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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第6部 修復士と白竜
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19 修復士と黒竜と裁定



「……そろそろ空気を止めて良いかの?」


 クロウの涙が落ち着く頃、じとりとした目でメリディエスはヴィゼを睨んだ。

 メリディエスの様子にヴィゼは苦笑し、それからそっと、クロウの耳元で囁く。


「……クロウ、大丈夫そう?」

「……うん……」


 必要以上に距離を詰めるヴィゼにメリディエスはますます目を怒らせたが、泣き腫らしたクロウの目元を見、文句を口の中にしまった。


「痛々しいのう」


 呟いて、メリディエスはクロウの顔に手をかざす。

 医療魔術で腫れた目元を治療するメリディエスに、クロウは頬を膨らませた。


「お前のせいでもあるんだぞ……。わたしだけ助けようとして……」

「わたしのための涙でもあったか。光栄じゃ」

「満面の笑顔になるところではないと思うが……」


 クロウは毒気を抜かれ、ひとつ溜め息を吐く。


「わたしが……、迂闊に死ねなくなったのは分かった。改めて聞くが、<源>にわたしの魂を使わずに済む手段があるんだな?」


 クロウに世界の危機を知らせたメリディエスは、クロウには助かる方法があると告げていた。

 それを拒絶していたクロウだが、ヴィゼがその道連れになってしまうとなれば、もうその選択肢は選べない。


「うむ。そのためにもこの男に話をしたのじゃ。具体的には魂に刻まれた魔術式の書き換えを行うのじゃが、それには真名が必要不可欠じゃからの。術者はこの男でなければならぬ」

「それは、つまり……」


 クロウは顔を強張らせた。


「あるじが“全知の魔術”を使うということか? しかし……」


“全知の魔術”がいかに危険なものかはクロウも知っている。

 ヴィゼを見上げ、クロウは再度瞳を揺らした。


「その魔術はわたし自身で行えないのか?」

「不可能ではないと思うが、魂に手を加える行為じゃからのう……。途中で意識を失って中断、ということも十分あり得ることじゃし、あまり勧められぬの」


 クロウはぐっと唇を引き結ぶ。

 彼女の胸の内から動揺は去っておらず、そうしなければまだ感情が溢れ出てしまいそうだったのだ。

 そんなクロウの頬に触れ、ヴィゼは安心させるように微笑した。


「大丈夫だよ、クロウ。一度使うくらいなら」

「……そうだろうか? わたしは不安だ……」


 瞳を伏せ、クロウはぽつりと零す。


「怖いんだ。何か……、すごく、嫌な予感がして……」

「クロウ――」


 ヴィゼはこつり、と優しくクロウの額に自身の額を合わせた。


「いざという時は君を連れて行く、って約束、僕は忘れていないよ。もし君の嫌な予感が当たっても……、ずっと一緒だ。そのための、命を繋ぐ魔術でもあるんだから」

「あるじ……」


 クロウはヴィゼの服を掴んだ手に力を込める。


「すまない。あるじの言葉を忘れていたわけじゃないんだ……。でも、あるじが傷ついたり苦しんだりするのだって、許せなくて……」

「だから、皆と一緒に眠らせておくつもりだった?」


 うぐ、とクロウは言葉を詰まらせた。

 ヴィゼの仄かな怒りを感じたからか、罪悪感からか、体を離そうと動きかけ、ヴィゼの手によって阻止される。


「う……、あるじ、やはり怒っているか……?」

「少しね。でも、クロウが僕たちを大事に思っているからだって分かっているし、僕も勝手に命を繋げちゃったりしたし……。だから僕はクロウのことを責められないんだけど……、皆にはまた叱られちゃうかも」


“呪い”の件で仲間たちに叱られた記憶はまだ古くなっていない。

 クロウは思い出し、青くなった。


「あ、あるじ、その、皆には黙っていてもらえたり、しないか……?」

「うーん、クロウと共犯っていうのは悪くないけど」


 ――こやつ、論点をずらして誤魔化そうとしておる……。


 苛々しつつも再び空気と化したメリディエスは、半眼でヴィゼを眺めやった。

 クロウが黒竜であることにも起因しているだろう彼女の不安は、一朝一夕に消せるものではない。

 その不安を薄めるための言動とは分かっているが、もう少しどうにかならなかったのか。

 嘆息しつつ、メリディエスは立ち上がった。


「……未遂に終わったのじゃし、良かろう? わたしが代わりにそなたに全て話してやったわけじゃし、の」


 そう、メリディエスはクロウに助け舟を寄越す。

 これ以上いちゃいちゃを見続けるのも苦痛であるし、クロウも合流した今、改めて話さなければならないこともある。

 だからと、幼女らしからぬ竜の怪力で、ヴィゼの腕から無理矢理クロウを引っこ抜いた。


「それに、クロウの目論見を阻止するために動いたのはほとんど全部わたしじゃ。裁定を行うならばその権利はわたしにあると思うが、どうじゃ?」

「そうですね」


 苦笑して、ヴィゼも立ち上がる。

 昨日の再会のタイミングから、メリディエスに計られていたのだと、今のヴィゼには分かっていた。

 それ故の、躊躇いのない返答だ。


 クロウならば、ヴィゼを始めとした<黒水晶>メンバーを巻き込むまいとする。

 そう見当がついたから、メリディエスはキトルスの入口でヴィゼたちを待ち構え、クロウをすぐに確保したのだ。

 あの瞬間まで白竜の転生をクロウに気付かれないようにし、クロウに隙を与えなかった。


 あのタイミングまで待ってくれたのは白竜の優しさだったのかもしれないと、ヴィゼは思う。

 急を要する事態であるのに、ヴィゼとクロウに二人きりの時間を許してくれたのだと――。 


「よし。ならば、クロウの此度の行動については不問じゃ。代わりにクロウには一つ頼みを聞いてもらうこととしよう」

「なんだ……?」


 戸惑いと警戒の表情で、クロウは親友を見つめる。

 そんなクロウに、メリディエスは笑顔で告げた。


「わたしの用意するドレスを着ること」

「ドレス?」


 唐突に出てきた単語に、クロウは不審そうに眉を寄せる。


「そういうわけじゃから、ヴィゼ、そなたは準備をするように。一週間以内に頼むぞ。クロウの説得も合わせての」

「分かりました」


 そうきたか、とヴィゼは首肯した。

 ヴィゼにとってもそれは望むところだ。

 これ以上ない計らいだと、早速頭の中で算段を始めてしまう。


「説得って、一体何をさせるつもりだ?」


 クロウは通じ合ったようなメリディエスとヴィゼを交互に見るが、何が何なのか全く分からない。


「詳しくは後程ヴィゼから聞くと良い。なに、難しいことは何もないから、の」

「う、うん……」


 先ほどとは違う不安を覚えつつ、クロウは躊躇いがちに頷いた。


 いずれにせよ、クロウに拒否することはできないのだ。

 仲間のことを思うが故とはいえ、彼らの意思に反することをしようとしてしまったのだから――。


 と、ヴィゼとの結婚式が執り行われようとしているとは知る由もなく、クロウは悲壮な覚悟を決めた。


「では、クロウも加わったことじゃし、改めて今後の話をしようかの。クロウ、すまぬが場を整えてもらえるか?」

「分かった」


 クロウによって空間が破壊されてしまい、この場にあった結界もなくなってしまっている。

 この建物は人里から離れた場所に隠してあるとはいえ、世界の危機を話すにはあまりにも無防備だ。


 結界の再設置も含めてメリディエスは頼み、罪悪感もあってクロウは力強く頷いた。

 すぐさま結界を張り、部屋の中にイスを三脚作り出す。

 クロウの淹れた茶が飲みたい、というメリディエスのリクエストを受け、テーブルセッティングと茶の用意も行った。

 さすがにあの特殊な空間の再構築はしない――そこまでの魔力を消費する必要は、最早なかった。


「クロウには現状説明しかしておらんかったからの」


 クロウの淹れた茶で一息入れた後、口火を切ったのはやはりメリディエスである。


「これからのことじゃが、まずは“呪い”の件を解決した後、魂の魔術式の書き換え、世界分割、と進めていくつもりじゃ。ヴィゼには魔術式の書き換えの準備を進めてもらうが、クロウと共に“呪い”の対処にも当たってもらいたい。<黒水晶>の者らにも協力を頼みたいところじゃの」

「……分かった」


 クロウは首肯したが、どこかおぼつかない返事だ。

 彼女が悩む様子なのは、ヴィゼにもメリディエスにも伝わった。

 二人の視線の先、クロウは思い詰めたように言う。


「……<黒水晶>のみんなのことは……、みんなの意思に委ねる」


 自分に言い聞かせるようにして、クロウは続けた。


「だけど……本当に、メルのことはどうにもならないのか」

「クロウ」


 メリディエスは苦笑を浮かべる。


「先ほども言った通りじゃ。白竜の魂は<源>に注がねばならぬ。クロウの気持ちは嬉しいが……、諦めるのじゃ」

「だけど……」


 クロウは唇を噛んだ。

 縋るように、ヴィゼを見つめてしまう。


 クロウがメリディエスのことで思い悩むことに妬心を覚えながらも、クロウに頼られることが嬉しくもあって、ヴィゼは体をクロウの方へ寄せた。

 現在三人が向かっている円卓は左程大きくなく、距離を詰めるのは容易で、彼はクロウに耳打ちする。


「僕にもすぐに思いつけることはないけど……、相談相手ならいるから、聞いてみようよ。()にさ」


 声を潜めつつも、メリディエスに聞こえてもよいように、『箱』とヴィゼは言う。

 その言葉に、クロウははっと瞳を輝かせた。


「それでも駄目かもしれないけど、何かヒントとか、もらえるんじゃないかな」

「そう……、そうだな!」

「何をくっついて話しておるのじゃ。ヴィゼ、まさかそなたまでわたしの助命に動く気か?」


 いちゃいちゃしているようにしか見えない二人の間に割って入り、メリディエスはヴィゼを睨みつける。


「時間と魔力の無駄じゃ。そなたはクロウのことだけ考えておれば良い」

「クロウのことを考えるからこそ、あなたが生き続ける方法があるなら探したいのですが」

「わたしがおらん方がクロウを独り占めできるじゃろうが」

「それはその通りですが、クロウの命に関わることでなければ、クロウの意思を一番に考えたいので」

「ああ言えばこう言うのう……」


 はあ、とメリディエスは大きく溜め息を吐いた。


 ぴりぴりするメリディエスと、飄々としたヴィゼに、クロウはおろおろとする。

 二人の会話の内容が内容なだけに、クロウが口を挟むのは難しかった。


「黒竜の生を閉ざしたわたしに、生きろと? 許されざることをしたわたしに……」


 ――ここに繋がるのか。


 納得して、ヴィゼは笑ってしまった。

 用意周到なことだ、と思ったのだ。


「メリディエス!」


 そんな話までしたのか、とクロウは思わず立ち上がり、むしろ気遣わしげにメリディエスを見やる。

 そのことで白竜がずっと苦しんできたことを、彼女は知っていたから。


「罪には罰が必要だと、あなたは言いましたね。僕にだけでも、許してほしくはないと」

「……言った」

「僕はあなたを許さない。だから罰を与えたいと思う。あなたの嫌がることを」

「……っ!!」


 ぎらぎらとした憤怒の瞳を、メリディエスはヴィゼに向けた。

 彼女の殺気からヴィゼを庇うように、クロウは腕を広げる。


「もしそれで魔術式の書き換えを損じるようなことがあったら……」


 おそらくそれが、メリディエスの最も気にすることなのだろう。

 それを悟って、ヴィゼは笑みを深めてしまった。


「そこは心配しないでください。クロウのことが一番ですから。あなたのことは二の次です」

「……くそ腹立つのう、この腹黒嫌味眼鏡め! 勝手にするが良い!」


 メリディエスはしばらくヴィゼを睨みつけていたが、やがてそう乱暴に吐き捨てて、そっぽを向いた。


「クロウ、ありがとう」

「いや……。その、すまない、あるじ……」

「クロウが謝ることなんてないよ」


 ヴィゼはメリディエスの殺気から守ってくれたクロウを引き寄せ、流れるように膝に乗せた。

 いちゃいちゃとは、と悩んでいたとは思えぬスムーズさである。

 クロウはクロウで、先ほどから抱きしめられ続けて麻痺しているのか、抵抗もなくヴィゼの腕の中に収まった。


「……この状況ですぐいちゃいちゃし出すってなんなのじゃ?」


 そんな二人をじとりと見やり、メリディエスは恨めしげな声を出す。


「全く、フィオーリといいクロウといい、一筋縄ではいかん男を見つけてくるのう……」

「ああ、そういえば、その話をしようと思っていたんでした」

「何?」


 話したいことがある、とヴィゼが告げていたもう一つ。

 メリディエスのぼやきで思い出したヴィゼは、初めてそれを、誰かに打ち明けた。


「“全視”――いえ、“全知の魔術”ですが、実はその魔術式を僕に教えてくれたのは、ジールベール――ジールさんなんです」


「――は?」




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