表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第1部 修復士と黒竜
4/185

04 修復士と協会



 モンスベルク。

 この王国は、五百年前、大陸の半分を統治下に置いていた帝国ヴェントゥスが解体し、できた国である。

 広大で肥沃な大地、豊かな水資源、大陸を横断するための交易路、そして強大な武力。

 二大国の一と称せられるのも当然の強国だ。


 クラン<黒水晶>の本拠地は、そのモンスベルクの王都の南に位置する街、キトルスの外れにあった。

 キトルスは王都の中心地からは少し離れるが、ここを過ぎれば都の中心へと辿り着くので、王都の入口という認識をされている。

 人も情報も集まりやすく、大きな市もある一方で、中心地より落ち着いた賑わいを、ヴィゼは好ましく感じていた。

 何よりもキトルスには、協会(・・)があるのだ。


「ごめんね、こっちの都合で寄り道させてもらっちゃって」

「構わない」


 詫びたヴィゼに、クロウは首を振る。


 面倒な廃城を保有するケルセン領はキトルスの東、目と鼻の先にある。街道を馬で駆け、既に<黒水晶>のメンバーはキトルスへと戻っていた。

 初秋の太陽には夏の名残があって燦々と地上を照らし、仲間たちはその熱にじわりと汗を滲ませている。


 彼らが馬を降りた目の前には、レンガ色の屋根と白い壁を持った、大きな建築物。

 そこに翻る旗には、大地と海と空を象った図柄が描かれている。

 その旗こそ、ここが協会である、その証だった。


「モンスベルク王国協会支部本部、か……」

「いつも、支部なのか本部なのか分からなくなりそうだと思うんだよね」

「確かに」


 ふふ、とクロウが笑いを零したので、ヴィゼは気を良くする。


 協会、とは――。

 簡単に言えば、魔物からこの世界(・・・・)を守るためにつくられた組織である。

 もっと言うならば、世界の境界(・・・・)を維持し、異世界(・・・)より侵入してきた害悪を排する、そのための機関だ。


 ヴィゼたちが生まれ、生きるこの世界には、もう一つの世界がほとんど重なるようにして存在している、という。

 その向こうの世界をナーエと呼び、あちらをナーエと言う時、こちらの世界をエーデと呼んで区別する。


 ナーエに人間は存在せず、その大地には幻獣と呼ばれる、魔力を持った獣たちが生きている。

 二つの世界はあまりに近くに在りすぎて、世界同士の境界が薄れ綻んだ時、その幻獣たちはそこからこちらへとやってきてしまうのだ。


 幻獣の種類は様々で、人を襲わないものもいるが、大抵は獰猛で人を見れば躊躇なく牙をむく。

 人を襲う幻獣を特に、人々は魔物と呼んだ。


 それら魔物と戦うことを生業とする者たちが、剣士や魔術士といった、戦士である。

 彼らは大抵の場合、クランと呼ばれるチームを作り、複数人で魔物に立ち向かう。

 魔物が一体のみということは少なく、群れで行動するものが多い上、人とは比べ物にならない鋭い牙や爪、強靭な四肢、もしくは魔力でもって攻撃してくるため、単身で挑むにはリスクが高すぎるのだ。


 そして、戦士・クランの大部分は、協会に所属する。

 無論<黒水晶>も例外ではなく、それは協会が、魔物討伐依頼の仲介・サポートをしてくれるからだ。


 協会はそれぞれのクランに見合った依頼・任務を紹介し、情報やアイテムを安く提供するなど、様々にクランを支えてくれる。依頼料がきちんと支払われるまでその役目を怠らないので、依頼人から支払いを逃げられることもない。

 逆に、国や領主、商売のために護衛を必要とする商人、その他魔物に困る人々からすれば、協会が依頼に適確なクランを選び、間違いなく依頼が達成されるまで手を尽くしてくれるので、魔物の討ち漏らしや依頼料の持ち逃げなどを防ぐことができる、というわけだ。


 さらにいえば、協会は、国境を持たず、大陸中に存在する。

 それによって、国境を跨ぐような魔物の侵攻などにも柔軟に対応しているのだ。

 総本部は永世中立国であるマラキアにあり、キトルスにあるのはモンスベルク王国における支部を統括する協会――つまり、モンスベルク王国協会支部本部、であった。


「お二人さん、短い相乗りの間にまた仲良くなったんじゃねえか?」

「エイバ……」


 ヴィゼとクロウが微笑みあっていると、エイバがにやにやと茶々と入れる。

 ヴィゼは耳が熱くなるのを感じながら、からかってくる仲間を軽く睨みつけた。


 キトルスからケルセンへの往路に<黒水晶>の面々は馬を使用したが、クロウはそうではなかったため、五人でキトルスに戻るには誰かが彼女と相乗りしなくてはならなかったのだ。

 そこでヴィゼは、手綱を持つ両腕でクロウを囲むようにして、ここまで馬を走らせてきたのである。

 その役目を、誰かに任せることは、できずに。


 ――ケルセンが隣で良かった……。


 と、ヴィゼは安堵するような、残念なような気持ちでいた。

 なにせ、相乗りというものは、距離が近すぎて、もちろん決して嫌なわけではなかったが、落ち着かなかったのだ。


 そうしたヴィゼの気持ちを見透かしているだろうエイバに、どう返すのが正解だろうか。

 揶揄の言葉への意趣返しをヴィゼは割と真剣に考えたが、


「……その顔気持ち悪い」


 そう告げたのはヴィゼではなく、顔を顰めて言い返したのは、なんとクロウだった。


「にゃ、にゃにおう!?」

「あるじ、こんなもの見てはいけない。うつる」

「俺は病原菌か!」

「あるじにうつってもわたしは決して見捨てたりしないが」

「……ありがとう、クロウ」

「無視かい!」


 誤解されそうだが、もちろんこれはクロウとエイバの冗談なのである――正確には、クロウにとっては本気が八割、冗談二割であったが。

 それをちゃんと分かって、ゼエンは一連のやりとりに思わずふき出した。

 レヴァーレも笑いを堪えている。


「……では、歩く大きな病原菌殿には馬の返却をお願いしましょうかな」

「御大まで……!」


 エイバは大げさに嘆いたが、手綱は素直に受け取った。

 四頭の馬たちは、協会から借り受けたものなのだ。


「じゃあ、よろしく」


 馬の返却はエイバに任せることとして、残りのメンバーは協会の入口へと向かう。

 協会に立ち寄ったのは、馬の返却のためだけではない。

 今回の廃城の偵察について、報告をしなければならなかった。


 普通の討伐依頼であれば協会が偵察して情報をくれるのだが、この依頼に関しては危険度を考慮してヴィゼたちが偵察を買って出ている。

 依頼達成まで時間がかかりそうなので、ちゃんと動いているということを依頼人にアピールするためにも、必要なことだった。


 そうして、協会の重たい木製のドアを、ゼエンが開く。


「わたしまで中に入ってしまって良いのか?」

「問題ない問題ない。協会は基本誰を拒んだりせえへんよ」


 躊躇を見せたクロウの肩を、そっとレヴァーレが押して、四人はドアを潜った。

 その反応を見るに、クロウは戦士ではあっても、協会には所属していないのだろう、とヴィゼは推測する。


「人が多いな……」

「モンスベルクでの協会本部やからねー」


 協会の建物内部に入るのは初めてらしいクロウがきょろきょろしていると、レヴァーレがにこやかに説明した。


「中心からは外れても一応王都やし、本部やからね、ここは所属クランが一等多いんよ。依頼も多く集まるし、働いとる人もその分おる。これでも今日は空いてる方や」

「そうなのか……」


 ドアから入った一階は受付となっており、雑多な人々のざわめきで満ちている。

 入ってすぐの右手には大きな掲示板があり、協会がいちいちクランや戦士を選定する必要のないような依頼に関する張り紙がしてあるようだった。

 左手には、休憩所なのか、待つための場所なのか、複数のテーブルとイス。

 正面にカウンターがあり、簡単に八つに仕切られていた。レヴァーレが言ったように今はまだ余裕があるのか、そこには職員が三人しか座っていない。


 ざわめきの中、ヴィゼは仲間たちに聞こえるように言った。


「それじゃあ、報告に行ってくるよ。クロウと御大は、一緒にそこで待っててくれる? レヴァはラフの迎えに」

「あるじ……、」


 クロウは何か言いたげではあったが、ただ頷く。

 ゼエンとレヴァーレも、それぞれ了承の返事をした。


「そんなにかからないと思うから」


 ヴィゼは安心させるように微笑んで、背中を向ける。

 それに、何故かとても、抵抗があった。





「……クロウ殿の好物をお聞きしてもよろしいですかな?」


 ヴィゼは受付に声をかけ、別室へ入って行く。依頼主の身分と依頼内容から、なるべく情報を漏らさないようにとの協会の配慮だった。


 それをじっと見送っていたクロウに、ゼエンは穏やかに聞く。

 レヴァーレも受付奥へ消えてしまい、二人は隅のイスに腰かけていた。

 クロウは最初、その問いかけにきょとんとしていたが、やがて素直に答える。


「そう、だな……、野菜や果物が好きだ。肉は嫌いというほどではないが、あまり食べない」

「菜食主義なのですなぁ。ケーキなどは好まれますかな?」

「うん」

「ではアップルパイでも焼きますかなぁ」


 その単語に、クロウの瞳が分かりやすく輝いた。

 ゼエンは微笑ましく、目を細める。


「今晩は常以上に腕を振るわねばなりませんな。恩人殿のお礼ですからなぁ」


 恩人、と言われクロウは困り顔を見せたが反論はせず、すぐ控え目な笑顔へと変わる。


「……実は、<天の恵み>殿の料理を食べてみたかったんだ」

「ご存知でしたか」


 <天の恵み>はゼエンの持つ二つ名のうちの一つである。

 それなりに広く知られているので、クロウがその名を口にしてもゼエンに驚きはない。

 しかし、クロウの言葉に感慨深いものを聞き取って、ゼエンはふと首を傾げた。


「ゼエンさま、おかえりなさい……!」


 そんなゼエンとクロウの左側から、高い声が上がる。

 二人が声の方へ視線を向けると、そこには幼い少女の姿があった。


「ただいま帰りました、ラフさん」


 にこにこと太陽のような笑顔を浮かべる少女を、立ち上がったゼエンが抱き上げる。

 その少女に続くように、レヴァーレが手を振り戻ってきていた。

 クロウも立ち上がり、それを迎える。


「ラフ、言ったやろ、お客様に挨拶しぃよ」

「あ、そうでした!」

「私もついついいつもの癖で。失礼しましたな」


 ラフ、と呼ばれた少女は、すぐにゼエンの腕から下りた。


「はじめまして、ラーフリールです! ラフ、ってよんでください。よろしくおねがいします!」


 元気良くぺこりと頭を下げて、少女はどこか舌足らずながら礼儀正しくクロウに自己紹介する。

 それに、レヴァーレが補足した。


「うちとエイの一人娘なんよー。仲良くしたって」

「ああ……、あの巨木はともかく、貴殿にはよく似ている」

「きょぼく?」


 不思議そうにするラーフリールの前、クロウは膝を折って応じる。


「母親似で良かったな。わたしはクロウだ。こちらこそよろしく頼む」

「はい!」


 はきはきと返すラーフリールの容貌は、レヴァーレと瓜二つ。髪の色だけが、エイバと同じ茶色である。


 さすがにまだ幼い彼女を一人本拠地に残していくわけにはいかず、<黒水晶>は、仕事の際協会に彼女を預かってもらっているのだった。


「ちゅうか、そんな丁寧な呼び方せんでええよー。レヴァって呼んでや」

「う、うん……」


 レヴァーレのその言葉に、クロウは膝を伸ばし、少し困ったように頷く。


「それでは私のことも、ゼエンとお呼びください」

「それは――、いや、よければあるじたちに倣ってわたしも御大と呼ばせてもらいたい」

「構いませんが、私はそう呼ばれるほどの者でもないのですがなぁ」

「なに言うとるん。御大は御大やで!」


「――で、俺は巨木なわけか」


 馬の返却を終えたエイバがいつの間にか近くにいて、クロウを見下ろすように腕組みをしている。


「もっとまともな呼び方はないのかよ?」

「ウドの大木、とか?」

「ますますひどいっ」


 先ほどの冗談といい、クロウはどうやら廃城前での一件で、エイバの扱い方を決めたらしかった。

 だが、険悪な雰囲気があるわけではない。

 ゼエンもレヴァーレも先ほどと同様、笑いを堪えて二人のやりとりを見守った。

 厳しい顔をしたのは、ラーフリールである。


「お父さん、だめですよ、クロウさんはおんじんさんだって、お母さんが言ってました。ちゃんと、れいをつ、つつく……」

「礼を尽くす、ですな」

「そうです、れいをつくす、じゃないと! それに、あいさつがまだですよ!」


 愛娘の指摘に、エイバは後頭部を掻いた。


「そう、だな。まあ、ちっと気をつける。――と、ただいま、ラフ」

「おかえりなさい、お父さん」


 ラーフリールはすぐに難しい顔を解き、笑顔で父親に告げる。


「……まぁったく、誰に似てこんなにしっかりした娘に育ったんだか。将来安心だよ、お父さんは」

「どう考えても、御大の影響やけどね……」


 エイバは娘を抱き上げながら呟き、レヴァーレも複雑な顔で言う。

 ラーフリールは両親以上にゼエンに懐いており、親としては微妙な心持ちにもなるのだった。


「――ごめん、お待たせ」


 そうこうしている内に、協会に報告を終えたヴィゼも戻って来た。

 彼が声をかけるより先に、クロウはぴっとヴィゼの方へと視線を向けている。


「ヴィゼさん、おかえりなさい」

「ただいま、ラフ」


 落ち着いた様子で迎えてくれたラーフリールに、苦笑を浮かべてヴィゼは返す。

 ラーフリールの笑顔は、対ゼエン用と、対両親用と、対その他用があって、どう比べてもいつもその他用の笑顔を向けられるヴィゼは、少し落ち込んでしまうのだった。


「早かったな、ヴィゼやん」

「まあ、ね。とりあえず報告だけだったから。応援なんかの打ち合わせはまた明日。考えをもう少しまとめないとね」


 ヴィゼの言葉に、メンバーは苦い顔になる。


「応援……」

「やっぱ、いるよなぁ……」

「さすがにあの数相手じゃね」


 倒しても倒しても新たな魔物が出てくるあの城に、四人だけで挑むのは厳しい。

 しかし応援を頼むとなると、増えた人数分、<黒水晶>の報酬は減ることになる。

 メンバーが多少なりと渋い顔になるのも、無理はなかった。

 そうなりそうだと、予想はしていたのであるが。


 そもそも、四人のクランが引き受けるような依頼ではなかったのだ。

 だが、どのクランも報酬と危険度の見合わなさに依頼を引き受けず、協会は四人だけの<黒水晶>に託すしかなくなった。

 <黒水晶>のこれまでの実績からすれば四人でもいけるのでは、と協会側は考えていたが、そこまで現実は甘くない。


「……ていうか、どっか応援引き受けてくれるかね?」

「まあ、何とかなるよ。多分ね」


 ヴィゼは肩を竦める。

 憂鬱な空気がメンバーを覆いそうになったところで、そうはさせじと、レヴァーレは明るく声を上げた。


「ま、あの嫌な城のことは一旦置いとこ! それより、今からどうする?」


 想定よりも偵察ができずに終わってしまい、キトルスに戻るのも早かった。

 午後の時間はすっかり空いてしまい、ヴィゼはリーダーとして口を開こうとしたが、ゼエンに先を越される。


「私は買い出しに行きたいですな。できればエイバ殿にその手伝いをお願いしたいのですが」

「おう、了解だぜ」


 つまりは荷物持ちだが、エイバは軽い返事で引き受けた。

 そのエイバの腕に抱えられている娘に、レヴァーレは微笑みかける。


「じゃあ、ラフとうちは、本拠地戻ってクロやんをお迎えする準備しよか」

「はい、がんばります!」


 ラーフリールも意気揚々と拳を振り上げる。


 そしてメンバーの視線は、午後の予定に関してすっかり置いていかれてしまったリーダーと、その恩人に向かった。


「その間、ヴィゼやんはクロやんと軽食でもとってきたらええわ」

「そうですな、夕食にはまだ時間がありますし」

「ついでに、この辺案内して来いよ」

「クロやん、欲しいもんがあったらヴィゼやんに買うてもらうんやで」


「え、え、えっと……?」


 ぽんぽんと進んでいく話に、ヴィゼとクロウは目を白黒させる。

 流されるまま二人は協会を出、他のメンバーの背をいつの間にか見送っていた。


「ええっと……」


 ヴィゼとクロウは顔を見合わせ、


「――じゃあ、とりあえず、何か食べに行こうか」


 レヴァーレの提案を採用したヴィゼに、クロウはこくりと頷いた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ