にどぉ?」
「わぁ、食べたいです!」
「じゃあ材料を買いに市場に行きましょうか。」
零弥を見送った伶和は料理が趣味のドローレスと共に出かける準備を始めるのであった。
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