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幕間~ミクリ家お宅訪問~⑤

 3人の皿が空になる頃、一人のウェイターが小さなケーキを運んできた。


「…席、間違えてますよ?」

「いいえ、こちら、サービスです。それと、先程は興味深いお話をしていましたね。」


 どうやら本題があるようでそのきっかけ作りの為だったようだ。


「うぅ…騒がしくしてすみません。」

「いえいえ、確かに少々大きな声でしたがとても良いものを見せていただきました。」


 先程のやり取りについて、ネオンは再び思い出してしまい頬を染める。零弥も苦笑を溢すほかなかった。


「そちらのお嬢様が歌手を目指されているとお聞きして、こちらから一つお願いがあるのです。

 あぁ、自己紹介が遅れましたね。私、この料亭『猫の耳』のオーナー兼ウェイターをしておりますタイ=リェンと申します。」


 ベストの内ポケットから一枚の名刺を取り出して渡して来たので零弥が受け取り、テーブルの上に置く。


「えっと、お願いというのは?」

「はい、私共のこのお店、お客様の口コミのお陰かそれなりに盛況なのですが、些か無骨にすぎると言いますか、店内の華やかさが足りないと思っておりまして。お客様がたくさんいらっしゃる今はともかく、閑散期になりますと静かすぎると思っておりました。

 そこで、そちらのお嬢様に歌を披露していただければと思いまして声を掛けさせて頂いた次第でございます。」


 つまりネオンの歌をBGMや客引きに使いたいのだ。

 この世界の蓄音機はまだ高級品で、カフェや料亭で音楽を流したいなら歌手や演奏者に頼む必要がある。


「ふーん。どうするネオン?」

「うーん、ちょっと恥ずかしいなぁ…。」

「勿論タダでとは言いません。受けていただけるなら本日のお食事代は結構ですし、今後も歌っていただいた分は報酬をご用意いたします。」

「つまり日雇いアルバイトみたいなもんだな。いい話じゃないか。ネオンも歌手を目指すなら不特定多数の人前で歌う事も覚えなきゃいけないだろう。折角正当に評価してもらえる場が貰えるんだ。やってみる価値はあると思うぞ?」

「で、でも…」

「断る理由はないと思うがな。ネオンの歌が上手いのは俺が保証するし、何処かで通らなきゃいけない道だろ?」


 零弥の言葉を反芻し、ネオンは少し悩んでいたようだが、やがて小声で自分に言い聞かせるように話し始めた。


「そっか…うん、そうだよね。歌手を目指すって改めて決めたんだから、こんなとこで尻込みしてる場合じゃないよね。

 タイさん、そのお話、お受けします。私にやらせてください!」

「ありがとうございます。では早速一曲お披露目していただいてよろしいですか?」


 話を進めるオーナーに待ったをかけたのは零弥であった。


「それはいいんですけど、ネオンだけでやるんですか?神捧歌ならともかく、歌謡なら伴奏とかは必要では?」

「ご心配なく、私こう見えてギター(verieda)を嗜んでおりますので。」

「そうですか、それじゃあお願いします。頑張れネオン。」

「ママ頑張れー。」

「うん!」


 ネオンはオーナーの案内で暖炉の前に立つと、彼による紹介が行われる。

 ほとんどの客は先程の一幕を見ていたため、拍手とともに期待の眼差しでネオンを見ていた。

 奥からギターを引っ張り出してきたオーナーは曲名を宣言する。それは最近流行りのバンド、ネオンが零弥との待ち合わせの時に歌っていたの作者の最新作であった。

 ギターの前奏が始まり、それに合わせてネオンが歌い始める。

 神捧歌と違い歌謡曲の歌詞は普通の言葉だ。その意味は多少韻を踏んだり語呂のために省略する部分もあるが、意味はわかりやすかった。



 それは友情や愛情というものではない、確たる意味を持たないただの愛を歌っていた。誰に向けたものでもなく、ただ人の心の中の感傷を引き出して癒す。それは普段あまり表に出すことのない弱みや苦悩といったものを人に見せることのできない人の為の歌であった。

 ネオンは静かに、囁くように、そして押し付けるのではなくただ語る。誰も聞いてなくても構わない。ただこの歌声を耳にした誰かがこの歌に癒されてくれればそれでいい。そう自分に言い聞かせるように淡々と、でも確かに人の心に響くように心を込めて歌っていた。


(あのオーナー、こうゆうつもりでこの曲選んだな。)


 零弥はオーナーの選曲に心の中で唸った。

 この曲は三番まであるのだが、三番目は未来への不安を持ちながらももがき進もうとする人の心を支えるのだ。まるで、先程のネオンと零弥のように。



 ネオンの歌が終わると、店内は割れんばかりの拍手で包まれた。中にはスタンディングオベーションすらする者もおり、ネオンへの評価は「期待以上」というところであった。

 オーナーと二、三会話をした後握手を交わして戻ってきたネオンは席に座ると脱力感のこもった息を()いた。


「おつかれネオン。素晴らしいじゃないか。」

「うん…知ってる曲だったからなんとかなったよ。」

「あのオーナーやるな。俺とネオンのやり取り聞いてこの曲思いついたんだろ。ほんと、この店が繁盛する理由がわかる気がする。それで、今後はどうするんだ?」

「うん、とりあえず明日、打ち合わせをして明後日から本格的にバイトとしてやることになるみたい。夏休み中の短期契約で進めることになるわね。」

「じゃあ暫く忙しくなるかな。」

「うん。」


 緊張も解けてケーキに口をつけるネオンの顔に先程まであった不安は無かった。どうやら今日のステージは彼女の中で一歩の大きなステップとなったようだった。


「それじゃあステージで歌う為の衣装も用意しなきゃいけないな。午後は服屋に行こうか。」

「でも高くない?」

「うーん、リンさんからのお小遣いが溜まってるからとりあえず手持ちはあるけど、俺もバイトするか…。」


 一転して和やかな雰囲気で、三人は店を後にするのであった。


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