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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第6部 修復士と白竜
181/185

21 <黒水晶>と白竜と依頼①



 がっくりと肩を落としたメリディエスは、それ以上ヴィゼについて掘り下げるのを止めた。

 そして、何かに気付いたようにふと顔を上げ、壁の向こうを見透かすように目を細める。


「……迎えが来たのう」


 呟くように言って、メリディエスは立ち上がった。


「時間じゃ。そろそろ行くぞ」


 メリディエスに促され、ヴィゼとクロウも席を立つ。

 何となく離れ難く、手は握り合ったままだ。


 件の古白石の遺跡と同様、メリディエスの魔力を感知して出入口が開く仕組みになっているようで、彼女が壁に手をかざすとドア部分が横にスライドし――外から、涼しい空気が入り込んでくる。


「ここは……」


 部屋、というよりその小さな建物から外に出ると、目に入るのは白み始めた空と緑、そして連なる山々であった。


「中央山脈のうち、マラキアの領土にあたる場所じゃ」


 どこだ、と絶句したヴィゼに、メリディエスはそう告げる。


「そう驚くことでもないじゃろう。そなたも転移魔術は使えるではないか」

「それは……、そうですが……」

「それよりも、もう朝とは……。何かあったかの……」


 メリディエスが顔を顰めるところに、近付いてくる足音があった。


「申し訳ありません、遅くなりました」


 存在を知らせるためにわざと音を立てたのだろう――木々の間から姿を見せたのは、銀の鎧を身に着けたアルクスだった。

 彼はメリディエスに向かい、丁寧な礼をする。


「ちょうど良いタイミングじゃった。それで、どうしたのじゃ」


 アルクスに迎えを頼んでいたメリディエスだが、目安としてもっと早い時間を告げていた。

 そうであるのに、この時間になるまでアルクスがこの場を訪れなかったことから、何事かが起きたと察し、そう尋ねる。


「実は……、」


 答えかけ、ヴィゼとクロウに目を向けたアルクスが、珍しく躊躇いを見せた。

 その瞳が二人の繋がれた手に注目し、瞬く。


「<黒水晶>絡みなのじゃな?」

「そうです」


 メリディエスに視線を戻し、アルクスは今度こそはっきりと、そう答えた。


「<不可壊の剣>が、“呪い”に襲われました」

「……!」


 メリディエスとクロウが揃って息を呑み、青くなる。

 ヴィゼも顔色を変え、声を上げていた。


「エイバは……! 無事なんですか!?」

「幸い怪我は大したものではありませんでした。ただ、逃げた“呪い”を追ったものの見失ってしまい……」

「……無事ならば良い。ひとまずは<黒水晶>の本拠地へと急ぐこととしよう。アルクス、頼めるな?」

「問題ありません」


 アルクスは頷き、メリディエスを抱えると、ヴィゼとクロウも含めた転移魔術を発動させ、<黒水晶>本拠地へと"跳んだ"。






「エイバ……!」


 ヴィゼがドアを開け放った本拠地の食堂に、セーラを除く<黒水晶>メンバーは揃っていた。

 姿を見せたヴィゼに、全員がほっとした表情になる。


「おう」


 名前を呼ばれたエイバはひらひらと手を振るが、その胴体には治療用らしい固定具が巻かれており、ヴィゼは血相を変えたまま親友の元へ歩み寄った。


「ヴィゼやん、クロやんも、お帰り」


 ちょうどエイバの治療を終えたところだったレヴァーレが、立ち上がって戻った二人を迎える。


「ただいま……」


 力なく返したクロウは、エイバの胴体をじっと見つめた。

 罪悪感に潰されそうになっているクロウの肩を抱き、ヴィゼは仲間たちに問いかける。


「襲われたって聞いたけど……」

「それが、いつものジョギング中に急にな……、」


 言いかけたレヴァーレだったが、気遣わしげに振り向く。

 彼女が気にするのはラーフリールだ。

 ラーフリールはエイバの隣に心配そうに座り、さらにその彼女を支えるようにゼエンがついている。

 ゼエンもラーフリールも、先ほどまでレヴァーレのサポートにあたっていたのだ。


「ラフ、お父さんは大丈夫になったし、部屋に行くか?」

「わたしもききたいです」


 ふるふると首を振ったラーフリールの頭を、エイバがよしよしと撫でる。

 レヴァーレはいまだ迷う様子で、ラーフリールからクロウへと視線を移し、憂慮の眼差しになった。

 レヴァーレが何を気にしてくれているかは分かって、クロウは弱々しく微笑む。


「レヴァ、話してくれ」

「うん……」

「俺が話すぞ?」

「エイはしばらく安静!」


 レヴァーレの懸念は、エイバも同じくするところだ。

 それでも話すのは自分がとエイバに言い渡したレヴァーレは、改めてヴィゼたちに向き直る。

 心を決めた彼女は、単刀直入に言った。


「黒尽くめの女性に襲われたんよ。前に……、クロやんを連れ去ったのと同じ相手、に見えた」

「――!」


 アルクスから聞いていたとはいえ、衝撃は大きい。

 ヴィゼとクロウは息を詰めた。


 襲撃相手について具体的な形容を今初めて聞いたのはゼエンも同じで、ラーフリールの肩を支える手に力がこもる。


 それぞれの反応を前に、レヴァーレは続けた。


「エイに『来い』、って言うてた。断ったら襲われて、防御ごと吹っ飛ばされて……。エイやったから無事やったけど……」


 そう、レヴァーレは顔を曇らせる。


「よく撃退できたね……」

「ここのところ物騒やろ? 何があってもすぐに動けるように武器は常に携帯しとったから……」


 これまでは走り込みの際に武器は携帯していなかったが、魔物の活発化もあり、最近は常に身に着けるようにしていたのだ、とレヴァーレは言う。


「それで相手がエイに斬られて怯んだところに、<消閑>の人らが駆けつけてきてくれてな。逃げ出しよったから後を追うのは任せて、うちらは戻ってきたんよ」

「そう、か……。レヴァに怪我は?」

「うちは全然。エイが庇ってくれたしな。エイは全身打撲に肋骨骨折。治療魔術でほぼ直したけど、骨はまだ固まってないから、しばらく安静にしといてもらわんと……」

「ま、俺のことだからすぐ回復するとは思うが」

「レヴァの許可がおりるまでは無理しないでよ。……とにかく、二人が無事で良かった」


 このエイバの怪我を大したことがない、とアルクスが言ったようには思えないが、ヴィゼはひとまず胸を撫で下ろす。


「ヴィゼやんもな。呼びに行ってもどこにもおらんから心配しとったんよ。クロやんを迎えに行っとったん?」

「いや、僕は――」


 ヴィゼとクロウは視線を交わした。

 どう説明したものか、と逡巡したところで、後ろから声が上がる。


「……ヴィゼとクロウはわたしが借りていた」


 発言の主は、言わずもがな、メリディエスだ。


 食堂の入口にアルクスがメリディエスを抱えたまま立っていて、ヴィゼは今更ながら焦った。

 慌てるあまり、案内もせず、メリディエスたちを放置していたのだ。


「ええと……?」


 アルクスに抱えられた、年齢に似つかわしくない話し方の幼女に、ヴィゼたち以外の戸惑いの視線が向けられる。

 その視線の先で、メリディエスはすとんと軽い動作で着地した。


「わたしはメリディエス。白竜じゃ。<黒水晶>に依頼があり、そなたらのリーダーを連れ出させてもらった」

「白竜……!?」


 驚愕する面々に、メリディエスは畳みかけるように続ける。


「依頼は世界の危機を救うこと。報酬は、先代白竜の残した遺産じゃ。生まれ変わっても遊んで暮らせるほどの金額を約束しよう。ヴィゼ、そなたにはわたしが残した魔術研究の全てを閲覧する権利をそれに加えて寄越す」

「メリディエス、しかし――」

「どうせわたしはもう使わぬ。遠慮するな」


 クロウの命がかかっていることだ。

 報酬のことなど微塵も考えていなかったヴィゼは難色を示したが、メリディエスは彼の遠慮を一刀両断した。


「そなたには必要じゃろう」

「……」


 ヴィゼは黙し、頷いた。

 確かに彼には、まだ多くの知識が必要だったのだ。


「世界の危機、って――」

「詳しくはそなたらのリーダーから聞いてほしい。依頼を引き受けるか否かは各人の判断に任せる」


 とんでもない依頼内容に<黒水晶>の仲間たちは目を白黒させるしかない。

 彼らへの説明をヴィゼに丸投げし、メリディエスは食堂の中へと歩みを進めた。

 そして、ラーフリールへと視線を向ける。


「すまんな、子よ。世界の真実を知るには、そなたはまだ幼い」

「え――」

「ラフ!」「ラフさん!」


 メリディエスの謝罪と共に、ラーフリールは意識を失い崩れ落ちた。

 すぐ側にいたゼエンが、その小さな体を抱き留める。


「何を……!?」

「眠らせただけじゃ。幼子に聞かせる話ではない故に」

「害のない魔術だ。ラフはそのまま眠らせてやってくれ」


 クロウのフォローで、仲間たちはメリディエスへの敵意をしまいこんだ。

 とはいえ、メリディエスは先ほどからあまりにも性急である。


「おい、メル……」

「分かっておるよ。しかし、もう時間がないのじゃ。これ逃せば、いつまた機会が訪れるか分からぬし……」


 弱々しく告げられ、クロウはそれ以上何も言えなくなった。

 これからメリディエスが行おうとしていることを察してしまえば、尚更。


「<不可壊の剣>よ」

「お、おう……」


 ラーフリールを心配そうに見つめていたエイバは、唐突に呼びかけられ、ぎくしゃくと返事をした。


 そんな彼に向かい、メリディエスは膝をつき――、首を垂れたのである。




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