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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第1部 修復士と黒竜
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07 修復士と勧誘②



「あるじは、本当に、器の大きな方だ……。こんなわたしに、そのような……」

「クロウ、」


 己を卑下するような言葉に、ヴィゼは知らず知らず眉を寄せる。

 その上クロウは、今にも膝をつかんばかりの様子で、ヴィゼを見つめた。


 ――これは本当に現実なのか? わたしにあまりにも都合が良すぎる……。


 泣きそうな気持ちで、クロウは必死に考えていた。

 頷きたい。

 けれど、簡単に頷いてしまってよいのか、分からない。


 ――わたしは強くなったし、知識も得た。昔とは違う。


 だがもし、あの時(・・・)のことを繰り返すようなことになってしまったら?

 ヴィゼをまた(・・)、苦しめるようなことになったら?

 ヴィゼを守りたいと思うのなら、是と返してはいけないのだ……。


「わたしは……、」


 クロウは葛藤した。


 強い逡巡は同席している者たちへも伝わり、心配そうな目がクロウへ向く。

 礼をしたいからと、ここに招待した時でさえ、頷いていいのかと思い詰めていたクロウだ。

 やはり急ぎ過ぎた、とヴィゼは後悔を覚え、答えを焦らないよう伝えようと口を開きかける。

 しかし、それに先んじて、穏やかな声音が食堂に静かに響いた。


「クロウ殿は、この<黒水晶>に加わりたいと思いますかな? それとも、加わりたくないですかな?」


 直接的な問いかけに肩を揺らしたのは、クロウだけではなかった。


「お、御大……?」

「色々と考えすぎて答えが出ないのなら、シンプルに考えればいいのですなぁ。どちらを選んでも後悔するのならば、そうしたいと望む方を選んだ方が良いと考えますが、いかがですかな?」

「……って、後悔なんて、させないようにするよ」

「これは失礼しましたな、リーダー」


 ゼエンは悪びれずに笑う。

 ヴィゼはまた口を滑らせたと思って、少しばかり顔を赤くした。


「どうでしょうな、リーダーもこのように言っておりますが。クロウ殿?」

「わたしは……」


 促され、瞳を揺らしながらも、クロウは続けた。


「……ここにいたい、と思う」


「クロウ――」


「だが……、」


 クロウは顔を曇らせ、懸念を口にする。


「今日一日だけのことならばともかく、ずっとわたしが共にいれば……、いつか、皆に大変な迷惑をかけてしまうかもしれない」


 そして彼女は、告白した。


「わたしは……、アビリティ持ちなのだ」


 メンバーはそれに、瞠目する。


 アビリティとは、先天的特殊能力を指す。

 アビリティ持ちは、今の魔術では実現化の難しいことを、生まれ持った力で容易く叶えてしまえるのだ。


 しかし、アビリティ持ちに対し、その能力を有用と評価するより、蔑み差別する風潮の方が強い。

 その存在は、幻獣との混血にしか現れない故に。


 人の持つアビリティは、幻獣の持つ先天的能力(これもまたアビリティと呼ぶ)が人の血にあらわれたもの。

 よって、アビリティを持つということは魔物に近しい存在である、という考えが一般的なものとなってしまっていた。

 祖先が魔物に蹂躙されたのだと憐れまれるならまだしも、そのために蔑む者が多いということが現実なのだ。


「クロウが今日、廃城にあのタイミングで出てきてくれたのは、アビリティがあったからなんだね」


 そうではないか、と考えていたヴィゼは、静かに言った。


「そうだ、あるじ。……やはりあるじは、気付いていたな。さすがだ」


 クロウは微笑むが、それは諦観や達観を含み、その容貌には不似合いな、老成したものだった。


 それにむっとしたように、エイバが言う。


「……アビリティ持ちだからって、俺たちは気にしないぜ」


「そうだな……。だが、わたしのアビリティは忌避されておかしくないのだ」


 諦めきった溜め息と共に、クロウは保有するアビリティが如何なるものか説明した。


「わたしは、影に潜むことができるのだ」

「影……?」

「影を媒介にして異次元に潜む、というのが正しいのかもしれない。わたしはそのアビリティを使うことで、例えば暗殺だって至極簡単にやれてしまえるし、相手の弱みだって握り放題だ」


 おそらくこれまで、クロウはそうであるからと、敬遠されてきたのだろう。

 それが分かって、ヴィゼの胸は痛んだ。


「皆がそんなわたしを受け入れてくれたとしても……、わたしのアビリティのことが他に知られれば、クランそのものが後ろ指をさされることになるかもしれない。わたしはそんなのは、嫌だ」


 クロウはぎゅっと拳を握る。

 それを解いてやりたい、と思いながら、ヴィゼは気負わない声で言った。


「……クロウの心配は分かるよ。有り難いと思う。だけど、大丈夫だよ」

「しかし、あるじ、」


 眉を寄せたクロウに、他のメンバーもフォローを口にする。

 クロウのアビリティに驚きこそすれ、忌避感は抱かずに。


「せやよー。うちにはもう立派な悪名があるしね」

「ああ、その名の通りの<ブラック>クラン、な」

「リーダー兼参謀の立てる作戦がえげつない、とか、応援だろうがなんだろうが労力を酷使してくる、とか言われておりますな」


 その内容に、ヴィゼは口元を引き攣らせた。


「それ、主に僕のことだよね。クランがどうこうっていうか、僕だよね……」

「い、いや、それは実力を認めての一種の褒め言葉なのでは?」

「そうかな……」


 慌てた様子のクロウに逆にフォローされて、ヴィゼは肩を落としながら力なく笑うが、すぐに気を取り直す。


「――とにかく、そういう風に言われてるってのもあるし、いざとなったら情報操作だってやれるし」


 ヴィゼは言い切り、クロウはともかくとしてもメンバーには確実に黒判定された。


「それに、殺人とか余程のルール違反を犯さない限り、そうそう非難されることはないと思う。むしろ、魔物を倒すのにクロウが活躍してくれれば、協会なんかはもっとやれって言ってくるかも。いや、もちろんクロウが使いたくないならアビリティを使ってもらうことはないんだけど」

「あるじ……」


 ヴィゼの目にも他のメンバーの表情にも嫌悪がないのを見てとって、クロウは胸が詰まる思いだった。


「――だが、わたしは……、あるじを守るためとはいえ、ずっとあるじの影の中にいて……、その、もちろん、プライベートは覗き見しないように気をつけていたが、それでもわたしは、あるじを……悪い言い方をすれば、つけまわしていたのだ。それでも、わたしは、許されるだろうか……」


 まるで懺悔するように、クロウは告げた。

 おそらくずっと、許されなくとも、と思っていたのかもしれない。

 それでもヴィゼを守る、と。


 ヴィゼは、己がクロウに負担ばかり強いているように感じて、溜め息を吐きたくなった。

 クロウに対して、全く不快感など覚えることなく。

 それは、ヴィゼ自身、不可解なほど。

 出会ったばかりの彼女を、ヴィゼは受け入れてしまっている。

 本当はもっと、疑い、慎重になるべきなのだろう。

 それでもヴィゼは、クロウを突き離すことなどできず。

 手を差し出すことに、まるで抵抗はなかった。


「許すも許さないも、ないよ。今日だって、そのおかげで助けられたんだ」


 揺るぎない声。

 微笑は意識せずとも優しくなる。

 ヴィゼはクロウを見つめた。


「感謝こそすれ、忌む道理はない。受け入れる理由にはなっても、拒絶の動機にはならない」


 だから、どうか。

 この手を取ってほしいと、ヴィゼは願った。


「……他に、話せぬこともある。それでも?」


 クロウは潤む目で、主と仰ぐ人の、その手に眼差しを注ぐ。


「そんなの、当たり前のことだよ。僕だって、そうだし」

「戦士稼業しとる連中は、大抵わけありやったりするしな」


 あっけらかんと言われて、クロウは俯く。

 ヴィゼは、彼女が泣いてしまうのではないかと思った。

 けれど、クロウが顔を上げた時涙は見られず、ただ、震える手で、彼女はヴィゼの手を押し戴いた。

 緊張のせいか、その指先が冷たい。

 ヴィゼは、その温度とあまり変わらない己の手のひらで、クロウのその小さな手を感じ取った。


「あるじ……、試すようなことを言ってしまったことを、詫びる。何より、わたしを受け入れてくれたことに、感謝を」


 凛とした黒い瞳が、真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに、ヴィゼを射抜いて。


「わたしはまた、あるじに迷惑をかけてしまうやもしれない。だが、その時は、きっとわたしがお守りする。あるじも、皆も。絶対に、あの時のようには、させない」


 そう、クロウは誓った。


「これから、よろしく頼む」


 ――ああ、


 とヴィゼは感じ入ったような溜め息を、誰にも知られぬようそっと零す。


「ありがとう……。こちらこそよろしくね、クロウ。歓迎するよ」


 リーダーの言葉に、仲間たちも顔を見合わせて笑った。


「<黒水晶>始まって以来、初の新しい仲間だな。めでたいぜ!」

「明日は歓迎会やね!」

「いや、今日もこんな豪華な馳走を用意してもらったというのに、」

「そうですなぁ、まだリンゴが余っているので、リンゴのシフォンケーキはいかがでしょうかな。焼きリンゴにしても良いですが……」

「シフォンケーキ……焼きリンゴ」


 復唱したクロウに、歓迎会は決行だな、とヴィゼは確信して笑う。


「――で、お二人さんはいつまで手を握り合ってるんだ?」


 にやにやと言ったエイバに、ヴィゼとクロウははっと手を離し、互いに何となく狼狽え。


 こうして――、<黒水晶>は総勢五人を有するクランとなったのだった。




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