EXTRA MISSION:神秘古代跡嶺を探索せよ!⑨
ところで、一行の中で一人だけ違うところを見ているものがいた。レーネである。
「ねぇねぇママ。これ何?なんでこの子動かないの?」
彼女はそこに横たわっている竜をつついても動かない事を疑問に思っているらしい。
「レーネ。それは竜、とっても強い生き物よ。」
「強いの?」
「えぇ。でもその子はもう死んでしまってる。だから動けないの。」
「強いのに死んじゃうの?」
「どんなに強い行き物でも、いつかは死んでしまう。だからそれまでみんな精一杯生きるの。」
「そうなんだ。」
ネオンはレーネにそう教えるとレーネはどこか愛おしそうに竜の身体を撫でた。
「…あっそうだ。」
クロムはふと思いついたように顔を上げる。
「この竜、弔ってあげれませんか?」
「ふむ。そうだね。このまま野晒しにするのもよくないし、そうしようか。」
アクトも二つ返事で賛成する。
「クロム、そういえば昨晩から随分とこの竜に入れ込んでたよな?」
「なんか、他人って感じがしなくてさ。やっぱり竜だからかな。ってゆうか、レミだって殺す気じゃなかっただろ?」
「そりゃあ、好き好んで殺す理由はないしな。助けられるなら助けた方がいいだろ。」
零弥はクロムの答えに考えるところがあった。
『他人という感じがしない。』
クロムはそう言った。クロムはどう見ても獣人でも竜人ではない。源人種のはずだ。だが、昨晩の戦いでスライムを引き剥がし竜にとどめを刺したのは論理的に考えてクロム以外にありえない。そしてその時のクロムは控えめに言っても人間のものとは言えない行動であった。
さらに言えば、クロムは竜の言葉が分かる様子であった。クロムの声は竜に聞こえていなかった事、零弥には竜の言葉はただの咆哮にしか聞こえなかったことからも、クロム が竜の言葉を理解できると考えるのが自然である。しかし、それがなぜ理解できるのか、クロム本人も分かってはいないようだ。
クロムには何かがある。それも本人が気づいていないような何かが。零弥はそう考えたが、今それを言っても答えは出ないだろうと、胸の内にそっと閉まっておくことにした。
閑話休題。竜の弔いを行う為に、一行は動き出した。
「弔うのはいいけれど、そのまま埋めちゃうのは運ぶのも大変だし勿体無い。」
とイリシアが言ったので、竜の遺骸を解体することにする。
実際、この竜の全長は5メートル以上はある。そのままで運ぶのは無理難題であった。
それに、竜の身体は捨てるところがないと言われる。やろうと思えば弔いの為の部分は残らないだろう。しかし全部は持ち帰れないので欲しい部分だけ選抜して持ち帰ることにした。
肉を食べるのはやめた方がいいとは零弥の意見。スライムの魔物の毒の強力さはクロムが身をもって体感していたし。この竜の身体中にその毒が回っている可能性が高いからだ。内臓も危険だろう。
そうなると有用なのは皮、鱗、ヒレ、牙、爪、骨である。これを解体するのは容易ではない。骨は大きさも重さもあるので持ち帰るのも一苦労だ。特に皮やヒレは早めに加工しないと価値が下がる。これらを持ち帰るのは得策ではない。
というわけで今回は、頭を切り出してそれを火葬することで弔うことにした。そして残った鱗、牙、爪から各々欲しいものをいくらか取ろうという話になった。残りはアクトが人を雇って処理するとのことだ。
「それじゃあ早速解体するか。伶和、ネオン、レーネを連れて外で待っててくれないか。」
さすがに幼い子供の目の前で竜の解体をするのは憚られたので零弥はそう言うと、二人とも安心したような表情でレーネを連れて行く。どうやら彼女らもグロテスクな光景を見ずに済んで良かったということだろう。
「じゃあまずは頭を切り落として…。」
伶和たちが出て言ったのを確認すると、零弥はそう言ってナイフを鋼属性で巨大化した包丁を竜の頭に向かって振り下ろす。
結果としては、零弥の腕が痺れるのみ。包丁は竜の首の骨によって阻まれた。
「…っ!!!」
「おいレミ大丈夫か?」
「なんだこれめちゃくちゃ硬い。」
「そりゃあ死んでたってそれは竜だぞ?でかい包丁一本で首が落とせたら誰だってドラゴンスレイヤーだ。」
心配するクロムと対照的に冷たい視線を向けるリン。おそらく暫くはこの調子が続くのだろうなと零弥は心中溜息を吐くのであった。
その後、スライムの張り付いていた部分が柔らかいということを思い出しそこから刃を入れて、背骨の椎間板の部分を切るようにすることで首を切り落とした。竜の首はそれだけでも大分重いのだが、火の精霊アグナに頼んである程度乾かしてもらい、紐で括り皆で身体強化フル活用で引っ張ったらなんとか外に運び出すことができた。
…
火葬の準備を整えた一行は滝壺のほとりで竜の首の周りを櫓で囲った。ここで行うのは延焼防止の意図のほかに、火葬後の頭骨を滝壺に沈めて墓標の代わりにしようというクロムの提案もあったからだ。
「それでは、この名も無き竜の葬儀を行います。零弥君、クロム君、まずは彼の来歴を。」
コエンザイム皇国の葬儀は、死者の来歴を参列者に伝え、続けて追悼、最後に葬送を行う。
ここでは事の顛末を知っている零弥とクロムが来歴を語ることになる。まずはクロムから口を開いた。
「…この竜は、魔物に侵されていました。寄生され、毒を身体に流し込まれながら苦しんでいました。」
「私たちがここに来て、夜の話題にとネオンが歌った歌の力が、偶然その竜と魔物にも伝わったのでしょう。彼らはこちらに向かって動き出しました。それに気がついた私とクロムは竜と対峙したのです。」
「彼は魔物の毒に耐えながら私達と戦いました。彼に寄生した魔物を取り除くことはできましたが、その際の傷が致命傷となり、ここに倒れることになったのです。」
零弥とクロムの語りはそこで終わる。アクトに続きは引き継がれた。
「さて、非業の死を遂げたかの竜ですが、彼のおかげで我々は望外の恵みを得るにも至りました。
我々は彼に感謝の意を示すとともに、その命に敬意と謝意を示して、ここに葬儀を執り行う運びとなりました。
皆さん、彼の嘗ての威容に敬意を。そして彼の命の果てに立ち会った運命に感謝と哀悼を捧げましょう。黙祷。」
沈黙。川のせせらぎや木々のさざめきのみがその場を包む。
それぞれがその竜に対しどのようなことを思ったのかは分からない。ただ、静かに目を瞑って時をかけるのである。
そうして黙祷が終わり、最後の段階。葬送の時間が来た。今回は火葬の後の水葬である。
本来であれば清めた油をかけて教会で起こした聖火で火をつけるのだがそれは用意できなかったので【陰陽炎】で火を付けた。
ちりちりと頬に伝わる熱、死体が焼ける独特の匂い、炎に包まれ焼け落ちていく肉が、この竜の本当の終わりを告げていた。
普通より高熱の炎で一気に灰へと変わっていく竜。その最後の肉が燃え尽きる様を眺めていた零弥の耳に、落ち着いたような声が響いた。
《感謝する。》
一瞬だけ、ほんの一言。しかし、決して気のせいではないと言い切れるほどにハッキリとその言葉は零弥のもとに届いた。
炎は消え、そこには灰と骨だけが残る。もう、声が聞こえることはなかった。
灰は川に流される。そして骨は滝壺の底へと沈められた。
こうして、葬儀は幕を下ろしたのであった。
…




