24 <黒水晶>と白竜と依頼④
「……まずは<消閑>とコンタクトをとるところから、ですかな」
「そうだね」
迫る危機へ対処するため、一つ一つ行動していくほかない。
ゼエンの言葉に、ヴィゼは同意を返した。
「ひとまず<影>を向かわせよう。早い方がいい……よな?」
クロウに見上げられ、ふむ、とヴィゼは束の間考え込む。
「……うん、とりあえず顔合わせの打診をしてもらおうかな。明日以降で向こうの都合に合わせる、ってことで。ただ、タイミングによっては僕とクロウは不参加になるかもしれないけど……」
「ナーエに行く、ってやつか」
「本当に行くのですかな?」
「行かなきゃ」
心配を隠さない仲間たちに、ヴィゼは強く告げる。
「大丈夫だよ。基本身を隠しているつもりだし……戦いに行くわけじゃないから。昔と違って、クロウと二人だしね」
その言葉に、クロウも生真面目に頷いた。
『わたし……、案内しましょうか?』
おずおずと申し出てくれたセーラに、ヴィゼは微笑む。
「ありがとう。だけど今回は僕たちだけで行くよ。でも、ナーエの様子は聞いておきたいかな」
『様子、ですか?』
「今回の“呪い”の件、幻獣たちがどう受け止めているのかと思って。メリディエスからはそこまでのことは聞けなかったから。セーラは初耳だったみたいだけど、他の種族の雰囲気とか……」
うーん、とセーラはあるようなないような首を捻った。
『あんまり他の種族と関わらないのではっきり言えることは……。でも、最近ぴりぴりしてるなって、ついこの間みんなで話したりしてました』
「“呪い”の侵攻も序盤、といったところなのかな……。それならいいんだけど」
『すみません、お力になれなくて……』
「いや、セーラがこれまでと変わらない日々を送ってた、っていう情報だけでも十分だったくらいだから。“呪い”の拡大が酷ければ、何かしらの影響を受けていただろうし。……改めて考えると、セーラも無事で良かったよ」
ヴィゼの言葉に、全員が最悪の事態を脳裏に浮かべた。
レヴァーレがセーラをぎゅっと胸元に引き寄せる。
セーラもぞっとしたらしく、その手にぎゅっとくっついた。
――そう、危険、なんだよな……。
ヴィゼはレヴァーレに抱きしめられるセーラを見つめながら、思案する。
メリディエスから話を聞きながら、セーラを含めた樹妖精に“呪い”の偵察を頼めないかと考えていたのだが、安易だったかもしれない。
それでも、提案だけはするべきだろうか――。
ヴィゼは眉間に皺を寄せた。
「……それにしても、現実味ないけど、大変なことになってしもたなー。ラフにはどこからどこまで伝えたもんやろか……」
難しい顔になったヴィゼの視線の先、抱え込んだセーラを撫でながら、レヴァーレはぼやく。
メリディエスによって眠らされたラーフリールは、両親たちによって部屋のベッドに運ばれていた。
白竜の配慮により、世界の真実を幼い彼女に背負わせずに済んだことは幸いであったが、無問題とはいかない。
「世界の危機、って単語は聞いちまってたもんな」
「魔物の大侵攻と綻びの増加だけでも世界の危機と言っておかしくないから、それ以上のことをラフの前で言わないように気をつけておいたらいいんじゃないかな。エイバが襲われたことは……、それとは別件で、以前にクロウが攫われたことと合わせて、<黒水晶>を狙う輩がいるってことにして……」
「……せや、な。それがよさそうやな」
「今後キトルスを出がちになるだろうし、いざという時は、ラフに護衛をつける口実にもなる」
「護衛……」
大げさではないか、との思いがある一方で、ヴィゼの言葉に不安を煽られ、仲間たちは顔を見合わせた。
「必要だと思うのか、ヴィゼ」
「念のため、というか……。場合によっては手配するつもりでいるよ」
「ヴィゼ」
怪我を庇いつつ、エイバは身を乗り出した。
曖昧な笑みを口元に貼りつけたヴィゼを、鋭く呼ぶ。
「ラフにも……、呪いのニオイ、みたいなのがついてると思うのか」
自分のせいで、とエイバは顔を強張らせていた。
そんな風に思わせたくなかったから、ヴィゼは言葉を濁したのだ。
「……限りなくゼロに近い可能性だよ。僕の考えすぎ、なんだろうと思う。メリディエスは何も言わなかったし、ラフの分も魔術具を借りられるかもしれないから、そうすれば護衛をつけるまではしなくていいと思うけど……」
笑みを消し、嘆息交じりにヴィゼは答えた。
「それについてはまた後日、メリディエスに聞いてみる」
先ほど聞ければ良かったのだが、とても口を挟める雰囲気ではなかったのだ。
「……似たような魔術具が隠れ家にあったはずだ。後で持って来よう」
クロウも憂いの滲む表情で言う。
「安全策は必要だと思う。わたしも巨木のことはずっと気付かないままだったし、“呪い”がどこまで自身のことを辿れるのか分からないからな」
「助かるぜ、クロ」
「ありがとな」
エイバたちの感謝に、クロウはただ黙って首を振った。
「けど……、クロやんの方が対策がいるんやない?」
「いや、必要ない」
クロウの否定は早い。
「“呪い”に近付いてほしくない場面では対策するが、それ以外では囮を務める」
「囮、なんて……」
それを許すのか、という仲間たちの視線はヴィゼの方へ向かった。
「全く許したくないけど……、決めてしまっているんだね」
「打てる手は打つべきだろう? わたしなら“呪い”を倒せるのだから尚更だ」
苦い表情を浮かべるヴィゼを、クロウは真っ直ぐに見上げる。
「だけど、お前、前の時は――」
「あの時の相手には害意がなかった。だから抵抗しなかったんだ」
虚を突かれたせいもあるが、それも嘘ではない。
言いかけたエイバを遮り、クロウはきっぱりと告げる。
「大丈夫……、わたしは死なない」
この命は、ヴィゼのものでもあるのだから。
そう言外に告げてくるクロウに、ヴィゼは言葉を呑み込むしかなかった。
揺るがない様子のクロウに、他のメンバーもそれ以上の反論ができない。
「……メリディエスも同じ意見かな」
ただ、往生際悪く、ヴィゼは何とかそう口にした。
「反対はしないはずだ。巨木を使おうとしないことが意外なくらいで……」
メリディエスの謝罪を思い返し、クロウは消沈した。
――まさかあそこまで思い詰めていたなんて……。
メリディエスは――白竜は、ノーチェウィスクを――親友を救えなかった。
救えなかった親友は“呪い”に変貌してしまい、白竜はこれ以上過ちを犯させてはならないと、“呪い”を追いかけ続けてきたのだ。
それを知っていたから、今回エイバが襲われたと聞き蒼ざめたメリディエスに、クロウは彼女の心境を慮った。
けれど、誇り高い彼女が膝をつくほどに呵責に苛まれていたなんて。
――メルは……、本当ならわたしには分からせたくなかっただろうな……。
けれどメリディエスはクロウがいる前でエイバに対し謝罪した。
それは彼女の余裕のなさの表れだ。
それを考えると、クロウは焦燥に落ち着かなくなってしまう。
「……エテレインさんに助力を頼む気満々だったくらいだしね」
深刻な顔つきのクロウの気を逸らすように、ヴィゼはそれを暴露した。
いずれにせよ知れることなので、今のうちに仲間たちにも伝えておこうという意図もある。
「なに?」
「アディーユさんを止める一つの策として、さ」
「メル……」
クロウもそれは聞いていなかったため、頭を抱えてしまった。
「レインは……、やる、やろなぁ……」
「アルクスさんが守りにつくっていう話だから、大丈夫だとは思うけどね」
「ふうん?」
レヴァーレは、今は非常時と、ついついにやつきそうになるのを何とか堪えた。
しかし、本当に少しずつではあるがエテレインがアルクスに絆されてきているのをその態度から感じ取っていたので、遠くない内に良い話が聞けるかもしれない、という期待を膨らませてしまう。
「ここまでの状況じゃなければなぁ……。あっ」
ぼやいたところで、思わず声を上げたレヴァーレに注目が集まった。
「なんだ、どうした」
「クロやんとヴィゼやんのお祝い……、延期するしかないよなぁ」
「お祝い?」
「二人が無事に結ばれたお祝い」
きょとんと首を傾けたクロウに、レヴァーレは真正直に告げる。
「!? なっ……、ばっ……、」
クロウは真っ赤になって立ち上がり、全員の顔を見渡して言葉を失った。
生温さもあるものの、良かった良かったと言わんばかりの眼差し。
セーラは無邪気に『おめでとうございますー!』と跳ねている。
「あ、あるじ……」
「ごめん、皆には応援してもらっていたし、報告しました」
「う……、ば、ばか……」
クロウは弱々しく罵るが、可愛いだけである。
ヴィゼは立ち上がり、抱きしめるようにしてクロウの顔を隠した。
あまりにも自然に行われた動作に、男性陣からは何とも言えない視線が、女性陣からは熱っぽい視線が向かう。
「レヴァ、そのお祝い、なんだけど……。一週間以内に開催をお願いできる?」
「えっ、やっていいん?」
祝ってくれと自分から言うのはなかなかに抵抗がある。
重たい唇を動かして告げたヴィゼに、レヴァーレは瞳を輝かせた。
本気(正気)か、と問うエイバとゼエンの目は知らないふりで、ヴィゼは続ける。
「実は、メリディエスから、クロウの結婚式を見たいとお願いがあって……」
まさかの単語に、クロウはぎょっとしてヴィゼを見上げた。
結婚式、とレヴァーレはさらに瞳をキラキラとさせる。
「最初は小さなものをって考えていたけど、やっぱり、その、順番もあるし……。あー、ごめん、ちょっと待って」
言いかけて、ヴィゼはフリーズしているクロウを見つめた。
それから顔を上げ、仲間たちに宣言する。
「……とりあえず、今日の話は一旦ここまで。各自体を休めて、今後に備えておいてほしい。レヴァ、今頼んだこと、進めておいてもらっていいかな」
「もちのろんやで!」
そうして――。
レヴァーレのサムズアップと、飛び跳ねるセーラと、生温い視線を背に、ヴィゼはクロウを連れ、食堂を出たのだった。