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幕間~ミクリ家お宅訪問~②

 零弥にはその男性に見覚えがある。彼こそこの診療所の主人であり、零弥達が最初に出会った異世界人の1人、トリン=ミクリ。ネオンの父親である。


「あっ、お父さん。おかえり。」

「おかえりなさいあなた。」

「お邪魔してます。その節はお世話になりました。」

「おぉ、君はあの時の…たしかレミ君だったね。」


 トリンも覚えていたようだ。尤も、零弥と伶和の入院は彼にとっても衝撃的な記憶であったろうから覚えていない方が不自然な気もしなくはない。


「今日はどうしたんだい?なにか体調に不調でも?」

「いえ、少しお願いがありまして、ネオンを通してお願いしようかと…」

「んん~」


 零弥の言葉を遮ったのは起き抜けにレーネの出した声であった。

 レーネは周りを見渡すと零弥に尋ねる。


「パパ、ここどこ?」

「ネオンの家だよ?」

「ママの?へぇ…。」

「まま?」


 レーネの言葉が不穏な雰囲気を醸し出す。見ればトリンの表情がさっきとは打って変わって険しいものになっていた。

 やってしまったかとこめかみを押さえるネオン。さてどうしようかと思案する零弥。さてどうするのかと興味深げなヘリアナ。

 それぞれの思考が加速していく音が聞こえる気がした。


「あー、レミ君?その子は…何かな?」

「レーネです。故あって育てています。」

「なるほど、親代わりということかね?パパ、と言うのはそうゆう事だろう。して、ママとは?」

「ネオンのことよ?」

「お母さん!?」


 背後から唐突に不意打ちが入る。ヘリアナであった。

 トリンの眼光がより剣呑になっていく。一体全体ヘリアナはどういうつもりだと背後に視線を送ると、彼女の目は試していると、さぁどうすると値踏みしていることを雄弁に語っていた。

 零弥は再びトリンに顔を向ける。


「トリンさん、落ち着いてください。レーネはただの子供で、俺が父親、ネオンが母親代わりとして面倒を見ている。それだけのことです。」


 常識的に考えて、レーネが本当にネオンの子供ならネオンは10歳の時に産んだということになる。医学的にあり得ない。さらに言えば、零弥がネオンと知り合ったのは今年の四月。これまた計算が合わない。


「では、それについて君はどう思っているのかね?」

「どう…とは?」

「ネオンを…母親として認めるのかね?」


 その質問は、ネオンの中で燻る疑念の一つである。

 果たして自分はレーネの母親として的確か。

 たった15歳で子供を育てる立場になって、ネオンは日々不安を募らせていた。心なしかレーネを避けている自分にも気づいていた。出来ることなら零弥に任せたいとも考えていた。そしてそんな自分に嫌悪感を抱くこともままあった。

 レーネと自分に真に血縁はない。ただ、ネオンを起源としているだけだ。イリシアにも言われていた、ネオンが責任を負う必要はないと。だが、どうしてそれで納得できないのか。

 ならば、それはきっと偏に…、


「レーネはネオンを母と呼ぶ。ネオンを母親とするのにそれ以上の理由が要りますか?」


 零弥はきっぱりとそう言った。

 イリシアとは真逆の考え。だが、ネオンのなかであまりにも納得してしまう否定したい解答だった。


「確かに、自分の娘が、どこの誰ともわからない子供の親として扱われるのは不安でしょうし、本人だって戸惑うでしょう。

 でも、レーネには親が必要だ。そのレーネが親と定めたのが偶然俺たちだっただけです。」

「ならば、君やネオンでなくてもいいのではないかね?未熟な君たちよりももっと成熟した大人が育てた方が教育にもいいはずだ。」


 トリンの表情は娘を奪う男を見る目ではなくなっていた。それは、一人の大人としての意見であった。


「…子供は親を選べない。」

「それは詭弁だ。子供にはキチンとした教育が必要なのだ。その為には生みの親に拘ってはいけない。育ての親ならなおのこと選ばねばならないと、私は考えるが?」

「それこそ詭弁ではないですか?子供は親を選べないというのは、子供にそれだけの力が無いからです。だが、子供にだって親を選ぶ権利ぐらいはあるはずだ。」


 対する零弥の表情も、この場をやり過ごそうという顔ではなかった。一人の人間としての零弥の覚悟が表れていた。

 零弥はレーネを抱き直すと、続きを語り出す。


「かつてレーネに聞いたことがあります。俺たちが学校を出るまで、セシル家で暮らすのはどうかと。この子は嫌だと言ったんです。セシル夫妻は好きだけど、俺たちと離れるのは嫌だと。」


 その言葉にネオンは、零弥も同じように考えていたことに驚き、安堵し、そしてそれにも気付かずに一人で悩んで逃げ出そうとしていた自分を顧みて胸を痛めた。


「俺は、親とは子供を守り、育てるものでは無いと感じています。

 子供が親の下で生きて、学び、成長する。親は子供の期待に応えるべく世話をする。それをする事に、資格はいらない。必要なのは、何があってもその子が一人で立てるようになるまで見捨てない覚悟だ。

 俺を育ててくれた人のように、俺は、レーネが求める限り、レーネの親であり続けます。」


 零弥は真っ直ぐにトリンを見る。迷いは、なかった。

 トリンはそれを受け止めた上で次の言葉を紡いだ。


「そうか…では、ネオンを巻き込むつもりはないと約束してもらおうか?」

「お父さん…?」

「アレはまだ若い。君のように強い心は持ってない。親としての責任を果たせるほどの力も覚悟も育ってないんだ。」


 最後はやはりそうなるだろうと、零弥は予想していた。実際、分かっていたことだった。

 だからこそ零弥は、適当に誤魔化すことはしなかった。


「…確約は出来ません。どうあっても、レーネにとって母親はネオンです。

 ですが、俺たちが彼女の足枷になるようなことは絶対にありません。ネオンとは、約束がありますから。」

「その言葉は、信じていいのかね?」

「信頼も信用も不足しているのは重々承知の上で、理解していただきたい。」


 それから暫く、沈黙が続いた。それを破ったのはトリンの深い溜息であった。


「…これ以上、私には君を屈させる事は出来ないようだね。

 なるほど、親に必要なのは覚悟、か。君がどんな過酷な人生を送ってきたのか、想像もつかないが、その覚悟に免じて、私はここで一歩引こう。」


 だが、とトリンは再び険しい表情で零弥を睨め付けると、


「ネオンをそう簡単に手に入れられるとは思わない事だな。」


 と吐き捨てて、診察室の方へと歩いていった。

 トリンの姿が見えなくなると、ネオンがゆっくりと零弥の横に歩いてきた。


「えっと、レミ君。その…ありがとう。」

「はは…なんか、本を借りるなんて雰囲気じゃ無くなっちゃったな。」

「うぅ…ごめん。」

「あら、本を借りに来たの?どんな本?」

「えっと、医術書なんですが…。」

「へぇ、医師を目指すの?」

「いえ、そうゆうわけではないですけど。」


 ここに来た理由を話すとヘリアナはそうゆう事ならと、階段下の物置にある金庫を開けて、中から本を取り出した。無論、医術書である。


「私とトリン、学術院でそれぞれ一冊ずつ貰ってるから、片方は予備にと金庫に入れてるの。そうね、まずは基礎から、これを貸してあげましょう。無くさないでね?」


 と言って一冊の分厚い本を受け取る。その本はズシリとした重みがあった。題は「人体、その在り方」という。

 基礎となる一冊でこの重さである。全てを理解するのは途方もなく時間がかかるだろうと零弥は冷や汗を流した。


「それにしても、さっきのレミ君は凄かったわね。トリンがあんなこと言うなんて。」

「まったく…親バカすぎて恥ずかしいわよ。」

「あの最後の台詞、なんか勘違いされてるような気がするんですが?」


 トリンの最後の台詞は、零弥とネオンの交際を認めないというニュアンスだと思うが、零弥はそんなつもりはない。

 ただネオンはレーネの母親であると言っただけだ。と、零弥は考えている。


「あら、そうなの?てっきりもう婚約まで考えてるのかと思ったわ。ネオンも照れっぱなしだし。」

「そ、そそそんなわけないでしょ!これはアレよ!勘違い!吊り橋効果!」

「なんか、こう騒がしいネオンは初めて見たな。うん、面白い。」

「面白いって何よもー!!」


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