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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第6部 修復士と白竜
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22 <黒水晶>と白竜と依頼②



「――!?」


 頭を下げられたエイバはもちろん、他の面々も、ヴィゼも、それには息を呑んだ。


「すまなかった。そなたを苦しめた“呪い”は、わたしが……倒すべきものじゃった。わたしがあれに気付いて消すことができていたなら……、そなたはあれほどに苦しむことはなかった。家族を失うことも……」


 苦渋に満ちた声で、メリディエスは謝罪する。

 黒竜の“呪い”はエイバの父を死に至らしめ、エイバ本人にも死を覚悟させるほどの苦しみを与え続けた。

 そのことを、彼女は前世からずっと思い詰めていたのだった。


 当時、ヴィゼの影に潜んでいたクロウの<影>から報告を受けた時の衝撃を、白竜はいまだに忘れられない。

 一刻も早くエイバを救いたい気持ちはあったが、彼の仲間たちが常にエイバを見守っているような状況で手をこまねいてしまった。

 対応に迷う内に、ヴィゼが“呪い”を封じてくれ、どれほど安堵したことだろう。


 そういった白竜の事情の一切合切を、この時のエイバは知らない。

 しかし、メリディエスが彼に罪悪感を持っていることは理解した。

 そして、これで二度目だな、と思った。


「あー、止めてくれ。あんたが俺の父親に“呪い”をしかけたわけでもねえんだろ。別に全然悪くもねえのに、そんなに本格的に謝られたら困っちまう」

「すまぬ。自己満足じゃとは分かっておるが……」

「そんなら一回謝ったんだから、それで満足してくれよ」

「うむ……。しかし、今回そなたが襲われたのも、そなたが“呪い”に憑りつかれていたからじゃろうし――」

「なに?」


 エイバは顔を顰め、少し考えて、メリディエスの腕を引っ張って立たせた。


「お、おい……」

「頭下げられたまんまじゃ落ち着かねえから、立って説明してくれ。……あたたたた」

「やから安静にって言うたのに……」


 今この時、メリディエスを引き上げることができるのはエイバだけだった。

 だから、小言を言うレヴァーレの口調は優しい。


「“呪い”に狙われたのが、なんでだって?」

「今、あの“呪い”は力をつけようとしておる。詳しい話はヴィゼにしてもらうとして――」


 と、メリディエスは説明をヴィゼに任せる姿勢は崩さず言う。


「あれはそのために散らばった己を回収しておるのじゃ。そなたに憑いていた“呪い”は封じられたが、それなりに侵食されておった故に、ニオイが残っておるのじゃろう。そのわずかな痕跡を辿り、そなたの前に現れたのじゃ」

「分かるような、分からんような……」


 首を傾げるエイバの体を、そうとは知られぬようにメリディエスは魔術で確認した。


 ――治療術師の腕は素晴らしいの一言に尽きるの。これならばすぐに回復するじゃろう。それにしても、何というタイミングの悪さじゃ……。


 ヴィゼがクロウの思惑を挫くまで、メリディエスはクロウの<影>を封じていた。

 それがなければ、襲われたエイバを<影>が助け、ここまでの怪我を負うことはなかったかもしれない。

 クロウのために<影>を封じることは必要不可欠なことだったが、その可能性を思えばますます、メリディエスは負い目を感じてしまうのだった。


「それじゃまた、俺は狙われるのか?」

「それは防げる。これをつけていてほしいのじゃ」


 現実的なエイバの問いに、メリディエスはひとまず悔悟の思いに蓋をした。

 それから彼女が差し出したのは、白い腕輪である。

 クロウがつけているものとは違ったタイプの、帯状のリングだった。


「“呪い”の気配はそれで消えるはずじゃ」

「へえ……、サンキュな。ちょっとクロとお揃いみたいなのがアレだけど――」


 言いかけて、エイバはぎくりとヴィゼを見やった。

 わずかな殺気を感じたのだ。


「どうしてヤンデレの前でそういう迂闊なことを言うのじゃ。というか、クロウとのお揃いになんの不満があると?」

「スミマセン……」


 謝られていたはずが、謝ることになったエイバである。

 メリディエスは溜め息を吐き、腕輪の色を金に変えてやった。


「ほれ、そなたの番の色にしてやったぞ」

「つ、番……、」


 その単語に、エイバとレヴァーレが顔を赤くする。


「ついでに聞くが、“呪い”を斬った剣はどれじゃ?」

「これや。クロやんから借りとる剣……」


 使っていないテーブルの上に置いておいた剣を差し出したのはレヴァーレだ。

 それは、クロウがエイバに貸しているものだった。

 普段エイバが使っている剣はメンテナンスに出していたので、今朝はそれを帯びていったのである。


「なるほど、クロウが作ったものじゃったか……。今回“呪い”を退けられたのはこの剣だからじゃな。しばらくはこれを使うと良い。クロウ、他の者にも念のためそなたの剣を渡しておくように」

「分かった」


 仲間を守れたことに安堵しつつ、クロウは首肯した。


「さて、と……。もう少し、きちんと謝罪をしたかったが――」


 ふらり、とメリディエスが体を揺らす。

 クロウは瞬時に駆け寄り、その小さな体を支えた。


「時間切れじゃの……。すまぬ、クロウ、しばし、眠る……」

「ああ、ゆっくり休んでくれ」


 そのままメリディエスは目を閉じかけたが、最後にこう言った。


「ヴィゼ、例の件、忘れるな、よ……」


 ゼンマイが切れたように、メリディエスは眠りに落ちた。

 力を失った親友を、クロウは大切に抱きしめる。


「クロウ殿、代わりましょう」

「アルクス殿……、頼んだぞ」

「もちろんです」


 クロウの腕からメリディエスを引き取ったのはアルクスである。

 彼は小さな当代白竜の運搬役を己に課しているようだった。


「それでは皆さん、慌ただしくしてしまい申し訳ありませんが、一旦失礼します。また近い内にお会いしましょう」


 白竜の一族としても<消閑>のリーダーとしても、アルクスは多忙も多忙であるはずだ。

 それでもそんな素振りは見せず、彼は丁寧に礼をする。


「アルクス殿、ありがとうございました。送っていただいたことも、仲間を救っていただいたことも……」

「大したことはしておりませんし、そんなに改まった礼は必要ありませんよ。何より我々は今、チームではありませんか」


 まさかアルクスからそんな風に言われるとは思わず、ヴィゼは呆気にとられた。

 呆然としている内に、アルクスは颯爽と去っていく。


「……今の、揶揄われたのかな?」

「本心のようだったが――」


 そう困惑するヴィゼとクロウの後ろから、仲間たちの声がかかった。


「ええっと、」

「リーダー、クロウ殿、」

「結局、どういうことなんだ?」


 ヴィゼは振り返り、さもありなん、と口の中で呟く。

 戸惑い溢れる仲間たちの表情から、その胸中が分かりすぎるほどに分かって。


「……どこから説明したものかな……」


 怒涛のようにやりたいことをやり後のことを丸投げしていったメリディエスに若干恨めしい気持ちを抱きつつ、ヴィゼは天を仰いだのだった。




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