23 <黒水晶>と白竜と依頼③
食堂に、春の日差しが降り注いでいる。
その中で、頭痛がするのか、こめかみを押さえているゼエン・エイバ・レヴァーレの姿があった。
召喚されたセーラは、どういう体調の表れか、テーブルの上で平べったくなっている。
――頭痛くなるよね……。
世界の危機――全く冗談のような字面である――について仲間たちに話したヴィゼは、ゼエンの淹れた茶で喉を潤しつつ、同じ頭痛の経験者としてしみじみと思った。
食堂には久々に<黒水晶>のメンバーが全員集まっている。
こんな時ではあるが、少々感慨深い。
などと、やや現実逃避気味にヴィゼは思った。
仲間たちからの抗議を予想しての現実逃避だった。
「ちょっと詰め込み過ぎじゃね……?」
「消化不良ですな……」
「容量過多~」
「ですよね……」
まさしくヴィゼも、メリディエスにそう言いたかった。
「それで、どうかな。魔物討伐はいずれにせよ協会から依頼が来ると思うけど、“呪い”の対処と、世界分割のためのサポート……、メリディエスからの依頼を受けるかどうか」
「あるじ、そんな早速……」
窘めるように、クロウはヴィゼの服を引っ張る。
上目遣いのその仕草があまりに可愛らしく、ヴィゼの胸をわし掴んだ。
ついつい本音が零れそうになって、こんな時だからとさすがに自重する。
そんなリーダーを、仲間たちは生温い目で見やった。
「……依頼は受けるの一択だろ。“呪い”とは決着つけねえとな」
「アディーユさんのこともあるし、クロやんを犠牲にするのなんか許すわけなし!」
「何より、報酬額が報酬額ですからな」
「右に同じ!」
「みんな……」
協力してくれるだろう――、と分かってはいたが、こうして即答してくれる仲間たちに胸がいっぱいになって、クロウは言葉を失った。
こんな仲間たちだからこそ、巻き込みたくないと強く願ったのだ。
そのために行動し、けれどそれは阻止されてしまった。
結局こうして巻き込んでしまったことを謝罪したいし、感謝もしたいのに、ただ目頭が熱くなるばかりで、クロウは何も言えなかった。
「あるじ……」
そんなクロウの背に、そっと温もりが乗せられる。
気遣う手のひらに、クロウは隣に座るヴィゼを見上げた。
ざわめく気持ちが少し落ち着いて、代わりに温かい思いが満ちていく。
そんなクロウに、ヴィゼはさりげない微笑を向けた。
クロウが仲間たちを守るためにしたことをヴィゼが口にすることはなかったし、これからも言うつもりはない。
だからクロウの反応を過剰にとられないよう、ヴィゼはテーブルの上の緑に視線を移した。
「……セーラは、どうかな?」
ヴィゼに名を呼ばれ、セーラははっと丸く復活する。
『あ、えっと、わたしも……、できることがあれば、お手伝いしたいです!』
「ありがとう。頼りにさせてもらうと思う。よろしくね」
『頑張ります!』
古白石の件で、セーラには無駄足を踏ませてしまったばかりだ。
少々頼みづらさを覚えていたヴィゼだが、彼女の元気な返事に救われる。
「ええ子やなぁ」
と、レヴァーレも相好を崩してセーラをよしよしと撫でた。
「けど、世界分割したら、セーラやんとはもう会えんのか……」
はっ、とセーラはレヴァーレを見上げた。
どうやら今気付いたらしい。
「二つの世界の行き来ができるかどうか、世界分割してみないとはっきりと分からないけどね……。完全に断絶してしまうのか、そうでないのか……。ただ、<源>が全く別になってしまうわけだから――」
『そんな――』
セーラはしょんぼりと黙ってしまった。
そんなセーラを、全員で順番に撫でる。
彼女にはエーデで生きる選択肢もあるが、生きていく場所を決めるのはセーラ自身だ。
だからただ、そうするしかなかったのである。
「しかし、リーダー。“呪い”の対処に当たるといっても、実際にはどのように?」
切り替えるようにゼエンが尋ね、ヴィゼは苦く返した。
「それなんだけど、具体的なことはこれから詰めていかないといけないんだよね……。<消閑>と隠れ里の人たちと、連携をとることになると思うんだけど」
チーム、とアルクスが言ったのはそういう意味だろう。
「……それな、大々的にてなるのか分からんのやけど、協会も噛んでくるんやないかな」
これもう言っていいよな、とレヴァーレは迷う素振りで告げる。
「実は、協会所属の修復士の大半て……、隠れ里の人なんよ」
「……それは、大層な機密事項なのでは……」
「せやから、ここだけの話な」
ヴィゼの話を聞く前から隠れ里の存在を知っていたレヴァーレは、口の前にぴっと人差し指を立てて見せた。
「それがよくこれまで漏れずにいたね。気付かれそうなものだけど……」
「修復士の確保は重要課題の一つやから、それについてはかなり厳重でなー」
多くの情報を集めてきたヴィゼでさえ初耳の事実に、感心してしまう。
それにレヴァーレは、しかめつらしく応じた。
「隠れ里からの戦力補充は白竜さんも関わっとって、それで余計に機密のままってこともあるかも」
「各国の王族たちと協会の上層部と、それぞれにパイプを作っていたようだから、十分にあり得る話だ」
クロウも白竜が手広くやってきたことを全て知っているわけではないが、同意する。
「偉い人らがこそこそやっとったんは、魔物が増えた影響、ちゅうか……、世界のこと、相談しとったんかなー」
協会の偉い人、にはレヴァーレの両親も含まれている。
憂慮の色を瞳に浮かべるレヴァーレに、ヴィゼは肯定を返した。
「魔物と世界分割の対策と……、頭を抱えてるだろうね。どこまで情報公開するかも悩ましいだろうし……。それに、協会は魔物から人を守るために作られた組織だから、さらに先のことまで考えてしまうと――」
ヴィゼに示唆された内容に、世界の危機を聞かされたばかりの三人ははっとして顔を見合わせる。
「今はまだ、その心配は先走りすぎ、だろうけどね。とにかく、この危機を乗り越えないと」
ヴィゼの言葉に、全員が真剣な顔で頷いた。