幕間~ミクリ家お宅訪問~④
ネオンの家を離れ、商店街の一角にある若者に人気と名高い小料理屋へと足を運ぶ。本はネオンの貸してくれたトートバッグに入れてあるから奪われる心配は少ない。
そこでレーネも交えてネオンと3人で、頼んだ料理を待つ。
「…ねぇレミ君。」
「ん?」
先にネオンが話を切り出した。
「レーネの生まれたあの夜に話した約束、あんなの、冗談半分の口約束だと思ってた。レミ君は、本気で私が歌手になれると思ってるの?」
「…ネオンは無理だと思ってるのか?」
「…正直、自信はないわ。」
「諦めるのか?」
「諦めたくはない…けど、諦めた方がきっとずっと楽だし、確実に幸せな未来を選ぶことができると思ってる。」
「まぁ、そうだろうな。ネオンの実力なら、医師も教師も、魔法使いとしても大抵のことは出来るだろうな。」
零弥はそう言って先に頼んでおいたアイスコーヒーを啜る。南エルメリオ大陸の方から取り寄せたとされるそれは冷製であっても芳醇な香りが突き抜けた。
「だけど、俺としてはネオンは歌手を目指して欲しいと思ってる。」
「…なんで?」
「あの夜に言った通りだよ。俺はネオンの歌う歌が好きだ。ネオンが歌ってくれるなら、それを聴き続けたい。」
「…それだけなら、別にわざわざ歌手にならなくても、レミ君のためだけに歌ってあげればそれでいいんじゃないの?」
「それじゃあダメなんだよ。俺が好きなのは、諦めた夢の残り滓のような歌じゃない。夢の為に悩んで、頑張って、それでも前を向く。そんなネオンが心から絞り出す歌声なんだ。」
「…何よそれ。夢を諦めたら私の歌に価値はないってこと?」
「無価値、とは言わないけどな。ネオンは実際歌も上手いから、ただ聴くだけならそれでも十分だと思う。
けど、俺は…。あぁ…そうか。俺は、夢を見て歌うネオンが好きなんだと思う。」
「なっ…!」
唐突に変化球が飛んできてネオンは本日何度目かの赤面になった。
「うん、俺は先の見えない夢を見て、その未来に向かおうとするネオンが好きで、そんなネオンが歌う歌が好きなんだ。」
「そ、そう。」
「それと、ネオンは諦めないと思う。」
「どうしてそんなこと言えるのよ?」
「だって、夢を諦めるって、思い出すのも辛くなるんじゃないか?だとしたら、ネオンは夢を諦めたら歌わなくなってしまうと思う。歌えば夢を諦めたことを思い出して辛くなるだろうから。」
「…そんなに、私は弱くないわ。」
「弱くないなら尚更諦めたりはしないよな?」
零弥の挑戦的な笑みを見て、ネオンはムッとして言い返す。
「あのねぇ…そうやって揚げ足取ろうとするの良くないわよ?」
「言ったよな。俺はネオンに歌手を目指してもらいたいって。」
「~っ!あぁもう、分かったわよ!」
髪の毛を掻き毟りネオンは半ばヤケクソ気味に立ち上がり叫ぶ。
「そんなに言うならやってやるわよ!ただし!あの日の約束、本当に本気で守ってもらうから!
私は歌手になる!貴方はそれを手伝う!私が目指す夢が叶うまで一生付き合ってもらうからね!」
あまりに大きな声だったため、レーネは驚きのあまり固まり、零弥も目を丸くしていた。そして、先程までそれなりに人もいてざわついていたはずの店内は静まり返ってしまった。
注目を集めてしまった恥ずかしさでネオンの頭は沸騰寸前である。
一方で零弥はふっと優しい笑みを浮かべて立ち上がると答えた。
「…あぁ、その約束、確かに引き受けよう。ネオンが夢を叶えるその時を、俺も一緒に夢見よう。」
唐突に店内が拍手で包まれる。中には口笛も聞こえてきて、店内は唐突にお祭り騒ぎになった。
さしもの零弥もここまで騒がれると少し恥ずかしいのか頬が赤くなっていた。ネオンはもはやユデダコである。
固まっていたレーネを宥めつつ、椅子に座りなおすと零弥はおもむろに右手の小指を立てて差し出した。
「…何その手?」
「何って、指切りだよ。こっちじゃそうゆう習慣ないのかな。俺たちの故郷の約束の証さ。小指と小指を絡めて約束を交わすのさ。」
「へぇ、そうなんだ。」
ネオンは零弥の小指に彼女の白く細い小指を絡める。
零弥は小さな声で指切りの約束を歌う。
「指切り拳万、嘘ついたら針千本飲ーます。」
「え、何その物騒な歌。」
「そのまんまさ、約束破ったら指切り落として一万回殴って針千本飲ませるって意味。」
「指切りってそんな意味だったの!?」
「もちろん言葉だけだよ。でも、それくらいの覚悟で挑めってことさ。これだけの観衆の前で約束しちまったんだから、もう引き下がれないぞ?」
「うぅう~」
ネオンは数分前の自分を殴りに行きたい衝動に駆られていた。
さて、そんなことをしているうちに料理の方が出来たようだ。運ばれてきた料理は色とりどりの蒸し野菜と麺に、この店秘伝の濃口の冷製スープを掛けたものである。レーネの方には種々の魚介のカルボナーラ風が置かれる。
「さてと、迷いは晴れたか?伸びないうちに食べよう。」
「いただきます!」
「…いただきます。」
暫くは料理の味の感想や、宿題の進捗、雑談などで和やかに話が進んでいた。




