17 修復士と白竜と悲嘆
「――はぁ!?」
短いメリディエスの生の中でもこれ以上ないというほどにすっとんきょうな声を上げ、愕然と彼女はヴィゼを見やった。
ヴィゼはヴィゼで、当人のクロウもいない場所で言ってしまったな、と思いつつ引くつもりはなく続ける。
「知り合いを全員呼ぶような大きなものは後でもできますし、こぢんまりとしたものだけでもあなたに見てもらえるなら……、その、クロウも喜んで……、くれると……、」
「そこではない! それもあるが、ちょっと待て……、正直その提案は嬉しいが嬉しくないぞ! というか、嫌な予感がしてきたのじゃが……、結婚という単語が出てもおかしくないほどに、そなたとクロウは進展していると、そういうことなのじゃな?」
メリディエスは乱暴に立ち上がり、同時にテーブルやティーセットを目の前から消してしまった。
それと共に掛けていたイスもその場から消え、ヴィゼは突然のことに対処できず尻もちをつく。
メリディエスはそれを気にせず、ずんずんとヴィゼに歩み寄ると、彼の胸ぐらを掴んだ。
彼女のその反応に、ヴィゼは目を瞬かせる。
「……クロウから何も聞いていないのですか?」
「聞いておらぬ! ジールベールとフィオーリがあまりにもじれっじれじゃったから予期せなんだ……。早すぎではないか、そなたら?」
「共に過ごした時間はともかく、僕たちが出会ってから十年は経っていますし……」
ヴィゼの反論に、メリディエスは舌打ちした。
「今までの揶揄は、僕たちのことを知っていたからなのでは?」
「わたしが知っておったのはクロウの想いと……、そなたの並々ならぬ執着心じゃ。それでも甘く見ておったようじゃの。クロウが……、そういう意味でもそなたに応えるとは」
凄まじい形相で睨まれ、ぎりぎりと締め上げられて、ヴィゼ呻いた。
幼女とはいえ竜の力は、ヴィゼよりも余程強い。
「しかし今一番の問題は、クロウがそれをわたしに告げなかったということじゃ! 照れたとか、そんな可愛らしい理由ではなく……。あの子は……、わたしがあまりにも早く成長した姿を見せたことで有事を覚り、そなたとの関係を秘めたのじゃ。わたしが全てを告げて、黙し続けた。わたしが知れば、あの子を助けようとする理由を増やすことになるから……、わたしと、死ぬ、ために……っ!」
ヴィゼははっと息を呑んだ。
メリディエスの目から、ぽろりと涙が零れ落ちる。
彼女はヴィゼから手を離すと、袖でその滴を拭った。
「……そなたらのこと、誰が知っておるのじゃ」
メリディエスは何とか気持ちを抑えつけ、ヴィゼに尋ねる。
しかしその据わった瞳には、大層な迫力があった。
ヴィゼも動揺を鎮めながら、それに答える。
「今のところ、<黒水晶>メンバーだけです」
「なるほど。口封じするにも好都合、というわけじゃな」
「口封じ?」
物騒な単語に、ヴィゼは眉を寄せた。
「クロウはの、そなたらをこの戦い自体に巻き込まぬつもりでおるのじゃ」
「まさか、そこまで……、」
「恐れておるのじゃろう。黒竜と恋仲である相手に、その周囲に、災いが降りかかることをの」
「……!」
ヴィゼは歯噛みした。
確かに、クロウはひどく恐れていた――黒竜のパートナーが死んでいったことを。
黒竜の“呪い”が本格的に動き出したタイミングは、クロウにとって最悪のものだっただろう。
ヴィゼとクロウが想いを通わせた直後にこんなことになり、クロウは相当なショックを受けたに違いなかった。
「おそらくクロウは、明日にでも――いや、もう今日か――<黒水晶>の者たちを眠らせでもするつもりじゃ。戦いが終わるまで、の。そうすれば、そなたとのことがわたしに伝わることもなくなる」
「……参りますね」
力なくヴィゼは言った。
「クロウは……、自分のことを、簡単に諦めすぎる」
「それは……、あの子の誕生を知りさえしなかったわたしの不甲斐なさが原因でもあるがの。あの子は、そなたと出会う前に、全てを諦めてしまったのじゃ。生きることをやめ、ただ大地に横たわり死を待っていたところで、そなたと出会った。じゃからあの子は、そなたのためならば、自分のことなど簡単に捨ててしまえるのじゃ……」
「それが僕の一番望まないことなのに、ですね」
囁くように漏らして、ヴィゼは立ち上がる。
「それをどうか、クロウにちゃんと分からせてやってくれ」
「ええ、もちろんです」
きっぱりと首肯したヴィゼに、メリディエスは微笑を見せた。
しかしその笑みも、すぐに消える。
「……ところでヴィゼよ、もう一つの話とやらは、後でも良いか? クロウが間もなくここにやって来る。激おこの状態で」
「激おこ?」
重々しく告げられ、ヴィゼは戸惑った。
「うむ、実はのう、そなたを訪ねる前、クロウに阻止されんよう、あの子の眠りを深く深くしてきたのじゃ。<影>も封じての」
「ちょっ、」
「それでも異常に気付いて無理にでも目覚めるじゃろうし、それでわたしとそなたの不在を知ったらすぐにでも探されてしまうじゃろうから、あの子の眠る部屋を何十もの結界で囲んで、結界を出た後もゴーレムに襲わせて……、と時間稼ぎの手を打ってきた。のじゃが……、今クロウは結界を突破、ゴーレムを破壊しつくし、この隔絶した空間に真っ直ぐ迫ってきておる。……ここにそなたがいるとはいえ、想定以上の速さ。さすがじゃ」
ツッコミどころが多々あり、ヴィゼは頭を抱えた。
クロウに危害を加えるような内容が一番気になるところだが、メリディエスが本当の意味でクロウを危険に晒すことはないはずなので、ひとまず小言は胸の内にしまう。
「……それで、どうするつもりなんです」
「決まっておる。迎えうたねば」
「……もう少し違う言葉を選びませんか?」
「ふさわしいと思うがの? そなたもクロウに物申したいはずじゃ」
「……」
その通りだった。
ヴィゼは強く拳を握る。
「さて、来たの」
メリディエスが口にした、その瞬間――。
ようやく次回、クロウが登場です。
深刻そうに見せかけて(?)、糖度は増してゆきます…。